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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第二章「underground」
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第二章16話 『二択』 

 

 日が地平線の向こうに沈み、空が紫がかる。夕方の軽やかな風を浴びるミハルの横で、機械的な単調な声がこう言う。‬


「ミハル。そろそろ夕食の時間です。今日のメインディッシュは鴨肉のバルサミコソース 林檎のソテー添え、前菜のカボチャのムースもオススメです」


「ふーん美味そうなラインナップ。知らせてくれてどうも……えーっと……」‬


「velonicaです」‬


 金属塊の球体が鋭い声で言った。男性の声質と女性の声質を足して2で割ったような声だ。ミハルは慌てて相槌を打ちながら、‬


「そうだヴェロニカだヴェロニカ。大丈夫、これでしっかり覚えた。もう夕食の時間だっけか。エミリは?」‬


「トレーニング後のシャワーを浴びています」‬


「……シャワーね。うん、よし。じゃあ待つとするか」‬


「顕著な心拍変動が確認されました。何か心当たりでも?」‬


「……別に……なにもないよ」‬


 人工的な声の正確な指摘にミハルはギクリとする。‬

 おそらく首のチョーカーから読み取った情報で報告したのだろう。これでは嘘をついてもすぐにバレてしまいそうだ。‬


「ティーンエージャー特有の心理というものは実に面白い事象ですね。勉強になります」‬


 ヴェロニカはそう淡々と言う。ミハルは掴み所のない会話をする相手に「うん、面白いよな」と浅い溜息をついた。‬


 AI──“velonica(ヴェロニカ)”‬

 エミリ達と出会って数日にして早くも王道SF感あるガジェットが登場したものだとミハルはつくづく思う。‬


 異間公安特異九課専属のサポートシステムである彼女(性別は未分化であるがエミリ曰く彼女とのこと)は実体を持たない電子的な存在であり、今もナビゲーション端末の一つに同期してミハルと会話を繰り広げている。‬


