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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第二章「underground」
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第二章17話 『予知』  

 

 “他者の死がトリガーとなって発動する時間遡行能力”──『他死戻り』


 この強制発動型時間遡行現象に気づいてから次の行動に移るのに、さほど時間は要さなかった。


「ごめん。手洗い入ってくる」


 持ち前のタフさで動揺した感情を──いまこの瞬間だけ──無理矢理押し鎮めると、ミハルはひと呼吸おいてそう言った。


「場所分かる?」


 エミリが心配そうな表情で見つめてくる。

 ついさっきまでのミハルの忙しない行動が気になるのか、それとも純粋に気を遣ってくれているだけなのか。

 ガラスのテーブルに映るミハルの顔は信じられないほど青白く染まり、ホルマリン漬けの屍のようだった。

 情けない自分の姿を見て可笑しくなってくる。


 ミハルは早足で屋内へ進みながら、「大丈夫」と言い残し、エミリの視界から抜け出すや否や、一目散に駆け出した。

 視界に入る景色は次から次へと目まぐるしく変わり、ミハルの体は飛ぶように廊下を走り抜ける。

 途中にあった姿見の前を横切るも、いちいち確認している暇はなかった。


 たぶん、酷く不恰好な走り方をしていたように思う。

 恐怖に眩んだ目で自室に繋がる廊下の目印を見つけると、減速し、角を曲がったところで再び加速した。

 しかしあまりにも焦っていたせいで、足がもつれ激しく倒れ込んだ。うめき声をあげながらよろよろ立ちあがる。首を上げればちょうど部屋の扉の前だった。


 息を切らしながらドアノブを捻り、区切られた向こう側へ踊り出る。

 その背後で凄まじい音と共に、ドアが閉まった。薄暗い部屋の中、ミハルの騒がしい呼吸音だけが規則的に反響している。

 扉を背もたれにして、ずるずると床に腰をつけ、


「……最悪」


 数分前に起こった状況の変わりようを、短くまとめて吐き捨てた。

 口をぽっかりと開けて、両足と片腕をだらりと力なく放り出しているミハルの視線は……やがて……ある一箇所に定まった。


 ベッドの脇に置いてある被造物。ミハルの欠けた腕の一部として機能していない別のナニかだ。


 ゆっくりと立ち上がったミハルはベッドの脇に歩みより、震える手でそれを掴んだ。

 少年は思い出す。この状況で何をすべきか、そしてどのような行動を取るべきか。数少ない選択肢の中の一つを選ぶ。


「こう──か?」


 ()()()と同じように被造物(みぎうで)の五指を広げ、前頭部にくっつけてみる。しかし、何も起きない。


「じゃあ──こうだ」


 と、少年は悪戦苦闘しながら、顔につけたり、拳を合わしてみたり、指を噛んで流れ出てきた血を掌に擦り付けたり──とにかく色々と試してみたが、


「何も起きねぇ。少しぐらい反応しろっての」


 苛立ちの混じった声でミハルは頭を抱えた。

 悪態を吐いてもこの状況が変わらないことは分かっている。


 焦燥と動揺で思考が鈍りすぎだ。原点に立ち返って、必要なことだけに絞って処理しろ。と歯を噛み締めながら少年は心を落ち着かせた。

 それから──昨晩、もしくはミハルの体感時間では二日半ほど前の記憶を探った。


 思い出せ、あの高慢な声の主が言っていたことを。


 “──ウヌの体を乗っ取る事ができるのはワシの宿木である──右腕がウヌの体の一部として機能している時だけじゃ”


