第二章2話 『聞いて喜べ青少年』
ミハルにとって自分が今置かれている状況はシュールだった。
目が覚めたら不思議空間に閉じ込められているわ、新キャラ登場するわ、片腕取れるわと、どこからツッコんでいいのか分からないない。
溢れでたのはなんとも言えない微妙な苦笑い。
可笑しさからの笑顔が四割、その場凌ぎの作り笑いが六割といったところか。
「えっ……全然ついてけないんだけど?」
「へぇーーなるほど、切断面はこういう感じか」
「君はベッドに戻る! 先輩は……いや、もういいです」
部屋の入り口で呆れたような目を向けているエミリは、Kと同じく黒装束に身を包んでいた。
初めて彼女と接触した時は、パンツスーツのを着こなしていた気もするが、原石が綺麗なため、どちらも違和感がない。
美人は何を着ても似合うというお約束は揺るがない様だ。
水色シャツと身体のラインにフィットしたデザインが彼女によく似合っている。
若干短めなスカートと黒のガーターベルトからチラ見する太腿の艶やかさは少し危うげな感じがするが。
まぁ、はっきりいうと、可愛いですよねガーターベルト。エロいし、エロ可愛い。
とにかく。
「良かった〜。無事だったんだ。てっきり死んだかと思ってた」
まずは一人。赤髪ポニーテールの少女──エミリの安否を確認出来たことが何より喜ばしいことだった。
知り合って半日も満たないというのにミハルにはエミリに対して格別な想いがある。
「失礼ね。ちゃんと生きてます。でも、ま、こうして二人で再会できたのは神様に感謝しなきゃ」
「言えてる。あの状況から手足がワンセット揃っているだけでも奇跡だもんな」
薄いピンク色の唇をゆるめて話す彼女を見て、ミハルはホッと一息。
加えてミハルの予想通り、三度目の時間遡行が起きていない事実に、肩が安堵に下りる。
「それにしても凄い回復力だよね。ミハルの体ってどういう仕組みなの?」
「普通の人間です……右腕取れてんのに痛みも感じないのは問題だけどさ」
改めて自分自身の体を見返すが、これと言って変わったところはない。角も生えていないし、萌え要素ありの猫耳とかも生えていない。
それはそれで興味があるが、ふと猫耳姿の自分を思い浮かべると身の毛がよだったので今のは無かったことに。
体のパーツが取れる人間など初耳だが──至って普通の人間種。ただし、片腕を除いて。
この世界に来てからミハルは二度、右腕に重傷を負っている。腕そのものが取れているのだから重傷の域を超えている気もしなくはないが、二回もそんな目にあっているのだ。
全く不幸としか言えない事実に自身の運のなさを痛感する。
「痛く無いって……感覚が麻痺しているんじゃないの? それに血が一滴も垂れていないのが怖い……というか気味悪いね」
「ちょっと心にくるよその一言。事実だけどもっ!」
辛辣なエミリの物言いに悲痛な声を上げるも、エミリの感想には同感だった。痛みも感じない、血の一滴も流れ落ちない。それはもはや腕と言って良いのだろうかと不安がよぎる。
知らず、空いた左手をわきわき動かしながら、二度の“強制腕とれちゃいました”イベントを思い出す。
一度目は例の怪物によって吹き飛ばされた時、二度目はついさっき、驚いた弾みで呆気なく取れた。
引っ掛かるのは一度目の時点で修復不能なほど派手に引き千切れたというのに、治っていたという事実。
どんな過程を経てそうなったのかは意識を失っていたから理解不能──とかそんな事を考えていると、
「ふーん、ちょっとこそばいかもしれないけど我慢してね」
「えっ、ちょっ……オアッ!」
エミリは何気なくミハルの体に触れた。
寝衣を捲り上げ、ミハルの腹部をエミリの細い指がこそばく撫でる。
異性の女の子にそんな行為をされたら、無反応でやり過ごすなど出来るはずがない。ましてや、ミハルは思春期真っ盛り。耳の先まで赤くなる勢いだ。
慌てふためくミハルの口から「おひょぃ」と変な声が出るが、エミリは全く気にも止めない様子で触れること数秒。
心底不思議だというジェスチャーをしながら、
「昨日も確認したんだけど、やっぱり変。RLP値が計測すらされないもの」
「何その意味深な単語。BMIみたいなもん?」
「ううん。それとはまったく別の話。RLP値に関しては関係がありまくりなんだけどね。ふーん、それにしても、ミハルって結構良い体してるよね。引き締まっているっていうか」
「それは……どうも」
「ああっごめんっ。そういう目で見てたとかじゃないから。なんていうか、そう。うん、今の……忘れて」
気まずい雰囲気が漂ってきたのでミハルは慌てて話題を変えた。
「そういやエミリって見た感じ俺より年下だよな? もしくは同い年か」
「え、私二十歳。ちなみにミハルは十七だって、拡視で走査したところ」
