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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第一章「Hello,world!」
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第一章18話 『絶叫』

 

「あの……本当にごめんなさい」


 綺麗な所作で頭を下げるアリス。

 そのお辞儀は気品に満ちていて美しいが、しゅんとした少女の瑠璃色の瞳には輝きが無かった。


「いや……いいんだ。こっちこそ急に泣き出してごめん」


 対する少年は焦りながらアリスに頭を上げるよう促す。

 同い年くらいの少女の前で盛大に泣いたことの羞恥心で顔が真っ赤であった。


「う、うん」


 アリスは歯切れの悪い返事をするも、顔を上げた時には先ほどの凛々しい顔に戻っていた。

 彼女は理知的な瞳で少年を見据えると心機一転、早速少年に話しかけてきた。


「えっと、これもなにかの縁だし……」


「ま、まぁそうだな」


 両手を組み、もじもじするアリス。

 少年は上目遣いの少女に思わず視線を逸らした。

 そんな少年の心を表したかのようにぴんとアホ毛が硬直した。


「その……自己紹介しましょ。私の名はアリス・アークライト。アリスで結構よ」


 ──そうなるよな。一度目の世界で知っているよ。その名前。


「アリスね。よろしく、アリス。俺は……」


 一度目の世界、目の前の少女がつけてくれた名前を思い出す。その名は自身の過去の出来事に付随した仮の名であって本当の名前ではない。

 時間遡行を経た少年しか知らない事実であり、それを自覚することはひどく残酷なこと。


 しかし。

 それでも。


 少年はこの名を名乗ろうと決めていた。


 浅く息を吸い込み、その名を口にする。


「──俺の名はミハル。ただのミハルだ」


「ミハル? ふーん……私の飼っている猫と同じ名前ね」


 ──そりゃあ、君が名付け親だからな


 アリスは顎に人差し指を当ててきょとんとしている。その仕草は子供らしいあどけなさがあった。


 ──変わらないな。この感じ。あのアリスで間違いない。


 ミハルは腕組みをしながら辺りを見渡し、


「とりあえず、歩きながらでいい? そっちの方が話しやすいんだ」


 彼女に提案をした。

 二人が立っている場所は多くの人が行き交っているため、落ち着いて話すことが出来そうになかった。


「もちろん、いいわ。それに見た感じあなた、何か困っていることがあるんでしょ。放っておけないわ」


「相変わらずアリスはアリスだな。ほっとするよ」


 変わらない彼女の性格に苦笑しながら、ミハルは軽快に足を踏み出した。


「相変わらずって何よ? 変な人」


 妙なことを呟いた少年に首を傾げるアリス。


「やっぱりそう見えるよなぁ」


 もどかしい感情を心の内に秘めながら、ミハルは小さく呟いた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 いつのまにか快晴だった空には、うっすらと雲が泳いでいた。

 風に流され地平線の向こうまで、空という海を突き進んでいる。


 太陽光がはるか上空の大気にぶつかり散乱し、四方に広がり地上へと降り注ぐ。

 綿のような雲の隙間から、光の線が突き出て、仰々しい西洋式の建物に当たっていた。


「晴天だな」


 その光の一線がミハルの瞳に入り、反射的に瞼が細まる。


「ほんとね。でも私は雨の日が好き。幻想的だもの。雨音も心地いいし」


「ヘぇーそうなんだ。てっ、そんな呑気な話をしている場合じゃなかったッ!」


「あの……さっきから本当に大丈夫。もしかして心の病とかあったりする? 」


 吐息と共に、形の良い眉を寄せ、憐れむような声でアリスは言う。


「妙に心に刺さること言うね。ま、とにかくさっきの続きから」


「よ、よろしく!」


 真剣に身構えるアリスの仕草にミハルは


「実は俺、ある人を探しているんだ」


「それは……大切なひと? 」


「う〜ん?  そんな感じ? お互い名前は知らないんだけど」


 ──会ったのは一度。知っているのは容姿だけ


「すごく複雑な返答ね……」


 額に手を当て、はあっと呆れたような溜息をついたアリス。ミハルとしては大変申し訳ないことだが、現状はこの様なのだ。


「で、あなたはその人を探すのに手間取っているということでしょ」


「うん、まあそんなとこ」


 事情を汲み取ってくれた少女に感謝しつつも、落胆した。今一度考えてみればアリスとの偶然の出会いは奇跡的だったと言える。自分の挙動不審な行動と彼女の稀な性格がたまたま功をそうしたと言っても過言ではない。


