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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第二章「underground」
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第二章8話 『地下都市アーカム』

 

 Kの演技くさいセリフの後、ミハルはしばらく喋ることがなかった。

 Kもエミリもしばし、他三人と軽い会話で談笑している。そのため、少し疎外感があり居心地が悪かった。

 話しの輪に入れそうで入れず、入り口で足踏みしている状態。異世界に来て束の間の絶賛ボッチNow(ナウ)である。

 窓から見える外の景色で気を紛らわせながら、ミハルは息を吐いた。


 しかしまあ、なんというのだろうか。


 この小さな部屋に詰め込まれたメンバーの内全員、ここが異世界であるにも関わらず、この世界の人間ではないときた。

 つくづくムードというものが狂っている。本来であれば、魔法使いや亜人に囲まれていておかしくないはずだというのに。


 自身の妄想と現実の悲しき乖離に嘆き、しばしげんなり。

 枕を背もたれに体を預けながらミハルは目の前の顔ぶれへと意識を向けた。


 異間公安特異九課──今後ミハルが大きく関わっていくと予想される組織である。

 異界専門の捜査官といった立ち位置で、ミハルのような異界に飛ばされた転移者などの対処にあたっている。というのが大まかな概要だが、その全貌はまだ不透明だ。

 世界という大きなスケールを前提に設立された組織であることはまず間違いないだろう。

 そして、いま現在ミハルはその一端に触れているのだ。


 思い返せば、この数時間でものすごい量の情報をインプットしていることになる。

 異界と現世の成り立ちや“大終焉(ジ・エルフィナル)”という不可逆の大災害、“追放者”と“死繋人”の関係など。そして“尸霊人”という存在も忘れてはならない。


 どれもこれも一つ一つのスケールが大きく、実にファンタジックであるが、問題は一週間も経たずして、世界の裏の仕組みを知ってしまったという事実。

 こういうのは、もっとじっくり冒険や探検などを乗り越えて、やっとこさ辿り着くのがお約束ではないのか。

 と心底思うが、知ってしまったのなら仕方がない。

 この状況がミハルに用意された未来へ繋がるレールの途中なのだとしたら、途中下車はできないのだ。


 ──片道切符かよ。笑えない


 そんな風にミハルが今までの話の流れをまとめていると一人、ツカツカと歩み寄る者がいた。

 彼女はミハルが声を出すより早くベッドに腰を下ろし、一気に体ごと詰め寄ると、


「──っとミハル君だよね? ぐっすり眠れた? うわー可愛い顔! カワイイ!! 年上に興味ある? あたしは如月(きさらぎ)リオ。リオ姉さんと呼んでくれたら嬉しいな! これからよろしくね〜」