 なぜ今まで試してみなかったのか、自分の馬鹿さ加減を悔いる。ヒントならすでに手元にあったのだ。

 ミハルは萎んだ寝巻きの片側を捲り上げ、奇妙な異物を右肩に近づけた。


「う、ぁ」


 パズルのピースとピースが組み合うように、綺麗ぴったり被造物がミハルの体に馴染んでいく。

 ほどなくしてミハルの視界は暗くなり、意識が混沌の奔流に飲み込まれ、実体のない体が落下し始めた。

 目を開けても真っ暗闇で、自分が落ちてきた方角さえ分からない。無重力空間を漂う宇宙ゴミになった気分だ。


 少年は孤独と恐怖で叫び声をあげながら、四肢を必死に動かし宙をもがく。


 やがて──うっすらと光が見えた。わずかな希望。闇に抗う聖なる明かりだ。

 小さな光点は徐々に近づき、闇を退けていく。肉眼で辺りの景色が視認できるまでになった時、ミハルの体は闇から放り投げられた。

 曲線のある穴を通り抜け、見知った光景が視界に入る。


 広大で無機質かつ平坦な地形。

 雲一つない澄み切った夜空。


 ここに来るのは二度目だが懐かしい感じがする。

 落下するミハルの体を包み込むようにして不思議な力が働き、ふわり……と寂しくそびえ立つ塔の真上に降りたった。

 黒褐色の傷一つ無い円柱型の構造物の上には、ミハルの他にもう1人──この空間を根城にする主が待ち構えていた。


 代わり映えのない口調と態度で彼女はこう言う。


「これはこれは従僕。思いのほか早い再会じゃな。ワシが恋しくなったか?」


 美しい金髪を細くしなやかな指で耳にそっとかける。耳から首のラインがちらりと覗き、恐ろしいほど真っ白な肌が露わになった。


「軽口でもよせよ。冗談でもキツイぜ。カース」


「可愛げの無い奴じゃのう」


「悪いな可愛げなくて。そのうち芸の一つでも覚えてやるからさ」


「ワシはウヌに逢えて嬉しいというのは本音なのじゃが。まぁそれもそれで悪くはない。噛み付かれる方が愛でがいがあるからのう」


 愉快そうに口元を歪めながら声高らかに笑うカースだった。

 しかし、その笑みもうっすら消え、ミハルが見慣れた彼女の顔が見えた。

 完璧で平穏な表情。客観的な冷静さ、悪魔的な冷淡さ。

 現状をすでに知っていながら、悪魔は敢えてこう言う。少年の意思を再度確認するために、


「──して、何用じゃ?」


 硬い縛りで結ばれた契約相手、もしくは同じ試練を乗り越える相棒に向かってミハルは言った。


「ループが発動した。力を貸してくれ」




 ◯




 アーカム滞在四日目に起こった時間遡行現象に関して、ミハルが整理できることは限られている。


『他死戻り』という時の呪いによって、引き継いだ記憶と共に過去の一点へ飛ばされ──過去を現在として時間の順行方向に進んでいるぐらいしか言えないのだ。

 そして、“発動した”という事実から自動的に導き出されることが一つ。

『他死戻り』が発動したということは、それすなわち──死の“引き金”が引かれたということ。

 王都リオネでの死の描写がミハルのトラウマを再び浮上させる。気分は酷く悪い。


「つまりこういうことじゃ」


 一通り互いの認識の確認を終えた後にカースはこう言った。


「『他死戻り』──第二の軌跡は今朝の早朝を始発点とし、今から二日後の夕方を終着点とするループ構造で成り立っておる」


「およそ二日半がループの周期ってとこか。リミットまで十分あるとは言えないな」


 下唇を親指でつつきながらミハルは現状を脳に刷り込んでいく。

「それに」とカースはしゃべり続けながら、


「トリガーとなる“発動者”の安否も重要なポイントじゃ」


「だな。今回の“発動者”が誰なのか、何が原因で死ぬ運命に立たされているのか。それが一番重要だと俺は思う。で、そこでカースにクエッション……いいか」


「無論」


 カースはほっそりとしたしなやかな指で長髪を無意識にまさぐりながら言った。


「制約と禁則事項に触れない限りは答えられる」


「なら問題ない。気兼ねなく言えるよ」


 その声はかたく、荒々しくさえあった。

 少年はそっけなく言う。切れ長の睫毛を細めるカースの両目を見据えながら、


「カース……お前ってさ。二周目以降、つまりループが確立された時点で『発動者』に関する何かしらの情報を得ることができるんだろ?」


 今までミハルが過去に得た様々な情報や場面を思い出す中で、引っかかっていたことのひとつだ。

 ポイントは王都リオネ第一の軌跡。たしか二周目のループの時だった。

 トラブルにより偶然にもカースとの初の対面をなした際、彼女がさり気なく喋っていた内容にあたる。


 意識を失いかけるか否かの淵をさまようミハルの耳元で、カースは陽気にこう囁いていた。


 ──“おい、どうした? そんな狂気じみた顔をしおって、あと数秒でリセットされるぞ” by カース


 聞き間違いじゃなきゃ……絶対そうだ、カースは知っていたんだ。とミハルは何度も相槌を打ち、結論を固めた。

『他死戻り』が発動するタイミングを知る術をカースは所持しているに違いないと。


 しばしの沈黙のあと、カースが口を開いた。


「ふっ、いかにもそうじゃな」


「何がおかしい?」


 ぷっくりとした唇を歪めて笑うカース。

 ミハルは苛立ちを声に乗せながら睨みつけた。


「ワシが知りうるのは“発動者”の実在座標。そして『他死戻り』発動直前のタイミング。この二つだけじゃ」


 カースはそこで一息つくと、足元へ目線を下ろし、再び目を上げた。


「ウヌはいまワシに対しこう思うておるじゃろう」


 全てのものを吸い込んでしまいそうな底が知れない両の瞳でミハルの顔を見た。


「互いに秘密はなし──合意事項違反だと。じゃがな従僕、ワシは別に約束は破っておらんぞ。現にいまこうして話しておるからのう。ウヌが訊いてきたからワシはありのままを答えただけ。じゃがいつ話すか、その相違がワシとウヌの間に存在していたに過ぎない。そうじゃろう?」


