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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第一章「Hello,world!」
29/55

第一章29話 『記録』

 

 教会での事態が収束してから数分後。

 場所は教会から最も近くにある無人の倉庫小屋。


 ひとまずの休息をとるための場所として勝手に上がり込んでいる次第だ。


「うわぁ、やっちゃった。お気に入りだったのに」


 としかめっ面のエミリ。

 血に染まったエミリの制服は所々破けていた。


 白い肌が露わになり、少し危うい格好だったが、本人はあまり気にしていないようである。

 Kに渡されたペン型の注射器を左肩に突き刺し、とりあえずの応急処置を済ませる。


「処置完了っと」


 簡易的な固定具を腕に取り付け、ひとまず落ち着く。

 足の痛みは薬のおかげで和らいでいるが、それでもじんわりとした痛みはあった。

 体の本調子は出せていないが、歩くだけなら十分な状態なため、問題はない。


 とりあえず、駆けつけたKに事の経緯を手短に話し、他の三人を回収後、簡易な応急だけは施している。

 教会から早々に退散したのは良い判断だったと思う。

 結界が解除されたことにより、野次馬がたむろしており、ランプの明かりがポツポツと見えている。


 改めて教会跡地となった場所を遠目に見れば酷い有様としか言いようがない。

 今や教会という建物はなく、小高い丘陵は彼岸花で多いつくされていて、それはそれは綺麗なお花畑スポットとなっていた。


 夜風にのって鼻腔をくすぐるのは花の甘い匂いではなく、炭化した木の香り。


「やったんだ、私達」


 やっと、手に入れた勝利。

 果たしてこれをそう呼べるかは分からないが、Kの確認によると、アリスもアインもそしてあの少年も意識を失っているだけで、命に別状はないとのことだった。

 死に際すれすれの攻防をしていたエミリ達だったが、もう数秒、Kの到着が遅れていたらと思うとゾッとする話である。


 ──ほんと、とんだ1日だったな……今日は


 とのことで一件落着という訳にもいかなかった。

 こういう仕事には事後処理というのが付きもので


「……しかしまあ、酷い有様だね」


「なに他人事みたいに言ってるんですか。先輩」


 金髪に黒のトレンチコートの男──Kにエミリは突っかかる。


「ごめんごめん。聞いた報告がまだにわかに信じられなくてさ。それに君をこんな目に合わせてしまったのは俺の責任だ。上官失格だね。すまないエミリ」


 唇を尖らせるエミリに歩み寄り、Kはその場で頭を下げた。腰から90度綺麗に曲がり、エミリの視線の先にはつむじが見える。所作ひとつひとつが洗練されたよどみのない姿勢だ。

 エミリは思わずその佇まいに見惚れてしまうが、


「ちょ、ちょっと、なにしてんですか?! 頭上げて下さい。部下に頭を下げる上官なんて聞いたことがありませんよ!」


 慌てて手を動かし、頭をあげるように促すエミリ。

 ヒヤヒヤしっぱなしである。


「でも、事実だろ。あの時の俺の決断のせいで、エミリもこの子達も死に際に立たされた。その事実は揺るがない」


 上官の仕事は部下の安否を守ることも含まれている。


 予想外の事態。それは追放者キリエ・ミハルの突然の死人化であることに他ならない。

 エミリによれば、早い段階から同調していたようで、第三形態までの進化やこれまでにない傾向を見せていたことから、明らかに未曾有の事態であることはわかりきっている。


 目撃者であるエミリの情報を整理することが先決であるが、それは時間がある時にいくらでもできる。


 今、対峙すべきことは一つだけ。

 己の至らなさに関してどう言い訳をしようともなお足りない無念である。


 なぜ、そこまで頭が回らなかったのだと。

 なぜ、不覚にもキリエ・ミハルの存在を軽んじていたのかと。

 予想外の事態に発展したとはいえ、あのような決断を下した己に全責任はあるのだと。

 故に相応の叱責を受ける覚悟はできていた。


 しかし、エミリはそんなKの謝罪に対して、


「まったく、もう少し威厳を持って下さい。部下の私の立場がないじゃないですか」


「……でも」


「あーもうっ! もどかしいっ! いいですか先輩。先輩は私の上官で私は先輩の部下です。上官は部下に適切な判断を下して任務を完遂する。いくらかの誤差はあってもそれをカバーするのが部下である私の役目です」