 そう快活に話し終えニコリと微笑んだ。

 サラリとした青みがかった銀髪からほのかにサボンの香りが漂ってくる。水々しい艶のある黒目は美しく、長い睫毛は色っぽい。

 容姿も整っていて、エミリとはまた違った美しさを兼ね備えていた。

 エミリを美少女と称するならば、目の前の彼女は美人と称するのが最適か。

 とにかく、如月リオの第一印象はそんな感じだった。


 だが、エミリ然り、リオ然り。

 なぜかは不明だが、やたらと異性に対しての距離感がおかしい。


「ど……ども。つか顔近くね?」


「え、もしかして照れてんの? アハハっ、チャラい顔して意外と純情(ウブ)じゃん。さてはギャップ萌え狙いだな〜〜少年」


「ウ、ウブじゃねえしっ! ほっぺ突くのやめろ!」


「またまた〜」


 今度はうりうり、と言いながら、ミハルの方に小指をめり込ませてきた。

 ついにはどこからともなく良い匂いが漂ってくる始末。

 年上の女性に弄ばれるのは悪い気はしないが、それよりも羞恥心がはるかに勝る。

 いよいよ、このリオの自由奔放さにミハルが戸惑いを隠せないでいると、


「ちょ! ちょっとリオ先輩!?」


「そのへんにしとけよリオ。そいつの顔引き攣ってんじゃねぇか」


「如月さんの距離感って独特ですよね」


 三者三様の反応からリオに対する扱いを心得ている者と心得ていない者との差が浮き彫りになる。

 エミリの妙な慌てぶりは謎だが。


「うるさいなー。イイじゃん。もっとアクティブにいきましょうよ〜。アクティブに〜。こうパァーッとさ」


 大袈裟なジェスチャーをつけながら、ダルそうに叫ぶリオ。

 彼女一人だけいつもテンションが高いのか、ミハルには彼女の周りがやけに輝いて見えた。


「お前は年相応の振る舞いを身につけるべきだ」


 再度呆れた顔で文句を言ったのは、窓際に寄りかかっている大男だ。

 全体的にだらっとした出で立ちで、目つきが悪く、まるでマフィアのような風貌を見せる彼は、口にくわえたタバコの吸い殻を携帯用の灰皿に器用に落とした。

 歳は顔の皺からおそらく40前後、首から頰にかけての禍々しい傷跡と垂れた前髪が荒々しい風格を醸し出している。

 そんな威圧感を纏う男にリオは物怖じすることなく唇を尖らせ、


「規律正しい正義感も問題あると思うけどなぁ。この前だってさぁ──」


「なんか言ったか」


 厚かましさ全開で絡んできたリオに対して、男が静かに言い放つ。

 横で見守っていたKが慌てて「まぁまぁ二人とも」と間に入った。

 様子を見る限り、リオとこの男は仲があまりよろしくないようだ。まさしく水と油と言ったところだろうか。


 二人の関係を知らないミハルはただただ見守ることしかできないわけで、フォローの仕様がない。

 一触即発の雰囲気だったが、度々嘔吐に苦しむ青年が深いため息をつき、エミリがあわあわし始めたところでリオが両手を挙げ降参のポーズをとった。


「ハーイすいません。あたしが言い過ぎでした」


「まったく、頼むよ二人とも。また(すめらぎ)特等に小言いわれるだろ」


「ヤッばッ! すっかり先輩のこと忘れてた」


 急にリオの表情が暗くなり、態度が急変する。この場の空気が冷えるというより、軋んだ気がした。

 ミハルが推測するに“皇特等”という存在は何やら絶対的な影響力がある人物なのだろう。

 リオを除く他のメンバーの様子を見ても皆表情が硬くなっているのがいい例だ。

 よほど怖い存在なのだろうか。少し気になったが、この状況をより悪化させるのは野暮かもしれない。寸前のところでグッと堪えた。


 突如形容しがたい空気のせいで、雰囲気はどんより、テンションはがっくり。

 だからこそ、こういう時は明るいキャラの腕の見せ所。

 話のすり替えはお手のものと言わんばかりの性格のリオは、浅い深呼吸を一息つくと気分一新。

 そっと額の汗を拭い、明るく言い放った。


「うん、じゃあ景気づけに飲みますか!!」


「今から?」


 もうその先の彼女の言動が目に見えているのか、Kは最小限の情報のみで問い掛けた。


「当ったり前じゃん! エミリちゃんの歓迎会も兼ねてさ。久しぶりじゃない? 新入り」


「如月さんは羽目外したいだけでしょう」


 嘔吐の峠を越した青年が、げっそりやつれた目でチラリとリオに視線を移す。

 彼の顔は白い包帯で覆われているため酷く不気味に見え、またコートの襟で顔の半分が隠れていることもあり、表情が全くわからない。

 もういっそのことベッドを譲ってやるべきではないかとミハルに危惧させるほどの病的な出で立ちである。


「まーそれもあるけど。あたしはミハル君のこともっと知りたいかな」


「俺? なんで?」


「なんでって……希少な尸霊人という存在であり、謎めいた自動書記(オートマティスム)所持者(ホルダー)。あたしはすごく気になるよー」


「おーとまてぃすむほるだー? なんだそりゃ。あの、また顔近いです」


 今度は抵抗の意思を見せようとミハルの脇腹を狙うリオの指を軽くはらった。

 と、そこでリオの方も「お、やんのかぁ」と躍起になる。

 狭い可動域での攻防の末、左腕一本のミハルが押し負け、存分に脇をくすぐられたところで、Kは渋々承知した。


「分かった。でもハメは外しすぎるなよ」


「やったーー! 今日は飲むぞ〜!!」


 Kからの許可を得たことで、リオは嬉しそうに拳を突き上げた。

 傷の男と包帯でグルグル巻きの青年からもリオほどではないが、「ウェーイ」と弱々しく声があがる。

 どうやら飲み会なるものが始まるようだ。聞くところによればミハルは17、飲酒はできない。一丁前にアルコールを摂取できるまであともう少しの時期である。

 急遽発生したイベントに慌てるミハルの隣でエミリは唇に指を当てながら、ふと呟く。


「ここで飲むんですか?」


「あー確かに狭いね。この子の借り部屋だっけ?」


 エミリの何気ない呟きにリオが反応し、五人の目が黒髪の少年に向いた。

 対岸の火事のごとく話を右から左に流していたミハルは、ここに来ての突然の注目に気分が高ぶり、この空気を壊すまいとキザな笑顔を浮かべ現実世界に意識を戻す。

 答えはもちろん、


「俺は別に構わねぇぜ。朝までパーリーピーポーしちゃいます!?」


 ヘラヘラした態度でサムズアップを作るミハルに、エミリはお堅い委員長のような仕草で指を突きつけた。


「いいえ、構います。リオ先輩さすがに──」


「だね。場所変えよっか」


 そんな訳で、ミハル、エミリ、Kに加え、新たな三人が合流した一行は急遽場所を移動することに。

「どこに?」というミハルの問いかけにエミリが「別棟の共有スペース」と何気なく答えるものだから、怪訝な顔をせざるをえなかった。


 宿屋とは聞いてはいるが、ここが地下都市(アーカム)に位置しているという以外の情報は全く知らないのだ。

 何よりミハルは「そもそもアーカムってどこ?」と真っ先に出てくるレベルでこの世界の地理に疎く、世情に関しても浅いところまでしか知らない現状である。

 そろそろ積極的に情報収集していくべきかもしれない。


「リオの奴は勝手に言っているけどミハルはどうだい? 病み上がりの身体だ。しんどいなら無理しなくてい──」


「行くよ行く! もち行くよ。一人は嫌だ」


 と息巻き、ミハルもベッドから足を下ろした。

 取れた片腕は残しておくとして、衣服は今着ている寝衣のままでいいだろう。

 リオ達やKは二言三言交わしながらさっさと部屋から出ていくものだから、余計に焦ってしまい、小指をベッドの角にぶつけてしまった。

 変なうめき声を上げながら履物を探していると、


「ミハルはコレ使って。靴はオシャカになっていたから明日新しいのを用意するね」


 親切なことにエミリが綺麗な履物を1組用意してくれた。

 少し女の子っぽいふわふわしたデザインだが、履き心地は良さそうだ。


「おーサンキュ、エミリ。裸足はちょっと寒かったんだ」


「どういたしまして。その体で動ける? 無理ならおぶるけど」


 膝を折り曲げなだらかに曲線を描いた腰を突き出すエミリ。

 華奢ではあるが、綺麗に鍛えられた腕としなやかな背中は美しく、エミリが意外と筋肉質であることに気づかされる。the()女の子というよりは戦っている女の子という体つき。

