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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第一章「Hello,world!」
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第一章2話 『衝撃』

とある商会フロアB4階で部隊の制圧が始まった頃。

//商会フロアB2階/物品保管倉庫にて


 そこは取引される数多くの品々が収納される場所だった。

 三つの長い回廊が区画を作り、大小様々な木箱や檻が丁寧に並べられ、保管されている。

 世に出せばすぐさま高値のつく美術品やら工芸品もあれば、違法に飼育された異界生物から試作品の魔道具まで、豊富な品が揃っていた。


 そして、その一番端っこの角に金属製の鉄格子で保護されたコンテナがあった。

 意識しなければすぐ見過ごしてしまうような質素な作りで、普通は誰も見向きもしないだろう。


 もちろん、これは商会の取り扱うものではなかった。


 時折、檻の中で眠る生き物の唸り声と階下から響く銃声の音が二回ほど連なって聞こえたとき、そのコンテナの扉はゆっくりと開かれた。


 中から出てきたのはガスマスクで顔を覆った男が二人。

 特徴で区別するとすれば、片方は赤髪でもう片方は青髪であることぐらいだ。


 二人は各々の装備を持って保管庫の外に出た。

 回廊には行く手を阻むように、灰色のガスが奥まで溢れている。

 赤髪の男が口を開いた。


「標的は?」

「B3階中央のVIPルーム。焦るな、まだ移動していない」

「だといいが」


 男は迅速に辺りの索敵を完了し終えるとガスで充満した回廊を突進する。

 青髪の男は気の早い相方に呆れた溜息を吐きながらあとに続いた。


 赤髪の男は目的の部屋に辿り着く前に背中から小型工具を展開させ──堅牢な扉の隙間──その一点へ先の尖った先端を押し当てた。

 爆発反応装甲を応用した炸薬の力を一点に凝縮させることで嘴を突き入れ、さらに油圧システムの力で分厚い鋼の扉を強引にこじ開ける。

 そのまま扉を蹴り開けたときには、入れ替わるように身を乗り出した青髪の男が閃光手榴弾を投げ込んでいた。

 しっかり二秒後に炸裂するようタイミングを調整した発音筒は綺麗な放物線を描き──二人が耳を塞いで口を開いた瞬間、轟音と光が扉の向こうで炸裂する。


 室内には三人の少女と少年が一人いた。

 赤髪の男は閃光と衝撃波で息を詰まらせている少年の胴体に麻酔弾を撃ち込み、ついでに彼を庇おうとした白装束の少女を無力化する。

 残す二人の少女は、打ちどころが悪かったのか、意識を失っていた。

 二人の両腕をテーピングし終えると、


「これが例の」

「みたいだ」


 マスク男二人の視線は部屋の奥に向いていた。

 換気扇のみの密閉空間。その奥にあった物は奇妙な円柱だった。

 高価な木材や煌びやかな装飾で飾られた室内とは全く異なる材質でできた構造物である。

 赤髪の男はマスクに内蔵されたインカムでリンクを下のブルーチームに繋げた。


「標的の確保並びにブツを確認」


『了解、レッドホークス。迅速に済ませろ』


 二人は奥の構造物に近付くと側面の窪みに指を引っ掛け、90°右に回転させた。

 減圧による水蒸気が噴出し、円柱の内部が露わになった。内部構造は回転ドアそのもので、円筒形の筐体内を三つに切り分けるように仕切りが中央のシャフトから吊り下がっている。