「ズルくないかその理屈」とミハル。


 少年はまっすぐ美女の方を向き、そう言った。穏やかな声色だった。その表情は固く、動じる様子もない。


「──と思ったけど、言い返せないのも事実だ。いま問題なのはそこじゃあない」


 ミハルは、皮肉っぽい口調で、しかし真顔のまま付け加える。


「だから変に気ィ遣うなよ。そろそろ立ち位置交代するか?」


 沈黙と一睨。

 目を限りなく細め、腕を組み、気を揉んで片足でコツコツ足場を叩く悪魔は──「すまん。ワシが悪かった」と短く呟き、明後日の方向を向いた。

 朱色に染まった頬はほんのり膨れている。


「いいよ、別に」


 なんだちゃんと素直じゃないかと、意外な彼女の変化に少年は感嘆の息を漏らし、薄く微笑んだ。

 両人差し指をクルクル回しながらミハルはさらにこう言う。


「話を戻すと、カースはこのループの発動者を探すことができるってわけだ。今は二周目、ループの必要十分は既に満たされている……で合ってるか?」


「うむ」ミハルの念押しに、カースはゆっくりと頷いた。


「『他死戻り』は言ってみれば可能性世界線の移行とその選択を可能にさせる未来改変能力でもあるからのう。下地になるループ構造の確立条件は至極単純じゃ」


「……単純ね。だったら良いんだけど」


「不安か? 従僕」


 思いつめたように足下を見つめるミハルの前にカースはまた一歩、歩み寄った。眩い金色の髪が肩口から滑り落ち、足場が光に包まれる。


「……ぁあ、とても」


 ミハルの目と鼻の先にある端整な悪魔の顔に向かってミハルは言った。


「今起こったことを整理、して、分かったんだ。『他死戻り』は──」


 まともな文章を組み立てられなくなって、ミハルは口をつぐむと、少ない唾をいったん飲み込んで、再び舌を動かした。


「初見じゃ回避できない。俺が知りうる未来はあくまで『他死戻り』が記録した未来だ。カースが前に言ってた……」


「宿命論」


「うん。ループの終着点はいつも変わらないって原則。毎度“誰かの死”によって終わり、“誰かの死”によって始まる。そして、今回も誰かが死んだ」


 誰も予期できない“死”が訪れた瞬間、初めて『発動者』と『ループ構造』が確立する仕組み。

 ヒーローが送れてやってくるように、ミハルも一度記録された過去を辿って巻き戻る。この時点で既に出遅れているのだ。


「今回の『他死戻り』“発動者”が誰なのかはまだ知らない。けど、その人は死ぬ運命に立たされていて、そして俺はその確定した未来を知っている」


 ミハルは内臓の至るところをわしづかみにされたような気がした。危険な水域へと向かう船は既に出航している。

 途中下船の選択肢は元から存在しない。


 片方の眉を上げて首を傾げながら悪魔は囁く。


「であるならウヌはどうする?」


 もうすでにその先の答えを知っているからか、人の目を引く洒落た歩き方でカースは柱の縁ギリギリを周り始めた。


「もちろん、救うよ。運命を変えるんだ。そしてこのループを打破してみせる」


「どんな苦難にぶつかろうとも?」


「あぁ」


「己の身を滅ぼすことになろうとも」


「必ず」


 少年の意志の籠った返答を聞き終えたカースは片腕を何気なく腰に置き、


「では、従僕よ」


 やんわりと微笑を浮かべると、さらにこう続けた。


「これより『他死戻り』発動下で使用できる解法術式の開示を行う。心して聞け」




 ◯




 カースとの二度目の密会を経て早数時間。

 ミハルはアーカムの第二階層の街路を黙々と歩いていた。

 タクティカルジャケットとカーゴジョガーパンツに身を包み、慣れた足取りで且つ足早に湿気で濡れた通りを踏みしめていく。


「ミハル!」


 ミハルの後ろでエミリが声を荒げて言った。


「ちょっと待って! 早いよ」


 エミリに肩を叩かれたところでようやく我に返ったミハルは慌てて身振り手振りを交えながら、


「ぁあ、ごめん」


「大丈夫? さっきから少し変だよ」


「えっ? 変? 俺が?」