 そして、なによりショートポニーテールの影から垣間見える白いうなじには、目を逸らさざるを得なかった。


「いや、いいって、だいじょうぶ! 甘やかさないでっ!」


 本日何回目か分からない不意打ちにオクターブが二つほどあがったミハルの声が響く。

 目を合わせられない。鼓動がバクバク頭に押し寄せる。


「別に甘やかしているつもりはないんだけど」


「俺も男なんで! 17なんで!」


 ミハルがてんやわんやだというのに対するエミリは凛々しい声のままだ。

 どうやらエミリは無自覚のうちに天然セクシーお姉さんのキャラを発動しているようだった。

 今後、変な目で彼女を見ないようにする対抗策を導かなければと一人唸っているミハルを怪訝な顔で見つめながら、


「ならいいわ。ん? 汗すごいけど……どうかした?」


「行水が趣味でして」


「ふーん、変わった趣味ね」


 とにかく話題を変えようと、乱れた髪をガシガシ掻きながら、

 ついさっき気になっていたことを呟いてみる。


「ここって本当に宿屋? にしては静かすぎやしないか」


「先輩ったらまた適当なこと言ってるようね」


 エミリはあからさまにため息をついた。


「ここは()()()()の宿屋なの。セーフハウスって分かる? “隠れ家”とも言うけど」


「セーフハウス? あーあれだろ。スパイが諜報活動に使う秘密基地」


 乾いた指を鳴らし、ミハルは相槌を打った。

 ミハルが荒らしたシーツのしわを直すと、少し伸びをしながらエミリは頷き、


「現世側が過度に干渉するのも良くないからね。その予防策」


「へぇー驚いた。諜報機関の秘密基地ね。厨二心がくすぶられるぜ。……ん? でもさ、これって違法建築じゃないの」


「違法じゃないわ。ちゃんとした措置は取ってます。まあ……名義は偽ってるけど」


「いいのかそれ……。わりと大きい不安要素ぜ。ほんとに大丈夫?」


 とか言いながらエミリの後に続いて、ミハルはようやく部屋の外に向かった。

 鏡写しもどきの扉をくぐる時には少し神経を尖らせたが、数時間前の現象が起こることはなかった。

 部屋の外は木のフローリングが貼られた小綺麗な廊下で、風通りの良い涼しい空間だった。


 すぐ近くの洒落た小窓からは外の薄明かりが溢れでている。

 腰を屈めて覗き込むと、複雑に絡んだ(つた)と灰色のパイプ管がいたるところに見え、その隙間にツリーハウスのような奇妙な形の家が埋め込まれるようにして並んでいた。


「こっちよミハル。そこ段差があるから気をつけて」


 不思議な光景に惚けていると、エミリの注意に引き戻されミハルは慌てて後を追う。

 段差を軽く飛び越え、足早に進んでいく。廊下といってもそれほど大きいものではなくこじんまりした広さで、不規則に勾配のある箇所があった。


「結構歩いたよ。一体全体どんな構造してんだ?」


「うーんとね。アーカムの建造物は樹木の幹や枝を足場に作られているの。岩に張り付く苔をイメージしてみて」


「あ〜だからこんなにグニャグニャしてんのね。納得だわ。でも、なんでそんな複雑な構造になったの?」


「神樹の大半がこの巨大な縦穴に埋まっているせいよ。だったら居住場所を神樹の幹や枝を利用した方が何かと便利って話。

 まさか穴のど真ん中に浮遊する都市を作るなんて無茶でしょ。もっとも、長い歴史のある都市だからその経緯は複雑だろうけどね」


 軽やかなステップを踏みながら、エミリは後ろを振り返らずつらつらと述べた。

 既にこの都市の景観や事情に慣れているのか、当たり前のように話すエミリにミハルは何とも言えない不思議な気持ちになる。

 また一方で、今自分が本当に未知の世界にいるのだという実感と高揚感も感じ、ミハルの表情はちぐはぐなものになっていた。


「これは……夢じゃないんだよな。ちょっぴし頰つねってくんない? まだ頭ん中がモヤモヤしてんだ」


「ハイハイ、現実よ現実。これでどう?」


 呆れ返った目でツカツカ歩み寄ったエミリは躊躇なくミハルの頰をつねった。


「イデテテテッ!! イタイっ! 力加減っ?!」


 エミリの細く綺麗な指から産み出される刺激に淀んだ思考がクリアになる。

 悪戯っぽく口元を歪めるエミリは、ジト目でミハルを見上げながら、


「目、覚めた?」


「パッチり!」


 ひりつく頰をさすり、サムズアップ。

 エミリは少しSっ気属性もあるようで、対してミハルはすこしマゾっ気があるらしい。

 これは良いコンビになれるかもしれないとミハルは思った。


 とまあ、そんなおふざけを挟みつつ、そこから数十歩程進んだところで、やっと新たな扉が見えてきた。

 丸い小窓がちょこんとついている可愛い扉。