 人工知能とはいえど、たまに巧みなジョークを交えたり、正確に相手の心理を分析することから完璧な人間と話しているような感覚に陥ってしまう。‬

 そのせいか、ミハルら人間となんら変わらない精神と情を持って接してくる彼女は少し不気味だった。‬


 というようなことを考えていたらまたヴェロニカに反応されそうなので、ミハルは話題を明後日の方へ向けることにする。‬

 なるべく自然なジェスチャーを交えながら、‬


「にしても今日はいい天気。昨日は大雨だったっていうのにさ」‬


「アーカムでは週に3日の頻度で激しいスコールに見舞われます。わたしが推測するに巨大樹の影響があるのでしょう」‬


「カームの?」とミハルが欠伸を零しながら訊き返すと「ええ、そうです」と続けざまにヴェロニカが答えた。‬


 ミハルは夕暮れの夜空を見上げ、視線を落とす。‬

 見慣れた炭色の枝葉を見て、幹を見て、そして巨大樹が根付く第一階層のメインエリアを見下ろした。‬


 綺麗に舗装された通りと人工物が密集した地帯には、数多くのランタンの明かりと勢いのある喧騒が混ざり合い、一体となってうねっている。‬

 リズム良く音を刻む太鼓の拍子に笛の音色、露店を開く店主たちの威勢のいい声と張り合うようにして騒めく祭りを楽しむ者たちの声。‬

 それら全てが隠れ家のミハルが乗り出すバルコニーから一望することができた。‬


「もう少しお堅い感じのをイメージしてたんだけど、派手にどんちゃん騒ぎやってんな。楽しそう」


「特に最後に行われるパレードが見所だそうです」‬


 手摺から乗り出して今にも落っこちそうなミハルの身体を、ヴェロニカがナビゲーター端末のマニュピレーターを展開させて支える。‬


「やけに詳しいじゃん」


「わたしの情報メモリにはそう記載されています」‬


「どこぞの観光パンフレットじゃあるまいし。恐ろしすぎやしませんかね公安の情報力」‬


 かなりマイナーなところまで熟知している事実にミハルは苦笑する。‬


「ふふん、私のスペックはこんなものではありませんよ」


「と言いますと?」


「実はですね。秘かにエミリやリオのスリーサイズまで知っているのです」‬


 ヴェロニカが得意そうな抑揚をつけて言った。ミハルは言葉につまった。冷汗。‬

「えーっとな」少年はようやく答えた。顎の手前に片手の甲を添え、シリアスな声色で、‬


「この会話ここでストップしようか、ヴェロニカ。俺たちは踏み入れちゃいけない領域に片足を突っ込みかけている」‬


「ふむ。うーん? むむむ?! わたしはまだその変動域の心理カテゴライズが出来ていません。知りたいです。説明をお願いします」‬


 動力部のホイールを一回転させ、感情を表現したAIは興味深そうに訊いた。‬

 ミハルとヴェロニカのいるバルコニーに突風が吹いた。すぐ近くのガラス窓がカタカタと揺れる。‬


「続きは中でしよう。寒くなってきた」‬


「はいミハル」‬


 本当に穏やかすぎるひと時だと、バルコニーの戸を閉めながらミハルは感慨深げにそう思う。‬

 早くもエミリとアーカム観光をした日から二日が過ぎていた。‬

 つまり、ここにきてから四日目の夜を迎えようとしているのだ。‬


「今日は清掃ロボが静かだな」‬


「スケジュールを少し早めに繰り上げました。二人分の清掃で済みますから」‬


「あーそゆことね。納得っス」‬


 隠れ家での生活も慣れてきた頃で、複雑に入り組んでいる廊下の構造もほぼ頭に入っているし、自室での生活もスムーズにこなせるようになっていた。‬


「この角を左に曲がればいつもの廊下、と‬」


 隠れ家の中は広く、大小様々な部屋が繋がっているせいか、気分は広大な巣の一角で彷徨う蟻。そんなイメージがしっくりくる。


 内装も設備も多岐にわたって様々で、エミリ曰く、長期的な生活も見据えて設計されているらしい。‬

 生活スペースに共有スペース、白い空間に浮かぶホログラムが特徴的なブリーフィングルーム。‬

 体幹の全てを鍛えることが可能なトレーニングルームもあるし、立ち入り禁止のおっかない部屋まで揃っていた。‬