 青髪の男はその3ブロックの1つに収納された円柱形のカプセルを取り出した。

 ガラス製でも強化プラスチック製でもない──特殊構造体で形造られた容れ物だ。

 割れ物を扱うように、慎重な手つきでそのカプセルを赤髪の男へ手渡すと、再び回転ドアを回した。


 二つ目のブロックには折り畳み式の電動ストレッチャーとその脇にペン型の注射器が一本コンパクトに納まっていた。


「ぴったし予言通り。神の贈り物かな?」

「喋る暇があったら手を動かせ」


 赤髪の男の戯けた一言に青髪の男は冷淡に返す。

「へいへい」とぼやきながら赤髪の男は手早くストレッチャーを展開させると、昏睡している少年を仰向けに寝かせた。

 その間に青髪の男はペン型の注射器に針をセットし、上部を軽く叩いて空うちすると、下部のダイヤルを回し、そのまま少年の右上腕に注射器の先端を突き刺した。

 無色透明の薬剤が少年の体内に注入されていく。


「時間は」

「30秒の誤差だ。支障はない」


 青髪の男は淡々と告げ、少年をストレッチャーにテーピングして固定した。少年は身じろぎ一つせず大人しく拘束されるがままになっている。

 再び青髪の男はリンクをベータチームに繋いだ。


「標的のラッピング完了。これより合流する」

『了解、気を付けろよ』


 そうして青髪の男が手短な報告をし終えた時だった。背後に妙な違和感を感じた。


 彼がそちらへ目を向けようとした途端、後ろから強い力で肩を掴まれた。

 シュッとした鋭い音が響く。


 青髪の男は最初、何が起きたのか分からなかった。


 目の端に赤い液体が宙を舞う様子を見て、ようやく自分の喉笛が刃物で切り裂かれたことを知った。


 生暖かい新鮮な血が首筋を伝っていく。もがき苦しむ間、青髪の男の瞳に映っていたのは血に染まったナイフを拭う赤髪の男の姿だった。


 防塵ゴーグル越しの瞳には輝きがなく、ただ死体と化していく青髪の男を無表情に見守っているだけだ。

 意識が消える際、青髪の男は自分が誰に殺されたか分かったものの、自分が信じていた事実の背後で何が起こっていたのか分からなかった。


 何故に自分は殺されたのか、赤髪の男の目的は何なのか、そして赤髪の男の真の正体が何者なのかも──知る由もなく、その事実を他の仲間に伝える術もなく──青髪の男の意識は途切れ、その体は床に突っ伏した。


「気を付けろって言ったろ」


 不快そうに口をゆがめながら吐き捨てた赤髪の男は青髪の男の死体を跨ぐと、一人の少女の横に屈み込んだ。

 意識を失って横たわっている少女の一人──桃髪の少女の後頭部をかきあげると、露わになったうなじに一枚のシールを貼り付けた。


「自動制御開始」


 赤髪の男がそう告げた瞬間、少女の全身に電撃が走ったような衝撃が走り、彼女は起き上がった。

 が、しかし、その動きはどこか奇妙で、まるで操り人形のようだった。自らの意思を持って動いているのではない、受動的な動き。


 赤髪の男は肩に背負っていた予備のガスマスクの一つを少女に取り付けた。


 少女の瞳に輝きはなく、両目の視点は定まっていない。

 うなじからダイレクトに中枢神経制御機構に干渉し、本人の意思がなくてもある程度の簡易的な動きを再現させるガジェット──その不気味なシール状のデバイスの制御下にある以上、少女の自由は無いと言えた。