 王都の煌びやかな装飾とは違い質素だが、自然の温かみが感じられる目の前の扉はミハルの好みに合っていた。


「ここから先は足元に気をつけて」


 扉の取っ手に手をかけたエミリは悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。


「何かあんの? ドッキリか! ドッキリだよな?!」


「ふふ、それは見てのお楽しみ」


 そう言ってエミリが扉を開けると、涼しい夜風と共に水の飛沫が流れ込んできた。

 反射的に瞼が下がり、顔全体に冷気がまとわりつく。

 直後、大量の雨粒が降りしきるような清涼感のある音が鼓膜をゆすぶった。

 ミハルが左手をおでこに当てながら細めた目をうっすら開けると、


「おぉ!? スゲぇ!」


 思わず喉から出てきた第一声は感嘆の声だった。

 まず、ミハルの視界に入ってきたのは大きな水車だ。直径が20メートル程の大きな木の円板が圧倒的なスケールを放ってゆっくり回転している。

 しぶきの息を吐き、しずくの汗を垂らしながら回る様子は圧巻で息をするのも忘れるほど壮観だった。

 扉の先には吊り橋があり、向こう岸まで繋がっている。


「ビックリした!」


「ああ、度胆抜かれてる」


 だが、ミハルの感嘆の呻きはここで止まらない。

 最初に目に入ったのが巨大な水車なだけで、辺りを180度見渡すだけでも幻想的な光景の数々が存在していたからだ。


 上を見渡せば蔦と用水パイプの複雑怪奇な天井が目に入り、奥を見渡せば巨大な蔦に絡み合うようにして作られた奇妙な家々が不規則に連なっている。

 何より驚かされたのが、この巨大な水路そのものが空洞の根であり、その壮大さと幻想的な構造に開いた口が塞がらなかった。


「私たちが今いるところは第一階層。アーカムのメインエリアよ」


 エミリが指差す視界の先には、広大な空間が広がっていた。

 巨大な縦穴の周縁であるこの場所からは、遠くまでがよく見渡せた。


「誤って足滑らせたりしないでね」

「え? 何が?」

「下……死ぬわよ」


「した?」


 言われるままに足元へ目を向けたと同時に、ミハルの口から悲鳴が上がった。

 薄暗い上流から流れてくる澄んだ水は、二人が足を踏み入れた吊り橋の下を、潜り抜けたところで途切れている。

 すぐそこに瀑布が待ち構えているという状況だ。大股二歩で奈落のそこへ真っ逆さま。


「心臓に悪すぎんだろ。マジビビるって」


 恐々と吊り橋の手すりから身体を乗り出してしばらく恐怖に慣れたことで、ようやくこの地下都市の構造が見えてきた。


 確かになるほど、楕円形の広大な縦穴の周縁に張り付くようにして構築されている。

 切り立った断崖や辺りに絡みついている巨大な根を足場に様々な形の建物が立ち並び、その隙間を円柱や四角柱のパイプ管が縫うように組み合わさっている景観は、数時間前あの部屋の窓ごしから見えたものに違いない。


 そして、何より異様な存在を放っているのが、この地下都市の半分を占めている巨大な大樹である。

 深緑の苔と紺色に光る表皮の根が都市全体を包み込むようにして奈落の底まで続く光景は神々しく、神樹と称されるのも納得出来る。


「……綺麗だ」


 人間誰しも圧倒される光景を前にすれば、単純な感想しか呟けないようで、

 気づけばミハルの左腕にはうっすら鳥肌が立っていた。


「中央区に近づけばもっと凄い景色があるんだから」


 と明るい声でエミリが言った。

 彼女も何処となしかこの美しい景色に酔っているようだ。


「じゃあ行くしかねえな。こんな景色を見逃すなんてもったいないぜ」


「うーん、でもどうだろ。仮に行けたとしても明日以降かもね」


「あれ、そう簡単にいかない予感……」


「だって、ミハルは保護監察対象よ。先輩が許してくれるか怪しいもの」


「あーーそういや軟禁だったわ俺。……しゃーない。じゃあ一人悲しく部屋にこもってトランプでもするか。いや分かってましたよこうなるってことは」


 改めて自分の立場というものを理解したミハルは肩から気が抜けるように落ち込んだ。

 酷い、酷すぎる。まるで餌を前にステイさせられているワンちゃんではないか。

 そんなミハルのひどく落胆した顔を見て、流石に気の毒に思ったのか、


「ま、まあ、元気出してミハル。私が先輩に頼んでみるからさ」


「マジでか!! いいの!? つかもう泣いていいすか!」


 優しいエミリの気遣いに喜びと嬉し泣きが重なり合い、変にバグったテンションになるミハル。

 そんな少年の様子を温かく微笑み、なだめる彼女の双眸の奥には薄暗い感情が渦巻いているのだが、そんな些細な感情の揺れにミハルが気づけるわけもなく、ただ刻一刻と時は過ぎて行く。