 ミハルがアーカム観光を終えてから二日はここでの生活に慣れる時間に費やしていたものだから、特にイレギュラーな事態に巻き込まれることはなかった。‬


 現世とさほど変わらない日常を謳歌する二日半。‬

 エミリから部屋の設備の使い方を教えてもらったり、この世界についての必要最低限の知識をインプットしたりだとか。‬

 他にもエミリの買い出しに着いて行ったり、トレーニングルームで軽い運動に加え、護身術を軽く習得したりもした。‬


 この世界が異界であるという事実を忘れてしまうほど現世での生活に近い日常を送っていた。‬


「はぁーさっぱりしたー。トレーニング後のシャワーは格別だよねー」‬


 先に席に着いたミハルがヴェロニカに話の続きを再開しようとしたタイミングで、エミリが共有スペースに入ってきた。‬

 少し火照った頬に手うちわでパタパタと風を送りながら、‬


「お、ミハルもう来てたの。早いじゃん。さてはお腹ペコペコですかぁ?」‬


「まあそんなとこ」‬


 早速いじっってくるエミリを前に、素っ気ない態度で応じたミハルは片目を瞑り、ヴェロニカに合図を送る。‬

 あと数秒反応が送れていたら、エミリを地雷ありきの話題に迎え入れることになっていただろう。危ない危ない。‬


「もうすぐパレードの時間だね。せっかくだから今晩は外のテラスでどう?」


「いいね! 優雅なディナーと洒落込むとしますか」‬


 エミリからは見えない位置でハンドサインを送ると、ヴェロニカは端末のモニターで敬礼マークの顔文字で返してくれた。‬

 さすが空気が読める子ヴェロニカ。ありがとうマジで感謝! と心の中で感激するが、表の顔にはまったく出さない。‬

 ポーカーフェイスもなかなか板についてきたミハルである。‬


 扉を開け、テラスに足を踏み入れる。夜風が全身を通り抜け、屋内まで突き抜けた。‬

 テラスから180度見渡せる景色には夜空に黒々とそそり立つ巨大樹と平面層状の構造物が収まって見える。‬

 ふわふわと漂ういろんな光は、さながら真夏の蛍のようだ。‬

 その灯り一つ一つにも命があり人生がある──そんな当たり前のことをしみじみとミハルは感じた。‬


 ミハルとエミリが席に着くと、給仕ロボがワイングラスを二つテーブルに置いた。‬

 手際の良い動きでワインボトルのコルク栓を開ける。ポンッ、と乾いた音が鳴った。‬

 片方のグラスに麦わら色の液体が静かな音を立てて注がれる。‬


「ミハルは?」‬


「ジンジャーエールで」‬


 辛みが特徴的な飲み物だが、もう一度挑戦したいという気持ちとミハルの強がりな気質がそうさせた。‬


 連なる破裂音。‬

 クラッカーと花火が混ざったリズムの良い音がアーカム中に轟いた。‬

 テラスから身を乗り出して視線を落とす。灯りで綺麗に発光した数多くの神輿が大通りをゆっくりと進んでいる。‬


 パレードが始まったのだ。‬

 歓声はますます勢いを増し、心なしか都市が暖かくなったような気がした。‬


「じゃあ、乾杯」‬


 慌ててミハルもグラスを掴み取り、手前に動かした。グラスの縁と縁がぶつかり、涼しい快音がこだまする。‬

 そうして二人だけのささやかなディナーの幕が上がった。‬




 ◯‬




「──そう言えばさ、ミハル」‬


 ゆっくり時間をかけて今宵のフルコースを堪能したあと。緩やかな頃合いを見計らって、エミリはふとミハルにそう訊いた。‬


「ん、何? あっ、お酒注ごうか? こういうのってあんまし作法とか詳しくないけど……」‬


「‬ありがとう。でも今晩は十分、あまり酔いたくないしね。うん、でさ。ちょっといいかな?」‬


 ワイングラスを隅に置いやり、エミリは真面目な表情でミハルを見つめる。‬

 何か見過ごしてしまうのではないか、という不安からか──真っ直ぐな瞳でミハルの顔を注視しながら、‬


「記憶の方ってどう? 回復する兆しとか……」‬


 と優しく訊いた。赤髪のポニーテールがさらりと揺れる。‬


「……正直、調子はよくないんだ」‬


「そう、なんだ。じゃあやっぱり三日前のことも」‬


「三日前? そーだな……昨日、大体の成り行きは聞いたし……あっ」‬