 一息に喋り、息を吐いた。エミリの怒涛の熱弁に気圧されるKは押し黙る。

 失礼な態度は承知でなお、エミリは再度口を開くと、


「ですか……少なくとも、私は今回の先輩の判断は最適だったと思います。私含む四人が無事、あの絶望的な状況をのり超えることができた。十分な結果です。何より……先輩は私達のピンチに駆けつけてくれました。それに罪咎の意識があるということは先輩を信じた私の立場がありません。先輩に心残りがあるというのなら、私にもあることになります」


 半ば論理を捻らせたエミリの弁に、納得しつつある己の浅ましさを感じながらも、思わずKの唇が綻んだ。

 それは苦笑に近く、恥ずかしい情もあったかもしれない。


「ですから」と、そんなKにエミリはビシリと指を突きつけて、


「これは貸しです。先輩がどうしてもというのならそれでお願いします」


「わかったよエミリ。この借りは必ず」


 参りましたというお手上げのポーズを取りながらKは肩をすくめた。


 お互いに向き合い、握手を交わす。


 エミリは座っているため、Kが見下ろす形になっているが、その間に上下の差などはなく、信頼しあった長年のバディのような深い絆がそこにはあった。

 幾分、エミリの方は少し恥ずかしかったようで、上気した頰を見せまいと明後日の方向を向いていた。


「あ、そうだ。これ」そんな後輩を見ながら、ふと気づいたようにKが呟く。

 布が擦れる音がして、


「エミリ」と呼ばれた直後、肩から背中にかけて温もりを感じた。

 肩口を見れば黒いロングコートがかけられていて、


「あ、ありがとうございます」


 羽織ものをくれたKに慌てて謝礼を述べた。エミリの小さい体はすっぽりと覆ってしまい、不恰好だったが、寒い夜風からエミリの体を優しく包みこんでくれていた。


「どういたしまして」


 ふっと優しい笑みをこぼすKの視線は小柄なエミリの背中から流れるようにして、エミリの太ももの上。そこを枕にして、すやすやと眠る少年に辿り着く。


 膝枕──男の子的にものすごく恵まれた至福の瞬間を無意識のうちに堪能できるのは今日のご褒美と言えるだろう。

 エミリの太腿に少年の黒髪が当たり、そのこそばさに照れ臭げな声が漏れる。

 Kはさて、と前置きし、


「彼は一体何者なんだい? 見たところ──」


 続くKの言葉をエミリが遮るようにして答えた。


「ミハルです。ただのミハル。確かに故キリエ・ミハルとは容姿が瓜二つですが、別人です」


 間髪入れずに答えるエミリに、Kは思わずたじろぐ。

 なぜか必死のエミリの様子がよほどおかしく見えたのか、Kは柔らかい笑みを浮かべ、


「落ち着いて、エミリ。別に彼を執行対象としてみなすわけじゃないよ。大体の事情は把握しているから。その事実確認だけをするつもり」


 なぜKが彼の事情を把握しているのかという引っ掛かりを覚え、不思議でならない。

 が、ともかく全てを見透かしているような双方を細め、彼はこう切り出したのだった。


「彼とはいつ接触したの?」


「接触というよりは、彼の方からというのが正しいです」


 今は深い眠りについている少年、彼との出会いはほんの偶然だった。

 初めて出会った時は彼の容姿に驚愕するしかなく、直後、例の襲撃にあってから流れるままに行動を共にしてきた。というのが大まかなストーリーだ。


 一度、落ちついて話すタイミングはあったといえど、お互い複雑な立場にいたため、理解しあえることがほとんど無かったと思う。

 一つ気がかりがあるとすれば、


「記憶? 喪失がどうとか言っていたような……気がします」


 そんなことを最後に言っていたように思う。まあ、その直後からあの事態に巻き込まれたのだから、追求する余地などなかったのだが。


「記憶喪失……ね」


「どちらにしろ、彼が目を覚まさない限り詳しくはわからないですよね」


「だね」と言いながら、Kは少年の傍にしゃがむと、右手を触れた。

 しばし、彼の右手を観察すること数秒。


 仕方ない、と苦笑してKは肩をすくめた。


 すなわち。


 この少年の正体は? という根本的な疑問は尽きないのだが……。何が真実で何が嘘なのか。明確な答えに辿りつくための情報が足りないため、その先に進むことができなかった。