「はたち!? 全然見えなかった!」
「それ、褒めてるようで微妙に私に大人の魅力が無いって言っているよね」
「ち、違う違う。そうじゃないんだけど……その」
ミハルは目を伏せ、視線のやり場に困った。
確かにエミリは小ぶりな体型かつ幼さが抜けきってない顔のため、見た目は二十歳よりも若く見える。
だが、顔以外はというと話が違った。
清楚を感じさせる雰囲気の割にはそれはそれはわがままボディをお持ちでいらっしゃる。
絞られたウエストはなだらかな曲線を描き、その曲線はやがて見事に隆起したバストへと到達した。
「何? はっきり言いなさいよ」
燃えるような赤髪をポニーテールで整えた少女エミリのジト目が鋭くミハルを射抜く。
目を合わせられない状況で明後日の方を向き、咄嗟に思考をフル回転。
もうほとんどヤケクソ気味に叫ぶしかなかった。
「いや、なんていうか……それはもう……あの……そう! 大人っていう感じがパネェっす!」
「───っ……そ、そう? ふーん……。へへ……。へへへへ……」
初めは口をあんぐりと静止した状態の少女だったが、ものの数秒で頰を染めたまま両手の人差し指をつんつんと合わせ始めたではないか。
その様子を見て心の中でガッツポーズ。多少たじたじではあったが、無難な回答をすることで難を逃れるミハルであった。
エミリがちょろ過ぎるという部分もあるのだが、一難去ったとミハルが肩を撫で下ろしたほんの束の間、
「仲睦まじい雰囲気のところ悪いんだけど、僕も混ぜてもらっても良いかな? それとこれ」
とミハルの右腕を差し出しながら会話に入ってきたのはKと名乗る男。
エミリの方へ気を取られていて存在を忘れていたことに少し申し訳なく思いながら、「どうも」とミハルは己の右腕を受け取り、軽く会釈。
つい先程、相手の勢いに気圧されながら返事をしてしまったが、この目の前の男の正体は、不明確だ。
目が覚めて最初に対面した人間が見知らぬ人間というのは怖いもので、ここでエミリが登場してくれたことが何よりの救いと言えようか。
若干気まずそうに、どう話題を運んだものかと頬を掻いて、結局は根本的な話を切り出すことにした。
「……そのあなたは?」
ミハルの怪訝そうな顔を見てエミリは気づいたのか、のほほんとした空気から一変。
「そっか、初対面になるよね。この人はK。安心して、私の先輩。ちょっと意地悪なとこがあるけど」
「オイオイそれは心外だなぁ。こんなに後輩思いな先輩ってそうそういないぜ。三日前だって奢ったじゃん」
「奢るとか言っておきながら、開始五分で私を酔い潰れさせたのはやり方が卑怯です」
「それが汚い大人のやり口。勉強になったろ?」
「二日酔いの吐き方の勉強にはなりましたね」
Kとエミリはそんな軽い絡みを披露した後、置いてけぼりのミハル見やり、
「こんな感じなんだけど。とりあえず、ベッドに戻ろうか」
「……はぃ」
とすごすごとベッドの方へと引き返すことにする。
人間、片腕がなくなると左右のバランスが取りづらくなるようで、ヨタヨタおぼつかない足取りでベッドへダイブ。
ギュインとスプリングの軋む音が響いた。
「さてと」と呟いたKは先程座っていた椅子をベッドの横まで持ってくると、
「まずはよろしく、ミハル」
手を突き出してきた。
慌ててミハルは左手を差し出し、
「ああ、ども。よろしく、K? さんでいいんだっけ?」
「さん付けなんてよそよそしい。Kと呼んでくれて構わないよ」
『異間公安』というのは、この世界に来てから何度か聞いてきた存在だ。公安と付いているぐらいだから何かの組織だろうとおおよその見当は付く。
肝心なのはその組織はミハルの元いた世界の存在であること。
すなわち、ミハルと同じくこの異世界に来た人間だ。
「さっきは驚かすようなことをしてすまないね」
「それはもう良いんですけど。正直言って、今の状況がさっぱり分からなくて」
「だよね。そのために僕がいる。てなわけでまずは簡単に事の経緯を説明しよう」
Kは笑う。
温かみのある感情と何か含みのある意図が組み合わさった不思議な笑顔だ。
「君の記憶がどこまで鮮明かは知らないけど、例の怪物……アレは駆逐した。だから君もエミリも今、こうして生きている」
「うん。ここが天国じゃないみたいだから納得。ちなみにここは病院? でもない気がするけど」
「ご名答。ここは病院ではなく単なる宿屋の一室。地下都市アーカムに位置する宿屋のね」
「俺、確かリオネにいなかったっけ?」
「三日前に王都からはサヨナラしてるよ。訳あってここに来たことになるんだけど」
また新たな情報が舞い込み、ミハルの脳内は慌ただしく動き始める。
目を覚ましてからというもの、驚くばかりの連続だ。