 エミリが言ったことの意味を理解するのにさほど時間は要さなかった。‬

 昨晩の密会を通してミハルは多くのことを知り、何度も衝撃を受けたばかりだ。‬

 ゆえにカースと会合する以前のミハルと以後のミハルでは大きな変化があったことは間違いない。‬

 ただし、それはミハル以外にとっては気づきにくい変化でもある。‬


「──アリスとアイン」‬


 ミハルはエミリの視線から顔をそらしてこう言う。‬


「あの後……ふたりはどうなったんだ……」‬


 言いながらミハルは自分の愚かさを悔いた。罪悪感に囚われ、生ぬるい唾を飲み込んだ。‬

 もっと早くにミハルが訊かなければならないことだった。‬

 三日前の『他死戻り』から脱出した以上、少なくともアリスは無事生きているはずだ。

 しかし、彼女がいまどういう状況に置かれているのかミハルは知らない。アインの無事だって。‬


 この数日、二人のことは完全に意識の外へ飛ばしていたのだ。‬

 いまエミリに言われてようやく自分が冷酷な態度をとっていた事実に打ち震える。‬

 ‬

 なぜ忘れていた? 思い出したくなかったから? いいや違う。ただ単に後回しにし続けた結果がこれだ。‬

 三日前、状況が動き出してからとにかく自分の現状を把握するのに手一杯で、いつの間にか記憶の奥底に沈んでしまっていた。‬

 ‬

 であるのなら仕方ない、は許されることではない。いつだって我儘は個人の利己的な甘えなのだから。‬


 ゆっくりとミハルは顔を上げる。‬

 いまさら彼女たちの安否を聞くのは図々しいことなのかもしれない。‬

 だがこれ以上、愚かな自分に情けない嘘はつきたくなかった。‬


 エミリと視線がぶつかる。‬

 彼女はどう思っているのだろうか? 今までずっと自分のことだけしか考えてこなかった心の狭い少年に対して、‬


 エミリの表情は緩み、ホッと息を吐いた。それから──


「よかったー。回復しているんだね、ミハルの記憶。だってさー昨日の時点で記憶の齟齬があったみたいだし、怖かったんだよ。もしかしたら時間が経過するごとに記憶が消えていく症状なの? とか思ちゃったり。でも……安心した。みんな覚えてくれてる。ちゃんと」


 堰を切ったように思いを告白するエミリの前でミハルは何も返せなかった。純粋な心が眩しく感じる。


 エミリはやはりエミリだった。これからどんなことが起ころうとも彼女には敵わない。そうミハルは思った。

 枷を解かれた舌と唇が言葉を繋ぎ、


「思い出したんだ。確かに記憶が一部飛んでいたけど……覚えているよ。二人のこと……アリスは……活発で少しお節介すぎるところもあるけど、まっすぐな正義感を持っている子だ。アインは……あまり話す機会はなかったけど、顔も声も知っている。ここに」


 言い終えてミハルは自分の胸に人差し指を当てた。

 記憶のほとんどを契約により奪われているミハルにとって、日々の思い出は大切な意味を持つ。


「……うん」


「だから……もう一度二人に会いたい。もしかしたら忘れられているかもしんれないけどさ。そんときはまぁ……いちからやり直しかな」


 ミハルはそう言って戯けて見せる。瞳に映るエミリの表情はどこかぎこちなく、ふるえるような仕草をした。

 その直後、テラスのすぐ近くをトトールが鳴き声をあげながら通り過ぎ、ミハルの腰はびくりと震える。


「びっくりした〜」


 そう言う割には落ち着いた態度のエミリにミハルは「胃に悪い」と返しながら残りのトニックワォーターを口に含んだ。

 氷が溶けて炭酸が抜けた水がゆっくりと喉を伝って胃に落ちていく。

 話の着地点を見失ったミハルは再び同じことを訊いた。


「──結局、あの後二人は?」


「無事送り届けたよ。衛兵の詰所にね。そのあとの処理は三課に回されるんだけど、特に問題はないわ」


「三課……とーいうと……アレか、また別の?」


 エミリはアルコールで濡れた口元をナプキンで丁寧に拭きながら、秘密めかしくささやく。


「特異三課。正式名は異界事案事後処理課──後処理を専門に受け持っている部隊なの。異界との干渉に上手いこと帳尻を合わせる必要があるし……いろいろ面倒な手続きが待っているわけ」