「ふふっ、なんかミハル見てると元気出るね」


「ん? 急にどうした?」


 ごうんごうんとだるい駆動音が二人の耳に深く響いている。


「何してんの〜〜二人とも。早く入りな。からだ冷えちゃうよ」


 扉から顔だけを出したリオが呼びかけてくれるまで、ミハルは眼下に広がる光景から目を離すことができなかった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「えー、本日は付き合ってくれてありがとう! 事情はどうあれこの場に集まったメンバーは今後長い付き合いになるはず。今宵は改めてお互いの親睦を深め会っていきましょう! それではブラックな職場に──」


「「「「カンパーイ!!」」」」


 さて、ミハル含む一行が共有スペースに集合したことで、ついに宴が始まった。

 まだアルコールに口をつけていないというのにもうすでに酔った口調でリオが乾杯の音頭を務め、六つのジョッキ(トニックウォーターが入った)が騒がしい音を奏でる。

 それが合図かのごとく、六人が囲むテーブルは賑やかになった。


 テーブルの上には夕食よりは軽いが意外とカロリーの高い酒のつまみが大皿や小鉢に盛られている。

 フライドポテト&オニオンリングに各種ウィンナーの盛り合わせというジャンクなものから、

 トマトスライス、キュウリの酢の物、豆腐サラダといったあっさりした前菜まで多岐にわたる。


 いつの間にこれほどの料理が用意されたのか驚きだったが、奥から皿を持ってやってきた給仕ロボットを見て全てを察した。

 もうなんでもありの世界だ。次は人型のアンドロイドに出くわすまである。


「このメンバーで揃うの珍しいね」

「ていうか飲むのも久しぶり。最近飲んだ?」

「三日前エミリと少し」


 人数分用意されたグラスにKは手際よく氷を入れていく。


「えーいいなー。あたしも呼んでよ。あ、エミリちゃんはお酒強い方?」


「まあまあです。きついのは一口でアウトかも」


「じゃあ、レモンサワーにしとく?」


「いいですね。さっぱりしているのは好きです!」


 女子二人は爽やかカクテルに決定。

「じゃあ、俺も」と勢い任せに挙手するが、


「ミハル君は未成年だからねー。ジュースで我慢しな」


 とリオにあっさり咎められた。

 分かってはいたが、法律上仕方がない。結果、ミハルはオレンジジュースをちびりちびりと飲む羽目に。

 どうもお子様扱いされているようでもどかしい。


「カイルはいつもの?」


「ええ、ジンジャーエールで」


「一杯ぐらい付き合えよ。酔いは治ったんだろ」


「一口飲んで赤面しているあんたに言われたくないですよ。酒弱いくせに無理するなあ」


「俺がこの面子の中で年長なんだぜ。ダセェじゃねえか」


「素直かよ!!」


 意外なことにこの六人の中で最も酒が似合いそうな彼は、宴が始まりわずか五分で熟した林檎のようになっている。

 タバコは吸えるがお酒にはめっぽう弱いというまさかのギャップ持ち。

 思わず笑いそうになったが、楽に弄れる相手ではないためなんとか誤魔化す。

 そして、どうやらこの中で最も酒に強いのはリオらしく、五杯も飲んでいるのに顔に出ていない。


「うまっ! 調理ドロイドの腕また上がった?!」


「先月、改装工事があったようなのでその時に新装されたんだと思います」


「ついに料理の腕まで超えてきたかー」


「まあそれもメタグレイン技術あっての話ですよねー。でもだからこそ天然の食材が恋しくなっちゃいます」


 リオとエミリの会話を聞きながら、Kが注いでくれた炭酸ドリンクに口をつけた。

 バニラとシナモン風味の炭酸が舌を刺激して、喉に快感が走る。

 安い炭酸飲料もこういう時だからこそ味わい深い。


 ミハルからすれば、なんかいつの間にか始まった感が強いのだが、一人寂しく部屋に残るよりは断然楽しいことには変わりない。


「アイスクリームとかメニューにありましたっけ? 甘いものが食べたい」


「チョコパフェと……シャーベットならあるよ」


「じゃあチョコパフェ三つ、シャーベット二つで」


 Kは手首の端末から投影されるホログラムに何かを打ち込むと呆れたように笑った。


「カイルの甘いもの好きは相変わらずだね」


「三体も死霊(ゴースト)と同調していると糖質の消費が激しいんです」


 ちなみにエミリ曰くこの共有スペース、六人が集っても窮屈感はなくむしろ広すぎるくらいだ。

 内装はモダン的で外からは想像できないほど解放的な空間といえよう。

 大きなダイニングテーブルの他には機械の腕が料理を振る舞うキッチン、L字型のソファーとパーティ用のテーブルや飾り棚etc.