 そのため、これ以上この話題は無意味と判断。

 となると、次に聞くべき内容はKからの報告である。

 真っ先に聞きたいことはもちろん、


「先輩の方はどうなったんです。一人で六人……相手にしていたみたいですけど」


「それに関してはノープロブレム」


 ウインクして答えるKに、エミリはわずかに沈黙してしまう。

 エミリの審美眼から見てもこの上官はイケメンである。

 こんな状況でなければ、乙女心にキュンとくるかもしれないが、さすが優等生のエミリ。

 素通りできない問題を突きつける。


「いや、問題ないって……私達、世界政府直轄の組織に喧嘩売ったんですよ? ただじゃ済まされないことをしたんじゃ」


「えー、だってあいつらが悪いじゃん。まったく……困るよね。ああいうノリ。戦闘狂どもが」


 と、少しキャラが崩壊しつつあるKは軽く舌打ちをしながら答えた。


 確かにエミリの心配はもっともである。あの時、あの場で、二人は極秘に殺されるところだった。知ってはいけない事件に首を突っ込もうとしたために。


 しかし、それを拒み、挙句の果てに武力行使まで行った。それが何を意味するかは明らかな話である。

 Libraの背後には想像できないほど大きな勢力がついている。彼らと衝突するということは、その勢力と対峙すること。それと同義と言っていい。だから、


「終わった。私の人生終わっちゃいましたよ。首切られる、殺される〜」


「大丈夫。僕らは何も罰を受けることはないよ。()()()()()()()()()()()()


「はい?」


 自信満々の笑みを浮かべるKはさらにこう言った。さらりと、何気なく。


「消去したという方が正しいかな。自動書記(フライデー)を使って六人分の記憶から僕とエミリの存在は綺麗さっぱり消しておいたよ」


 素っ気なく言うが、この男。エミリが思っていた以上にヤバイ奴だった。


 ()()()()()。その行為自体はエミリはよく知っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、異間公安に所属している者なら馴染みのあるワードだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう、あくまで一般人に。というのが暗黙のルール。そして、こちら側の人間に手を掛けるのはご法度である。


 つまり、


 ──違反行為


 この目の前にいる上官は相手に一切の痕跡を残すことなく、帰ってきた。

 そして、何より忘れてはいけないのが、あの六人を相手にして無傷でここに立っているということである。

 圧倒的すぎる技量と手廻しのキレの良さ二エミリは開いた口が塞がらない。


「じゃあ、私達が今日の正午。あの商会跡地にいたという事実は……」


「存在しないね。彼女達今頃どうしているんだろう? 少し細工もしたから、頭がおかしくなっていたりして……ははは」


 ははは、じゃねーよ。とツッコミたかったが、エミリは寸前のところで口には出さなかった。

 むしろ、これでKとエミリは何の処罰も受けずに済んだのだ。

 Kの言う通りであれば、例のミシェルという女もその他の構成員らもこちら側が関わっているという事実を知らないことになる。


 真実を知っているのはエミリとKだけ。二人だけの秘密。

 つまりはそういうことだった。


 こくんとエミリの小さな喉が鳴った。


「……都合の良い話だけど」


 言い出したらキリがないとでも言いたげなKは、馬鹿馬鹿しい、とでも言うように吐き捨てる。


「人の記憶はそこまで正確に機能するものではない。記憶なんていつのまにか自分で都合の良いように作り変えてしまう。そんな不完全なものなんだよ」


 そう吐き捨てるように呟くKの瞳にはどこか濁った影があった。その瞳に狂ったところは少しもなく、エミリは愕然とする。


 だから、エミリは何も言えなかった。


「ま、辛気臭い話はこの辺で」


 顎に手をあて、「さて」と頷くと、Kの視線は壁の片隅──そこで、持たれている白髪ショートの少女に向かう。


「それと、彼女は」


「アリスです。彼と行動を共にしていたようで、詳しい事情に関しては知りません。彼女も追放者の一人なのでしょうか?」


 今のところ、ミハルという少年が追放者であることは確認済み。

 となると、アリスもその可能性が出てくるかもしれないが、


「その可能性はない」


「というと?」


 エミリの問いかけにKはアリスのポンチョコートに縫い付けられた刺繍を指差しながら、


「この十字架の紋様、見覚えがある。えっと何だっけ……確か……アークライト家のものか。()()()()()──()()()()()という肩書きを持つ貴族のね」


「本当ですか? なんでそんな子がっ──じゃなくてお嬢様がっ?! だとしたらこの状況ってかなりまずいんじゃ……」


 側から見れば拉致していると思われてもおかしくない。


「まぁ、でもどうだろう。そんなお嬢様が一人ふらふらと街中を出歩いているというのもおかしい話だし、アークライト家に仕えている使用人という可能性が高いかもね。なんにせよ……」