何より驚いたのが、あの時から三日も時間が流れていたという事態。
「まる三日て……寝過ぎだろ俺」
「正直、僕らもかなりヒヤヒヤしたさ。寝息を乱さず眠り込んでいるもんだから。で、その間、君の体を一通り調べさせてもらった」
「不可解な右腕のことも」
ミハルが呟くと、Kは適当な調子で頷き、
「もちろん。それで、分かったことが一つ。君の右腕の正体は自動書記ってことだね。さすがの僕もこれには驚かざるを得なかったよ」
「な……え……自動しょき? なにそれ」
見知らぬ単語に怪訝な声を上げるミハル。
「その反応だとまったく知らないようだね。
自動書記……人工の被造物。言わば科学とオカルトが組み合わさった小さな助手のこと。何が言いたいのかというと、それは君の右腕ではない。造り物だ」
「一旦ストップ。つまり、本来あった右腕……はもう無いってこと?」
「エミリから話は聞いているけど、残念ながらそうなるね」
「えぇ……いきなりパンチの効いた宣告ぅ。じゃあ義手みたいなもんか。そんでもってこの存在が」
続くミハルの言葉の代わりにKはパチリと指を鳴らしながら、
「そう、問題はその自動書記。本来それを持つ者は限られている。なのに君はその被造物を持っていた。これがまず君の持つ不可解な点だ。単刀直入に聞くけど、それはどこで手に入れたんだい?」
「えーっと、気づけばショルダーバッグに入っていたみたいで……なんせ記憶がないからはっきりしたことが言えないや」
「やはり、そこが厄介だね。どうしたもんだか」
「支部で改めて検査すべきじゃないでしょうか? 設備も揃っているでしょうし」
Kに続けてエミリはそんなことを言う。
ミハル自身が最も面倒だと感じている問題が記憶喪失である。
断片的な記憶の欠如であればまだ救いの手はあったかもしれないが、ミハルは自身の経歴を全く知らないのだ。
自分が今までどこで何をして生きてきたのか、どのようにしてこの世界に来たのか、そもそもなぜ記憶喪失になったのか、知らない事が多過ぎてそんな自分を呪いたくなってくる。記憶というのはそれほど重い。
手がかりといえばショルダーバッグの中に入っていた謎の右腕。
そしてそれは今のミハルの右腕であり、
そして。
いろんな事が立て続けに起き過ぎて忘れてそうになっていた事実。
あの過去の記憶が正しいというのであれば、
──これは……喋っていた。まるで……生き物みたいに
不可解だけれど、はっきりとした過去の記憶を思い出しながら膝の上に置いた右腕をつつく。
その右腕を見たエミリの目が、困惑に包まれる。
気づかず、ゆっくりとミハルは深呼吸をしてから、
「……俺は多分、過去に何かあって記憶喪失になったんだと思う。本音を言えば、すげー怖いよ。だって空っぽって事だからさ」
空っぽという言葉が今のミハルにしっくりくる。
朽ちた幹の中に空いた空洞と同じ。がらんどう。
でも。
だけど。
ミハルの中で何かが動いた。
それは自身の膨大な過去に対する執着を切り捨てることだったかもしれない。ひょっとしたら軽薄な考えだったかもしれない。
それでもミハルは決断した。空っぽの幹の空洞もいつかは枯葉でいっぱいになるのではないかと。半ば強引な未来を見据えながら、こう言った。
「でもさ……失った過去がデカ過ぎるってのは……さすがに応えたけど、いつまでもそうも言ってられないよな。だから……俺は一から作っていくよ。自分自身の過去ってやつを」
ゆっくりと。
しかし自分の今の気持ちを伝えようと言葉を選ぶミハルに、Kはニヤリと笑い、
「オーケー。君の気概はよく分かった。その根性嫌いじゃない。だから僕らも全力で君に協力するつもりさ」
「……それは、助かり……いや、ありがとうございます。なんか色々お世話になちゃって」
「どういたしまして。続けて説明タイムと行きたいところだけど、今は丁度昼過ぎ。話のついでに昼ご飯でもどうだい?」
言いながら、彼はミハルの方を見た。
タイミングを見図るかのようにミハルの胃が空腹の音を奏でる。
「確かにこの世界に来てからほとんど何も食べてないな。なんせタピパン一つだけだし。じゃあお言葉に甘え……ってことは外に食べに行くことになるの?」
ミハルが尋ねると、人差し指を軽く振り、
「いやいや何を言ってるんだ? ここは女の子の手料理だろ、聞いて喜べ青少年」
親指で適当に差した。
エミリの顔を。
「エミリが作ってくれるって」
「おぉ! マジで!?」
“女の子”、“手料理”という二つの単語が絡んだだけで、期待が爆上がりのミハルであった。
【information】
●ミハル(仮)
[追放者?]
・17(4/3生)男
・Blood type:AB
・Size:173cm/65kg
・Automatisme:curse[カース]