 それぞれが余裕を持って配置されていて、シェアハウスのリビングを彷彿させた。


 そして、今現在ミハル含む六人はテーブルを囲んで団欒している。

 ミハルの席は最も端っこで隣にリオ、Kと続き、向かいにはエミリ、包帯の青年、強面の男という配置だ。

 飲みの席では普通『上座・下座』のテーブルマナーがお約束ではあるが、この場においては自由なようで、なぜかミハルはリオの隣に。

 本当はエミリの隣が希望だったが、リオに誘導されここに落ち着いた、という次第である。


 とにもかくにも騒がしい宴は穏やかに進んでいく。


 食べ盛りなのか、それとも今置かれている状況に緊張しているせいなのか、ミハルは何でもいいから腹に入れたい衝動に駆られ、

 目の前にあった油でギトギトのオニオンリングらしきものを数秒間隔で口に運んでは入れを繰り返していた。


「……なんかごめんね。急に付き合わせちゃって」


「いやいいやいや、俺に変に気を使う必要はないぜ。それになんつーかこういうノリは好きだ」


 淡い琥珀色のお酒を一口飲んだリオが小声でミハルに詫びを入れてきた。

 潤った唇は妖しく、吐いた吐息は甘ったるい。

 ブラウスの首元を緩めながら、チンピラみたいにミハルの肩へ腕を回す。

 エミリが若干イラっとし始めている事など露とも知らず、


「Kから聞いたけど丸三日寝込んでたんでしょ。大変だったねー」


「全然全然。むしろ、一瞬っすよ一瞬。気ィ失った次の瞬間にはふかふかべッドの上だからさ」


「意外と余裕あるようで安心した。でも身体は大事にしなきゃダメだぞ少年」


「ヘーイ」


「そして若いんだからモリモリ食べて、グングン伸びろ! 成長期はあっという間に過ぎ去るぞ〜」


 リオは上機嫌にそう告げると、ミハルの肩をバシバシと叩き体を密着させてきた。

 わがままボディの襲来にミハルの脳裏で途轍もない警告のサイレンが鳴り響く。


(──なんか柔らかいものが腕に当たっているし、良い匂いするし、なんかオッパイだし……)


