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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第二章「underground」
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第二章7話 『ようこそ──』

 

 ──眠い


 Kによる長い説明タイムが一段落し、大きな欠伸をするミハル。

 窓の外を見ればいつの間にか日が暮れ始めていた。

 不可解な目覚めから次々と事が起きて色々と疲れたのは言うまでもなく、身体的な疲労と精神的な疲労のダブルパンチにノックアウト状態だ。


「起承転結じゃなくて転転転転だな。脚本に難ありと見た」


「どしたの?」


「改めて複雑な状況なんだなーって思ってわけ」


「そうね。本当にそう」


 だが、悪いことばかりではない。

 随分と気が楽になったことも事実だ。

 王都での心細い独り歩きとは違い、今は頼れる人間が二人もいる。とても心強い。


「いま何時?」


「午後の5時半」


「もうそんな時間。あっという間だな」


 再度欠伸を一つ。

 何か喋り続けなければこのまま深みへと潜ってしまいそうだ。


「三日も寝込んでいたとはいえ色々と考えることが増えて疲れたでしょ。今日はぐっすり休んで」


「そうするよ。でもなんだか自分が情けないや。いろいろ迷惑かけっぱなしだし」


「困っている人を見かけたら手を差し伸べるのは当たり前でしょ。変に気を使わないでおねーさんに任せなさい」


「おねーさんね。そういやその設定忘れてた」


「あのさ。私はちゃんとミハルより年上よ。と・し・う・え」


「あーそうでしたね。生意気言ってすみませんでした。エミリさん」


「え、エミリさん? うーん……そう呼ばれるとむず痒いものね」


「だって最初はほら……同い年の女の子? って思ってたし。先入観?」


「やっぱりそう思う? 子供っぽいよねこの顔。はいはい分かってますよ。すみませんね、成長しなくて──」


 ぷくりと頰を膨らませ、自虐ネタを披露し始める。


「そうかな」と訝しげな顔のミハルの視線はエミリの顔から下に吸いつけられているが、この場で他の発育はよろしいようで、とか言ったらセクハラ野郎の称号をつけられること間違いなしだ。