「なんとなく察せるわ。ソレ。でもそっか……聞いて安心した。アリスもアインも元気にやってるんだな」


 管楽器のかすかな響きが風にのって伝わってきた。

 聖歌隊の清らかな歌声が耳元で囁かれるように流れてくる。

 民謡でもなく雅楽でもない、ジャンルが区別できない不思議な音楽だった。

 花火がバラバラと夜空を弾けながら連鎖し、激しい太鼓の音が空気を刻む。


「そういやみんな遅くないか。数日で終わるって話だろ?」


 今日も用があると言って出て行ったK達は帰ってきていない。

 アーカムの隠れ家は二人で生活するには少々広すぎるのだ。

 二人がよく使う第三共有スペース以外の──その他多くのフロアは静寂に満たされていた。


「少し予定が狂ったらしくてね。でも大丈夫。定期連絡は入っているから気に病むことはないわ。それよりもミハルは自分のことを心配しなきゃ」


「そうかな?」


 ミハルはぼんやりと首をかしげるが、エミリは「うん、絶対」と身をのりだして顔を近づけた。


「ミハルはすごく稀有な存在なの。これから先いろんな人がミハルに興味を示すはずよ。だからなおさら気をつけないといけないの」


 エミリはミハルの顔を食い入るように見つめる。紅蓮の瞳が、仄暗い照明の中で熱っぽく光る。


「でも安心して……わたしが必ず──」


 わっと大喚声が荒波のように沸き上がり、エミリの声を一瞬かき消した。

 巨大樹が根元から淡青色の輝きを放ち、夕闇を青に染め上げていく。

 夜空を覆う樹海の枝葉のどこかが不気味に胎動する様子が見えた──気がした。


「──だから約束ねミハル」


 エミリの声が歓声にをかき分けるようにして聞こえ──




 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽‬





「ホットココアにする? それともコーヒー?」‬


 ミハルの正面でエミリがそう言った。気付けばちょうど今、大きな欠伸を一つ溢すところだった。

 しかし、無意識的な体の呼吸動作をする上で妙な既視感が駆け抜け、咳き込んだ。

 それを言葉で表現するにはまだ情報が足りない。

 だからミハルは欠伸を噛み殺し、周りを見渡す。


「────」


「昨日はちゃんと眠れた?」


 目の前のエミリが手をヒラヒラと振りながら語りかける。

 淡い水色のオフショルダーネックから白い彼女の肩口が見えた。いつの間に着替えたのだろうか。

 ついさっきまでは白のシャツに紺のパンツスーツだったはずなのに。


「…………あ──ぅぁ」


 瞼を半分に閉じかけた瞳に差し込む光は新鮮で、停滞した意識を浮かび上がらせる。いそいそと、されど穏やかに。

 そうして困惑した思考が正常に機能し始めた頃、ミハルは大きな違和感を感じた。

 夕闇に浮かぶランプの灯りではなく、新鮮な白い光がミハルを照らしている。


「……朝……だ」


「うん、朝だよ。おはようミハル」


 軽やかな声でエミリがそう言った。


「えっ……?」


 ミハルは思わずうわずった声を発して、椅子から勢いよく立ち上がった。

 表情筋が硬直し、気味の悪い冷や汗が背筋を伝う。

 確かめるために短く質問する。

 おそらくミハルが感じている違和感を知らないであろうエミリに向けて──


「俺……寝落ちした?」


「ん? えっと、それはつまり……このテラスでってこと? まさかぁ、そんなわけないじゃん。昨日は一緒に部屋まで……ほら」


 エミリの返答から状況理解するにつれて、ミハルの口元はためらいがちに微笑んだ。

 極めつけの一言。声が震える。


「……昨日……って?」


 震えるミハルのつぶやきにエミリは当たり前のように返した。


「ミハルが目覚めた日だよ。丸三日も寝たっきりでさ、ホントにどうなることかと心配したんだから。まさかまた記憶が飛んでしまったなんていう冗談はやめてよね」


 エミリが首を傾げて怪訝な顔をするが、ミハルはそれに応対する余裕はなかった。

 思考が加速し、喉が干上がる。

 金槌で殴られたような衝撃に眩暈がして、バランスを崩しテラスの手すりを強く握りしめた。


 全ては前触れなく一瞬にして起こり、規則通りにプログラムは処理された。世界はあたかも自然に進んでいく。

 ただ一人、時の呪縛を宿した少年を除いて、




『他死戻り』第二の軌跡──発動




 繰り返し、廻り続ける抗いの運命が再び幕を開けた。


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