 とヤバイ思考回路に陥りつつあるミハルの手前。

 少し酔いが回ってきたエミリは鼻の下を伸ばす少年が気に食わないのか、一気にレモンサワーを喉に流し込んだ。

 ついには「ふんっ、デレちゃって」とこぼし、手前に置いてあったフライドポテトをやけ食いし始める状況に。


 いよいよ修羅場と化そうとしていた。

 だが、救いの手は幸運にも差し伸べられる。

 というかこの下り、ほんの数時間前にもあった気がするのだが。


 一連の光景を楽しそうに眺めていたKは「あっそういえば」と思いついたように手を叩き注目を集めた。

 やっとこさリオの腕から解放され、ミハルは大きく深呼吸。そして、Kの華麗なヘルプにグッとサムズアップを送る。

 Kは軽くウインクで返すと、全員の顔を見渡して話し始めた。


「今さらだけど、新たなメンバーに関して軽く紹介しよう。まずはミハル」


 大げさな身振りを交えながら、Kはミハルを名指しした。

 もう既に周知のことではあるが、一応名乗っておくことに。

 頭をガシガシ、少しばかり照れながら、


「えーっとミハルです。歳は17……らしい。あーっと他には……つーか俺、記憶喪失だから他に言うことなくねっ?!」


「はーい、以上ミハル君でした」


 まばらな拍手が鳴り響き茶番は終了。

 はやくもKは斜め右の青年に手で促しながら、


「じゃあ、そこのキノコヘッドの彼からいこう」


「マッシュヘアって言ってくれません? ていうか、あなたもマッシュでしょう」


八代(やしろ)カイル准上等監察官だ。諸事情によりよくゲロる。酔い止めを渡すと心を開いてくれるよ」


「俺は犬かなんかですか……」


 カイルの弱々しいツッコミは蚊の鳴くような声で過ぎ去っていく。

 そして、急に顔が青ざめたと思えばこちらに背を向け、えずき始めた。

 王都の路地裏で吐いていたあの頃を懐かしく思うミハルを余所に、Kは次の相手へと視線を移す。


「で、横のハードボイルドなオッサンが、瓜生(うりゅう)イツキ上等監察官。ダンディさがポイント」


「ダンディだって。ダンディ! 渋いね〜」


「……るせェ」


 アンティーク風の席に体を投げて、瓜生イツキは舌打ちをした。

 凄みのある目力にミハルは思わず萎縮してしまう。


「そして、この騒がしいのが──」


「ハイハイ! あたしあたし! 如月(きさらぎ)リオでーす!!」


「──とまあ見ての通りの性格だ」


 舌をあざとくだして、テヘペロアピール。

 なんだかもう存在そのものがキャピキャピしている。


 以上3名に関して簡潔にまとめると──顔面に包帯を覆った青年が八代カイル、顔の傷が目立つマッシブな大男が瓜生イツキ、そして、自由奔放なおてんば美人が如月リオ。

 エミリ、Kに加え、今後ミハルが行動を共にするであろうメンバーになる。


「みんなご存知の通り、ミハルは尸霊人(バスタード)であることが判明したのでウチで保護することになりました。仲良くしてね」


「楽しくなりそうだねッ!」


「面倒事が増えただけだろ。オレはガキが嫌いだ」


「ガキじゃねぇし。つかめっちゃ正直に言うんすね!?」


「安心しなミハル。こんなこと言ってるけど、このオッサン意外とハートフルだから。ツンデレってやつ」


「誰がだコラ!」


 顔を赤らめ声を荒げるイツキに戯けた態度で反応するリオ。

 またもや一触即発の雰囲気になったが、「二人とも落ち着いて」というKの言葉でぴたりと止まる。チラリと見たKの横顔は、笑顔ながらも目が怖い。

 Kはハァ、とため息をついたが、しかたないなと切り替えると、


「この話のついでに一つ。今朝、皇特等から伝言を預かっている」


「うゲー嫌な予感しかしない。皇先輩はなんて」


「特にお怒りの様子ではなかったよ。ただ、今後監察課は局内においても重要な立ち位置になってくるから気を引き締めておくようにと。あとは……まあ、うん僕に対しての小言がちまちま」