 ここは紳士かつクールにキメなければと反抗期真っ盛りの弟の雰囲気で、


「ま、カッコイイことは確かだよ。姉貴」


「私、ミハルの姉になったつもりはないんだけど」


「じゃあなんて呼べば? エミリだったら年上に失礼だし、さん付けは違和感あるって言うし。上の名前だったらオーケーなの? ……っと上の名前なんだっけ?」


(ほむら)よ。焔・イリアス・エミリ。でもミハルは今まで通りエミリって呼んで。私もあなたのことはミハルって呼ぶわ」


「オーケー了解。仲良くしようぜ!」


「う、うん」


 一周回ってぎこちない会話を繰り広げるエミリとミハル。

 そんな温かい光景にKは口元を綻ばせながら、西日が差し込む窓側へと腰をひねった。地下都市アーカムは構造上、暗くなるのが早い。


 理由は二つ。

 円周約2000メートルの深さ不明の縦穴──その最上部に位置していること。そして、穴の奥底まで根を生やす神樹が都市の上空をすっぽり覆っているためだ。

 日中でも神樹に覆われた空はどんよりと暗く、一週間も都市に滞在すれば時間の感覚が狂ってしまうとも言われている。


 が、それは単なる噂に過ぎず、都市の住人の時間感覚が狂うことはない。

 アーカムには特殊な仕掛けが施されているからである。自然の地形を利用した樹木と用水パイプの建造技術。

 神樹が根から吸い上げる水には高密度のルフが含まれており、都市の住人に恵みをもたらす。

 アーカムが地下都市であるにも関わらず独自の発展を成し遂げてきたのは、その神樹から湧き出る水の恩恵が大きいと言えた。


「そろそろ黄昏の刻だよ。ミハル」


 夕暮れより早く、アーカムは活動が盛んになる。

 町中の明かりが灯り、用水パイプが稼働し始める。機械工場の如く、油で汚れた歯車と歯車が噛み合うような音が鈍く轟く。

 窓ガラスを挟んだ対岸の光景も徐々に変わりつつあった。

 都市の心臓部である神樹の根が淡く光り、この闇に染まりつつある地下を優しく照らしだす。


「おお! すげえ! ファンタジック!」

「神秘的な光景だろ」


「外に出てもいい? ずっと寝込んでるのも足が鈍るし。その辺を軽くふらっとさ」


「まあまあ……そう焦らず。待ち合わせの時間がもうすぐなんだ」


「待ち合わせ? 誰と?」


 カーテンに手を伸ばしかけたKはピタリと手を止め、


「ほら……噂をすれば」


 直後。

 バチコーン! と漫画であればデカイ描き文字が付きそうなくらいの勢いで扉が開かれた。

 反射的に体がビクつき、視線を前方の扉へとスライドさせるミハル。

 摩訶不思議な仕掛けを持った扉のことだから、何かよからぬ事が起こったのではと不安がよぎる。──が杞憂だったようで、扉は扉らしく新たな来客を招き入れた。

 入ってきたのは騒がしい連中だった。


 というのは──


「オッさんっタバコいい加減にしてくんない。あたしの髪に匂いがつくでしょ!」


「──ッうるせえなリオ。ストレス解消のためだ。オレからすりゃお前の香水の方がキツイぜ」


「あぁ? もう一回言ってみ」


「あの二人ともうるさいんでやめてもらえませんか。鼓膜に響いて気分が……うっぷ……ウォエエエエエッ!」


「テメえのゲロ音の方が一番不快だっつうの、カイル。ほらよ、ゲロ袋。お前の同調酔いには困ったもんだぜ」


「ああ、どうも。オエエエエエエエ!」


「なんであたしの周りにはタバコとゲロの匂いしかないの……癒しがほ〜し〜い〜〜」


 ぶつくさ言い合いながら、部屋に入ってきたのは三人の人影。

 一人は女で残る二人は男だった。


 三人共に共通しているのは、スーツのような黒装束で身を包んでいるところである。一目でKやエミリと同じ職についている人間だと分かった。三人もまた現世の人間、異間公安の一員なのだ。


 さて、騒がしい登場をした三人のうちの一人。

 薄く青みがかった銀髪を長く背に流した女性がミハル……にではなく、その隣の少女に目を走らせた。

 そして──


「さっきぶりエミリちゃん‼︎ ウッヒョオー! やっぱ可愛いわこの子。抱き枕にしたい! いや、妹にしたい!」


 そう言うや否や、そのままエミリにまっしぐら。

 先ほどの刺刺しい態度はどこへやら、端整な顔を綻ばせながらエミリの小柄な体躯に抱きついた。

 一瞬にして百合シーンの完成である。


「あはは、どうもリオ先輩。ちょっと苦ひぃでふ」

「柔らかいな〜エミリちゃんは。ほっぺプニプニ〜」


 突然の不意打ちにエミリは真っ赤になりながら、肩に回された二の腕をペシペシと叩いて降参アピール。

 あまりに密着するものだから、二人の豊かな胸部が激しくぶつかり合っている。

 美少女と美女の組み合わせ。色んな意味で興奮してしまいそうなシュチュだが、ここで変に反応してしまうと変態扱いされてしまう。

 と、しゃーなく心の中で手を合わせて目の前の眼福な光景に感謝するミハルであった。


「この人達って……」


「特異九課のメンバーだよ。ちょっと変わってるけど頼りになる」


「変わっている……ね(俺の立場空気じゃん)」


 奥では嘔吐している青年の背中をタバコを吹かした厳つい男がさすっている。


「そういや今日の昼は酔い止め飲んだのか」


「ええ、ちゃんと飲みましたよ。なのにこのザマ。厄日ですよ厄日。今朝の星座占いだって最悪だったんだ。ここ数日嫌なことが起こりそうで気分が悪い」


「お前はそういう占いとか迷信とか好きだよな。くだらねえ」


「文句があるなら勝手にどうぞ。ただ、タバコに関しては如月(きさらぎ)さんに同感です。受動喫煙って知ってます?」


 加速度的に百合度が激しくなってくる美女二人と仕事に明け暮れたリーマンの昼休み風景を醸し出している男が二人。

 夕暮れの西日が差し込む一室の風景が、ギャーギャーと騒がしくなっていく。


「……では、改めて」


 おいてけぼりを食らっているミハル対してKは、


「ようこそ、特異九課へ」


 地獄へと導くかのように両手を広げたのだった。


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