「うん。すごく心配」


 彷徨うミハルの目線に合わせるようにして薄い吐息をエミリは溢した。

 凛々しい瞳の奥はどこか悲しげな靄がかかっているように見える。


「どうしたのホント。今朝からずーっと単調な態度だし、疲れているように見えるしさ」


 核心をつくエミリの呟きに、ミハルは「あぁ」とも「うん」とも言えない曖昧な声を漏らした。


「たぶん昨日の胸焼け。しばらくしたら治ると──思う」


「そうなの……? でも……そっか。この数日は色々あって心的ストレスがかかっているはずだし……うん、まずは身体も心もリフレッシュしなきゃ」


「胃に穴が空いていないだけ良しとしとくさ」


「後で精神安定剤でもヴェロニカに処方してもらおっか」


「ちょっぴし不安だけど……お願いします」


「うん。まかせて」


 赤のショートポニーテールが風になびき、ミハルの頬をやさしく触る。

 エミリがぼーっと見つめる方向をミハルも倣って視界に入れた。


「涼しいとこでしょ」


「マイナスイオンってやつ? 空気が澄んでいてスッキリするや」


 蔦が絡みあってできた自然のトンネルはうっすらした明るさで包まれている。

 ミハルはしばらく深緑色の苔の瑞々しい匂いと涼んだ木の冷気に身を投じた。

 蔦の隅を住処にしている小鳥の囀りは遠くの木々の梢を渡り、深い深淵の大穴を吹き抜けていく。


 そして、唐突にミハルの脳内に高慢な声が響いた。


 〈怖気づけづいたか? ここに来て〉


 〈会話は必要最小限って言ったよな。危うく奇声あげそうになったじゃねーか〉


 ミハルは脳の奥に入り込んでいる相棒に向かって威勢よく言い返した。


 〈あれほど威勢を張った割には物静かじゃからのう。ワシなりに心配してのことじゃ〉


 〈先に言っとくがビビってはないぜ〉


 〈拡張視野の具合を聞きたくてな。そろそろ根をあげる頃合いかと思ってのう。なにせウヌら人間共には感知することのできない見えざる景色じゃ。苦しかろうよ〉


 あたかもミハルの耳元で囁くようにカースの美声が聞こえてくる。

 ミハルは今朝、自らで繋げた怪奇な右腕をやんわりと見つめた。右腕に寄生する悪魔と会話している状況を今一度整理してみて背筋がぶるると震える。


 〈まだ、いける。こんなのどーってことないね〉


 〈ふうむ。痩せ我慢は体に毒じゃが、ウヌの意思を尊重しよう〉


 〈一応心配はしてくれてるんだ〉


 〈当たり前じゃ。ワシはウヌの唯一無二の相棒じゃからなぁ。ガハハ〉


 〈──ッ……声デカイって! 頭に響くっ!!〉


 〈動きがあればまた掛け直す。励めよ従僕〉


 勝手に話しかけてきて、勝手に話し終える悪魔の自由奔放さにミハルはどっと疲れを感じた。親しい友人同士のチャットじゃあるまいし,と。

 そうしてカースの声が止んだのも束の間、入れ替わるようにしてエミリが口を開いた。


「やっぱり心配だよ、わたし。その……とても変な感じがするの。胸騒ぎっていうのかな」


「胸騒ぎ?」


「ミハルに置いていかれるような、それともミハルが離れて行くような感じ。とてつもなく巨大で厳しい試練に立ち向かうために」


 まるでミハルの隠し事など全てお見通しとでも言いたげな口調だった。

 ミハルはおもわず目をぎょっと見張ったが、二人とも同じ方向を眺めていたのが幸いだった。

 動揺を悟られぬよう、頭を掻く振りをしながら、さりげなくエミリの横顔をチラと見てみる。

 朱色の瞳は遠くに蠢くトトールをあやふやに映していた。


「分かるんだ。わたし、これでも一応、半予知能力者だから……」


「……ちょっと待って。半予知能力者ってなに?」


 面食らって聞き返すミハルに対して、エミリはあっさりしていた。


「あぁ、言っていなかったっけ? 私、ちょっとした予知超能力が使えるんだ。相手の感情を色に置換して読み取って、未来を予見することができるの」


「お、おお。そうか、初耳なんだけど。ていうか冗談じゃないよね」


「そう思う?」


 ミハルの口は分かりやすいほどに引き攣っていた。