 その『小言』とやらが余程きついのか、Kの表情は暗くなっていく。


「あちゃーそれはご愁傷さま。班長の立ち位置は辛いね〜」


「如月さんも一応副班長ですけどね」


「じゃあ、カイル。あんたがやってみる? 元・一課の腕前見せてよ」


「いいえ、遠慮しときます」


 カイルはそう言うと新たなジンジャーエールの瓶に手をつけた。

 もうかれこれ5本は空けている。そんなに美味しいのかと興味本位で一口。

 辛すぎて、盛大に吹き出した。



 宴は続く。



「……そういえばさ」


 しばらくたわい無い話が続いた(のち)、ふとリオが興味深い話題をふった。

 銀髪美人はやや軽い口調でジンジャーエールを一口、予想以上に辛口で趣味に合わなかったのか苦い顔をしながら、


「最近の局内、ピリピリしていない? 特に四課と六課」


「執行課と鎮圧課ですよね」とエミリ。


「ああ、きっとあれだろ。半年後に予定されている殲滅作戦の件」


「えー何それ。初耳なんだけど……それどこ情報?」


 指先についたオニオンリングの油を拭き取りながら、リオは眉をひそめた。

 瓜生イツキはゴトンとジョッキを置いてから、


「古いつてからだよ。西方の国で動いている非合法組織にケリつけるって話だ」


「胡散臭いですね。フェイクじゃないですか? 本命は別だったり」


「特異二課お得意の情報操作ってやつか?」


「ええ、まあ僕の勘ですが」


「フェイクと見せかけての本命って可能性もあるだろ」


 そうイツキは言い切ってから、


「悪党なんて山ほどいるしな、このご時世」


 と深いため息をつく。

 ミハルの隣に座る如月リオは肩をすくめ、


「またバンバン死ぬねこりゃ。執行課の連中は容赦ないもんねー。特にリエン特等は」


「まだウチの大隊長の方が人間味があるぜ」


「あっそれ分かるぅー。なんだかんだいって優しいよね皇先輩」


 と、そこでようやくリオは隣に座るミハルの異変に気付いたようで、


「顔色悪いよ。大丈夫?」


 ミハルの背中を優しくさすった。

 先ほどのがさつな叩き方とはうってかわって、とても柔らかく丁寧だ。


「いや、なんつーかスゲー秘密事項に触れてる気しかしないんだけど……俺ホントにこの場にいちゃっていいの?」


 肩身が狭く感じながら、恐る恐る訊いてみる。

 ミハルは“尸霊人”という立場により保護されているだけで、異間公安の組織に加入したわけではない。

 これでも自分が踏み込める境界線は見極めているつもりだ。

 しかし、リオの返答は軽いものだった。


「んーーいいんじゃない。別にさほど重要なことでもないしね。もしもの時は記憶消去しちゃうし」


「急に物騒なワード出てきたぞ!!」


 激しくツッコむミハルに対して、リオは手をひらひら振りながら、


「まあまあ楽に構えていきましょうよ。これからしばらく長い付き合いになるんだし」


「……ノリ軽過ぎね?」


「こんなもんっしょ。張り詰めていたら心持たなくなっちゃうぞ。ほらほら、テンション上げてこ。もっと飲もうぜ!」


 なんだかうやむやにされた感がすごいのだが、リオの気迫に押し負け、瞬く間にミハルも酔っ払いのテンションになっていた。

 真面目な会話はそれが最後で、後は飲んで食ってのドンチャン騒ぎ。

 酔ったリオに服を脱がされそうになるわ、カイルが吐く様を見てもらいゲロするわ、その際、エミリにラッキースケベしちゃい、頬を叩かれる始末。


 色々あったが、ミハルにとってこの一時は大切な思い出であることには変わりない。


 本当に、この時ばかりは楽しかった。

 この時ばかりは。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「ふぅ……」


 飲み会が開始してから2時間後。

 ミハルは逃げ出すようにして、窓際に位置する扉から外に出ていた。

 扉の先はこれまた小洒落たテラスになっていて、そこから都市全体を一望できる。


 眺めのいい位置にあるのはもちろんのこと、風通しも最適でまさにベストプレイス。

 空を見上げれば生い茂る神樹の枝と葉の隙間から、満天の星々が煌めいており、それを肴に一杯楽しむのもこれまた一興か。


 テラスには寝心地の良さそうなハンモックも設置してあるので、そこで横になればさぞかし快適な安眠にありつけるだろう。

 だが、今はなんとなく手すりにもたれてマイナスイオンを感じたい気分。

 そのまま持ってきたコーラを飲みながら、眼下に広がる景色を楽しむ。


 飲み会はまだ続いているが、熱気はそろそろ収束し始めていた。

 オレンジ色の光が灯る窓越しからは、エミリとリオが女子トークで盛り上がっているのが見える。


「食べすぎた。吐きそう」


 大きく伸びをしながら深呼吸。

 涼やかで澄み切った空気を吸い込んでようやく思考が鮮明になってきた。

 すると同時に心の底から素朴な疑問が湧いてきた。


 異世界に迷い込んで、とある組織に保護されて、今は彼らと行動を共にしている状況。

 いくらなんでもトントン拍子に事が進みすぎやしないだろうか?

 これも運命と捉えるのならそれまでだが、改めて整理してみると落ち着かない。


 と今さらながらミハルが首をひねっていると、背後から声があった。


「楽しんでる?」


 振り返らずともその柔らかい声質でKだと分かった。


「そりゃもうちょー楽しいっすよ。あのテンションにはまだ追いつけないけど」


「今夜は久しぶりの飲み会だからね。みんなタガが外れているんだよ。特にリオには警戒しとくといい。酔った矢先、最後には寝込みを襲ってくるから」


「マジかおい……」


 あの残念美人の裏の顔にミハルの口から思わず素の声が出た。

 まあ真っ向から否定できないのが悲しいところだが。


「そういや、そっちはあんまし酔ってないな」


 五人の中で最も酒に強いのはリオだと思っていたが、上には上がいる。

 この爽やかイケメン、驚くべきはその顔色だ。リオと同等かもしくはそれ以上飲んでいたはずのKはまったく酔った様子がない。

 品のある仕草とアルコールへの強さが噛み合って、ミハルの眼には、Kは随分格好いい大人に映った。


「ま、僕らが飲んでいるのは全部マスキングアルコールだからね」


「え? 何それ?」


「アルコールに極めて近い刺激は得られるけど、実際は少し手の加えられた飲料水。酔ったように感じるのは神経がそう錯覚しているだけだ。数時間もすればすぐ冷める」


「俺も飲めるじゃん」


「慣れてないミハルにはキツ過ぎるかも。試しに飲んでみる?」


「そっか。ならいいや、遠慮しとく。それより訊いておきたいことがあるんだけど今いい?」


「もちろん。答えられることならなんでも」


 予想よりすんなり進んだことに安堵しつつも、真っ直ぐKの目を見て口を開いた。


「これから俺はどうなるんだ? 具体的に何かするとか……その、今後の予定ってやつが知りたい」


 Kは「なるほど」と頷くと、手すりに肘をかけておもむろに答えた。


「この数日はアーカムに滞在することになっている。別件の用事があってね。事が終わり次第、本部に君を連れていく予定だ。つまり、しばらくはここで待機してもらうことになるかな」


「待機かー。あんまし自由はないってこと?」


「君の存在は希少であるがゆえに難しい立場にある。慎重にならざるをえなくてね。すまない」


 言葉こそ優しいが、ミハルの立場上あまり行動の自由がきかないという強い意志が伝わってきた。

 保護されている立場だからといって文句ばかりは言えない。


「そうだな。この場所も快適だし、ぼちぼち気ままにやっとくよ」


 ニカリと笑い、浅く吐息をはく。

 不安な未来を気にしていたらキリがない。ならば、気にせずマイペースに行こう。まだ異世界生活はスタートしたばかりなのだから。

 前向きにいこう。そしていつか必ず失った自分を取り戻すのだ。

 そんな少年らしい無邪気な様子に、Kはクスリと微笑むと、


「それじゃあミハル。最後にこっそり秘密の小話でもどうだい? 君自身にとって一番重要な話だ」


 水の流れる軽やかな音と、どこからともなく聴こえてくる虫の鳴き声が、ひどく鮮明に響いていた。


【information】

●如月リオ

[特異九課所属・上等監察官/C4副班長]

・22(2/14生)女

・Blood type:B

・Size:169cm/64kg

・Hobby:ダーツ

・Automatisme:Hunter[ハンター]

・最近:エミリが可愛すぎてたまらない

・好きな物:お酒ならなんでも

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