 Kは太もものストックから自動書記を引き抜き、特にこれといった迷いはない顏で


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 Libraの構成員にしたのと同様の記憶置換の処置。

 そもそもこれが本来の正しい処置である。


「────。」


 静寂の思考に割り込むように、Kの物憂げな声が落ちる。

 Kは右手に持つ自動書記をくるりと手元で回転させながら、エミリを見ずに言葉を続けた。


「分かるよ、その気持ち。けど、僕らの存在は知られてはいけない。仕方ないけど、それが決まりであるし、これからこの仕事を続けるには素通りできないことだからね」


 異間公安の監察官は記憶を消された人間に対して、置き換えとなる偽りの記憶を植え付ける。その一連の工作は自動書記が全て行い、所有者が一言命令するだけで、異間公安の人間が関わった事実は何もなかったことになるという。


 たった半日も満たない時間、行動を共にし、窮地を乗り越えた二人との記憶はエミリだけのものとなる。

 エミリは覚えているのに、二人はエミリの存在すら知らない。

 それは酷く残酷なことで、


 ──分かっている


 これで良い。

 これで良かったんだと。


「フライデー、記憶置換──開始」


 被造物の五指がアリスの頭を掴み、青い電撃が走る。

 原理としては脳内の電気信号(インパルス)を絶縁させて記憶を消去し、催眠状態にしたところで、偽の記憶を植え付けるといったもの。


 アリスの処置が終わると、アインにも同じことを繰り返す。


 その間、『最後に』と言う思いを込めて、アリスは二人の手を握り続けた。

 また、いつか逢える日が来ればいいなと思いながら、


 そして、


 アリスとアインと二人の記憶はKにより改ざんされた。

 二人が意識を覚醒させた時、何を最初に思い出すかは分からない。

 ただ、偽りの過去を疑うことなくこれからの日々を過ごしていくことなるのだろう。


「嫌いになった? この仕事」


 一仕事終えたKは唇の端を吊り上げて、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「いえ、必要なことですから。好き嫌い言ってられません」


 言いながら明るい笑みを溢すが、本心は隠しきれていなかった。

 ひどく歪んだ悲しい色の苦笑。

 そう応じるエミリをしばし視界の端に入れ、再び彼女の太腿の上の少年へと水を向ける。


「で、彼の方はどうしようか?」


「それは……」


 と言いながらエミリは言い淀む。

 Kが言いたいのは彼も同様に記憶置換の措置をとるか否かということではない。


 この場合の処置とは、


「……仮に、彼がキリエ・ミハルと同様に追放者であり、死人化する可能性があれば。規定にのっとり、執行対象になります」


『執行対象』という言葉が何度もエミリの脳内で反芻される。

 あの時、あの状況で、たしかにエミリは目にしたのだ。


 ──()()()()R()L()P()()()()()


 もし、彼に彼が死人化した場合、拡視に記録されたRLP濃度の数値から判断すると、脅威判定はS。

 畏怖すべき存在である。先刻のあの死繋人とは格が違う。

 その事実はすでにKも認知しており、彼はその上で聞いているのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 危険分子は早々に刈り取るべきであり、エミリもそれは重々承知だ。

 いつ何時、彼が死人化するのか分からない今、ここでケリをつけるのが当然の話。少なくともここで執行すれば、最小限の被害で抑えられる。彼も苦しまずにあの世に行けるだろう。


 ただ、それでもだ。


「でも、私は彼を生かしたいです」


 エミリはきっぱりと言い切った。

 コバルトブルーの瞳を細め、Kは心を見透かすように、


「それは、なぜ? 彼に情が湧いた?」


「はい、私の個人的な感情です。何より……何も調べないまま、執行するのは理にかなっていません」


 自分が何を言っているのかは分かっている。最後に付け加えた一言はせめてもの言い訳で、ただ彼をこのまま死刑に処すことだけは避けたいという情が全てだった。


 私情を挟んだ頼み事。


「分かった」


 にたりと。

 笑みがあった。


「かわいい後輩の頼みだからね。仕方ない」


 つまり、ミハルを死刑に処すのではなく、生かす。

 エミリの上官であるKはその選択肢を選んだ。


「それにね」と軽く右瞼を閉じ、ウインクすると、


「俺もエミリの意見に賛成。ミハルというこの少年。もしかしたら、凄い秘密を抱えているかもしれないし、ここで手放すにしろ執行するにしろメリットが無い。よって、彼は僕らで保護しよう。もちろん要監察対象としてね」