「読心術に未来予知……そんなの……空想上のオカルト能力じゃん」


「疑うのも無理ないか。でも本当なの。ちなみに、私の能力は完璧ではないわ。そもそも能力自体を制御出来ていないし、複雑な色になると未来は見えない。肝心の見える未来っていうのも占いみたいにすごくアバウトなもの。びっくりするだろうけど、この能力が使えたのも一月ぶりなんだよ。分かった? これが半予知能力者に私が分類される理由。正直言って要らない力でしょ」


「だとしても……スゴい能力であることには変わりないだろ。そんな言い方……」


 エミリが言ったことを理解するにつれて、ミハルの声は小さくなっていった。

 エミリはそよ風で乱れた赤髪をかき上げながら、そっと息を吐くと、


「そう……今回は当たったみたいね。でもさ、ミハル。こうは思わない? 他人の内に秘めた感情や思惑を読み取ることって、ひどく不気味で恐ろしい行為なんだって」


 唇を薄く噛み、さらにこう言った。


「知らなくていいことまで知ってしまう。相手の心の奥まで勝手に入り込んでしまう。だから私は自分のこの力が嫌い」


 二人の間を突風が通り抜ける。


「じゃあ何で今日は告白したんだ?」


 ミハルは、興味本位で、しかし真顔のまま問い掛けた。明らかにエミリは矛盾した行動をしている。


「自分でも……よく分からない。うーん、何でだろ? 普段ならこうするはずがないのに……。私……おかしくなっちゃったのかな」


「ははっ……なら俺の方が何倍もおかしいな。今までの行動を振り返ってみりゃ、枕に顔を埋めたくなる思い出ばっかりだし」


「ああ、確かに。あの時とか」


「はぇ……え? なにその変に思わせぶりな発言かつ自己完結ッ!? 何なに? 急に気になるじゃんか!」


「ふふふっ、教えてあーげない」


 エミリは堅い表情から一変、くしゃっとした笑みをミハルに向けた。

 そのあどけない仕草に安堵し、やはりエミリには笑顔が似合うのだなと、ミハルはしみじみと感じた。

 そっとエミリの唇が動いた。


「……ありがとう」


「何のこと?」


「素直じゃないなぁー」


 タイミングを示し合わせたかのようにミハルとエミリは踵を返し、再び歩き始めた。


「あ……のさ」


 小さな声が聞こえ、ミハルの身体は後ろに引っ張られた。

 見れば、半歩先を行くミハルの裾を、エミリの手がぎゅっと握りしめている。


「本当に苦しくなったら頼ってね」


 彼女の真っ直ぐな目が、少年の瞳を見つめ、彼の意志を揺るがしにかかる。

 ここが最期の分岐点。

 今、ミハルの足が踏み込んでいる方の道を進めば、後戻りはできない。今一度、ゆっくりと息を吐き出した。


 ミハルにとって最も精神的に楽になる方法は、ここで全てを打ち明けることだ。

 他死戻り、大いなる使命、悪魔カースとの契約──それら全てをあの悪魔を除く自分以外の誰かと共有できれば、どれほど心強いことか。

 ミハルはこれまで何度も反芻して葛藤してきたことを掬い上げ、物思いに沈んだ。

 おそらく、この瞬間もこれから先の未来でも、ミハルの口から全てが語られることはないと思う。

 制約の開示制限とか、誓約違反による厄災とか、そういった外的要因ではなく、ミハル自身の意思がそういう判断を下しそうな気がした──否、するのだ。


 であるならば、ミハルがエミリに返せる答えは決まっていた。

 少年はおずおずとした微笑を送る。


「俺は大丈夫だよ。エミリ」


 ミハルは強ばる唇を引き締め、引き留められた彼女の指をそっと握り返す。


「本当に……大丈夫だから」


 信じてほしい。その一心で少年は言葉を紡ぎ出した。

 紅蓮の両目はそっと閉じられ、やがてなにかを決心したようにゆっくりと再び開かれた。


「分かったわ。君を信じる」


 エミリはそう言って再び歩き始めた。

 ミハルも慌てて彼女の後を追いかけ、歩調を合わせた。

 今度こそ二人の歩みは揃っていた。


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