「いい子だ」


 赤髪の男はそう言うと、少年を乗せた電動ストレッチャーを誘導しながら、桃髪の少女を引き連れて部屋から退出した。




 ◯




 場面は商会フロアB4階に戻る。

 黒い装束と黒いマスクで身を包んだ六人は防御陣形を維持したまま待機していた。


 あれから作戦通りに事は進み、後は別ユニットとして動いていたレッドチームとの合流だけだ。外部との接触も偽装ホロと音響遮断デバイスのお陰で免れている。


 腕章を付けた男は冷静に尚且つ迅速に次の行動に移れるようシュミレーションを重ねていた。

 逃走経路から標的移送において起こりうる──ありとあらゆるアクシデント。

 その全てを予想し、対処策を構築する。彼にとって体に染み付いた習慣だった。


「ブルーロック、アルファの偽装タグ──どうしますか? 自分はこの場で破棄した方が良いかと」


 腕章の男の横で守りを固めていた隊員の一人が訊いてきた。男は二秒考えて首を横に振り、


「いや、いつもの手で行こう」

「後処理が面倒ですよ」

「念のためだ」


 了解、と部下の一人は短く告げて作業に取り掛かり始めた。

 いまのところ、囮役のイレギュラーな一点を除き、作戦は終了に近づいている。

 この任務が終わったらようやく異界での任期も終了だと、腕章の男はそんなことを考える余裕すらあるほど順調だった。


 直後に感じた異変に気づくまでは──


 最初はふとした息苦しさだった。200メートルを全力疾走した後の僅かな息の乱れ。

 ただ、それも作戦の終盤に差し掛かっていることに感じる緊張のせいだと、初めは思い込んでいた。


 しかし、次第に息苦しさは酷くなり、腕章の男は過呼吸になり始めた。

 酸素を欲して何度も口を開閉するが、一向に息苦しさは治らない。それどころかますます悪化するばかりだ。


 気付けば腕章の男は床に突っ伏していた。そして、あろうことか同様にして周りの部下達も自分と同じようにもがきながら呻いていた。


 能面の男を除いて──


 いよいよ呼吸が困難になり、喉は焼けるような痛みが、肺が爆発するような痛みが、主張し始める。

 この時、ようやく腕章の男は自分たちがつけている防毒マスクに異変が生じていること、そして、能面の男が不審な行動をしていることを知った。


 どういうわけか、能面の男は作戦の序盤以降使用するはずのないガスボンベを弄っていた。

 ボンベに繋がるチューブの先端からは、催眠ガスとは別の薄い灰色の気体が放出している。


「お……まぇ……な……に……して……る」


 腕章の男は信じられない苦痛に必死で抗いながら言った。口から吐血し、血の泡を吹きながらも叫んだつもりだった。

 目に潤いを感じるが、それが痛みによるものか、死を間近に感じる恐怖によるものか、はっきりしたことは分からない。

 そんな死の淵へ片足を突っ込んでいる彼の精一杯の問い掛けに対し、能面の男は首を微かに傾げただけだった。


 それから一分も経たないうちに、上階から階段を伝って赤髪の男が姿を現した。

 連絡を取り合い、同じ服装をしていたにも関わらず、赤髪の男はこの状況に困惑していない。


「もう一人は始末した。手筈通り、一人使えそうなのを連れてきたぜ」


 と言いながら赤髪の男はシール状デバイスによって歩かされている少女を能面の男の前に突き出した。


 すると、能面の男は直立不動の少女の頭部に左腕の掌を当てて、五指でしっかりと掴んだ。

 ゆっくりと五指を動かす度に、彼の掌と少女の頭部の間を紫電が走り、少女の身体はピクピクと不規則に動く。

 あるときは彼女の細い両手の指が線形動物のように折り曲がり、あるときはまぶたが目まぐるしく開閉する。


「あ、うー‥‥‥‥‥あー………あばばばば……うううう」


 よだれを垂らしながら少女はデタラメな声を発音する。

 その光景を近くで見る赤髪の男はマスクの奥で顔をしかめながら吐き捨てた。


「代替記憶の置換ってやつかい? 本当に使えるのかよ」


 能面の男は彼の皮肉など気にもせず、黙々と少女の記憶と深層意識を書き換えていく。

 そんな無愛想な能面の男の態度に赤髪の男は小さく舌打ちした。


 その後も静かなる記憶の書き換えは二分半ほど続き、能面の男はゆっくりと少女の頭部から手を離した。

 少女は一度まぶたを深く閉じると、


「──記憶置換終了。240秒後に擬似端末として再起動します」


 今度ははっきりとした意味のある言葉を喋り、機械人形の如く滑らかに静止した。


「あとはこいつらを所定位置に置くだけか。骨が折れるぜ」


 そのタイミングを待っていたのか、赤髪の男は再び「自動制御開始」と少女に告げると、少年を乗せた電動ストレッチャーを誘導しながら裏口へと姿を消した。


 再びフロアには能面の男だけが取り残されたかに思えたが、男がマスク越しに口笛を吹いたと同時に厄災が降りかかってきた。


 それは何もない空間から突如として現れ、圧倒的な質量を有した肉塊として落ちてきた。


 爆音が鳴り響き、砂埃が舞い上がる。

 衝撃で天井にぶらさがっていたガラス細工の装飾品が派手に落下し、フロアで昏睡している者たちの半分が下敷きになった。


 グルルルルッ!!


 怪物が滑らかに隆起した喉を鳴らす。

 肉塊の正体とは飛竜だった。


 世界に害を及ぼす異形の生物だ。体表から突き出ている不気味に蠢く黒い触手と、牙のない細長い頭部。

 手から脇にかけて生えている薄い膜は白い炎が覆っており、それが翼と主張でもするような出で立ちである。


 全てを終えた能面の男はゆったりとした足取りで飛竜の元へと向かっていく。


「……オイっ」


 能面の男が声がした方へ視線を向けると、意識を途絶えたはずの腕章の男が息も絶え絶えに叫んでいた。

 すでに神経ガス許容量の限界を突破しているが、奇跡的にまだ彼には反抗の意思があった。


「お……まえ……は……だれ……だ……ウィ……ルじゃ……ない」


 腕章の男は最後の力を振り絞って足掻く。


「……なに……が……も……くて……きだ」


 手の平の上で転がされていたことを嘆く男の訴えに、何を思ったのか能面の男は彼の元まで歩み寄ると──フロア内一杯に立ち込めている神経ガスのことなど気にする素振りも見せず、マスクを外した。


 被り物はやはり鬱陶しかったようで、男は無造作にそれをほうり投げた。

 放物線の軌跡を描き、床に衝突する。カランッと乾いた音が鳴り響く。


 男は目を細めおもむろに口を開いた。


「俺は俺のやりたいことをやったまでさ。あんたらには計画なんてご大層なもんがあるみたいだが、俺は最初(ハナ)から計画なんてものは無い。図らずとも既に成り立っているのが計画ってもんだろう?」


 愉快な口調は緩やかに言葉を継げる。


「そんな顔するなよブルーロック。人生まともに生きようとするからこうなるのさ。俺は先へ進む、特異点で待ってるぜ」


 男は語り終えるとようやく飛竜に飛び乗った。

 同時に飛竜はくぐもった鳴き声をあげながら翼を広げる。


「ああ、それと言い忘れていた──」


 薄れかける意識の中、腕章の男が最期に聞いた言葉は、


「ジョニー・ウォーカー」


 それが俺の名だと──彼は言った。

 白炎が燃え広がり、空間が光で埋め付くされていく。

 そして瞬きする間も与えず、黒い怪物は一気に上空へ飛び上がった。



 ここ──王都リオネの大空へ向かって。



 飛竜が飛び去った直後、その地下に秘められし商会は盛大な音を立てながら爆発した。

 まるで映画のフィナーレを締めくくるかのように華麗で残酷だった。


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