 Kはドヤ顔でエミリの方を見て、「問題ないだろ?」と親指を立ててみせた。


 本来であれば、監察官は任務に私情を挟んではいけないが、彼は無理を承知で聞き入れてくれた。もしこのことが上にバレれば処罰を受けるのはKになるかもしれないというのに。

 だから、次にエミリが言うことは決まっていた。


「ありがとうございます。先輩」


「これで借りは返したよ」


「……うっ、そういうことか」


「はははっ、冗談だって」


 間髪入れずにそう答えられて、エミリは思わずKの肩にグーパンをお見舞いする。

 力の入っていないパンチに大袈裟なリアクションを起こすKは、ふと何かを思い出したのか「あ、そうだ!」と手を叩き、


「ここで役に立つのがこの秘密道具──」と言いかけて、


 パッパッパーン、という効果音を口ずさみながらKが懐から取り出したのは赤色のチョーカーっぽいもの。首輪といった方が最適か。

 エミは訝しげな視線でそれを回し見しながら、当然の疑問を口にする。


「なんです?それ?」


「よくぞ聞いてくれました。エミリ君。これはですね──」


 と言いながら寝ているミハルの首にカチャリと付けた。


「見ての通り、RLB抑制チョーカーだよ。まぁ、プロトタイプなんだけど、試すにはもってこいだ」


「よく……そんなの持ってましたね」


「知り合いの頼みで渡されたんだけどね。まさかこんなにも早く使うことになるとは」


 と無邪気な声を上げるKはまるでプレゼントをはやる気持ちで開ける子供のようで、エミリはこういう所もあるんだなと、Kの新しい一面を垣間見た。


 Kによる手短な説明によれば、体内のRIB濃度を秒単位で計測し、一定値を越えればすぐさま抑制因子が首の動脈から注入され、死人化を抑えられるという代物らしい。

 仮に、抑制が効かず暴走する場合には()()()()()()()()()()()()()()とのこと。

 その場合、チョーカーは爆発し、ミハルの首は吹っ飛ぶということだった。


 むろん、そんなことはするつもりはないし、させるつもりはないが。


「ひとまずこんな所か。そろそろここも衛兵達が来て騒がしくなりそうだし」


 この後は、ミハル除く二人の少女──アリスとアインを街中にある衛兵の詰所に送り届ければ、事後処理はほぼ完了だ。


「ですね、早く横になりたいです」


「なら、細かい話は歩きながらでいいかな? 特にキリエ・ミハルに関してになるんだけど」


「分かりました」


 Kはミハルの両腕を首元に固定すると、勢いをつけて背負った。それからアインを両腕で優しく抱え込んだ。

 エミリもKを真似てアリスの身体を後ろに抱えた。身体の芯にまで伝わってくる少女の重みが、エミリには心地良く感じられた。


 倉庫小屋から出ると二人を月光が暖かく照らした。

 エミリのうなじから飛び出したほつれ毛が風になびき、そのこそばさに首をすくめる。

 小屋の傍にある水溜り。

 Kは月光を映してきらめくその水面を見つめながら呟いた。


「そういえば、今晩どうする?」


「なんでもいいです。あ、でも先輩の奢りでお願いしますね。食べ尽くしてやりますから」


 と早速、後輩の権限を乱用するエミリ。

 その顔はさっきのお返しとでもいうように。

 これくらいのご褒美はもらっていいはずだと意地悪なもので。


「うげーお金足りるかな」


 Kの頼りない呟きは、この静寂な一夜に儚く響いていた。



 そんな彼の背中ですやすやと眠りにつく少年。

 静かな呼吸は音を立てることなく、ただ安らかに。

 これから待ち受ける未来のことなど、どうでもいいように。



 ただ、一滴。

 彼の閉じた瞼から滲み出たそれは雫となって落ちた。

 酷薄な夜空を照らす三日月と夜風に(さら)され、それはすぐさま消えていった。













 ──記録


 ──A.F.0104/04/03(第一異間帯 主観時刻(タイムスケープ)



 ──第二異間帯にて特異体とされる少年を確認



 ──その少年の名は



 ──ミハル













 これは繰り返し、廻り続ける抗いの物語。


──彼岸花の花言葉は「また会う日を楽しみに」


第一章 完 



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