「なるほどね、事情は分かったわ。でも、ひとついい?」


「もちろん」


 理知的な瞳が細まり、ミハルを射抜く。彼女の眼差しは真実を見透かすような、思惑を見透かすような、そんなものだった。


「あなたがその人を探す目的は何? 」


「あぁ……それは……」


 ミハルはどう答えるべきか悩んだ。


 ──どう答えればいい?  『その子が死ぬ運命にあるから、伝えに行くんです』とか言っても簡単に信じて貰えるわけないだろ。あークソっ、答えにくい。


「あなたがそこまでして必死に探しているということは、それだけ大切な人ってことでしょ」


 背筋をピンと伸ばし、アリスは少年に指を突き立てる。

 ミハルの方が少女より頭一つ分高いため、彼女に見上げられる形になってはいるが、気圧されていた。

 さらさらした白髪がミハルの青のパーカーに触れた。


 ──大切な人。やるべきこと。……それなら……ある。俺にしかできないこと。


 ゴクリと唾を飲み込み、ミハルはやっとこさ口を開いた。


「俺は……その人にどうしても伝えなきゃいけないことがある。それが……その人を探す理由だ」


 ミハルはアリスの目を見て話した。

 少女の聡明な瞳が少年を映し出していた。


 ──こんなこと前にもあったな……


 アリスはミハルの顔をじっくりと見つめること数秒。相手を凍てつかせる鋭い瞳から、彼のよく知る優しい瞳に戻った。


「嘘はついていないようね」


 少女は何を納得したのか、フフッと微笑むと腰に左手を当て残る右手をミハルの前に突き出した。


「えっと……これは? 」


 少女の人形のような白い手をボーっと見つめるミハル。自分だけ場違いな素振りをしているような状況にむず痒くなったのか、アリスは


「あ、握手よ!  握手! あなたの人探しを手伝うと言っているの」


 頰を朱色に染め唇をツンと尖らせながら無理矢理ミハルの手を取った。


「お、おお! よろしく」


 呆気なく事が進んでいる状況に戸惑いながらもミハルは優しくアリスの手を握り返したのだった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 奇跡的な再会をアリスと果たし、互いの自己紹介を終えて約二十分。


「──全然見つからん」


 ミハルは項垂れていた。

 暖かな陽光が石畳に少年の影が映っていた。ミハルの特徴的なアホ毛の影がゆらゆら揺れている。


「見つからないわね」


 腕を組み、白髪の少女も項垂れていた。


「ごめん。面倒なことに付き合わせちゃって」


「なぜあなたが謝るの? これは私自らやっていること。妙な気遣いは結構です」


 凛々しい声で話すアリスはツンと返すと、再び歩み出した。ミハルも置いていかれないよう慌てて足を進める。

 彼女の履いているハイヒールのような靴が心地の良い音をたてた。


 ミハルとアリスは商会爆破前の広場に繋がる大通りの一つを歩いていた。

 爆破現場前の広場には四つの大通りが交差しており、どの通りも出店や露天が立ち並び喧騒に包まれている。ミハルの知識ではフランスの首都──パリの市街構造に近い所があった。


「やっぱり、厳しいかも」


「簡単に諦めちゃダメ。かっこ悪いわよ」


 弱音を吐くミハルに喝を入れるアリス。


「へいへい」


 斜め後ろから返事をしたミハルに、彼女はその白髪の隙間から鋭い視線を向けてくる。彼女の頰はぷくっと膨れていた。


 ──あ、ちょっと怒っている。でも可愛い……


 呆れた表情の彼女は首を振るも、


「はぁ……それより、どうするの? これから……」


 ミハルに向き直り、今後の方針を尋ねてきた。


「その子を探すにも人手が足りないしな。もっと効率的な方法があればいいんだけど」


 顎に手をやり脳をフル活動させるが、なかなか良い方法が思いつかない。

 この世界での警察機構のような存在があることはアリスから聞いた。彼女によると衛兵。

 つまり王都を守る兵士のことである。が、現在、政治的な事情のため多くの衛兵が忙しく、あまりあてにはならないということだった。


 ──この世界の事情や仕組み知っておかないとな……


「えっと……探しているのは三人。一人は赤髪の女の子で髪は後ろで結っている。二人目は桃色髪の女の子で杖を持っている。最後の一人の子は赤髪の子におぶられている。……これが手掛かりなのよね?」


 アリスが指で数えながらミハルの探し人の特徴を挙げていく。


「ぶっちゃけ、超アバウトだよなぁ」


「あばうと?」


「おおよそってこと」


 今になって気づいたのがこの世界では英語などの単語、つまりミハルが元いた世界での言語は伝わらないということだ。

 会話は出来ているので問題はないが、どういう仕組みでこんな事ができるのかは気になってはいた。


 ──仮にまた赤髪の少女に会えたとしてそこからどう行動する? ありのままの事実を伝えるか? 『あなたはもうすぐ死にます』って。いやいや無理だろ普通に。ただのやばい奴じゃん。


「あっ、もしかしてあれって……」


 アリスが何かを指差して呼びかけたが、ミハルは考え込んでいた。


 ──何かでまかせでも言って、誘導するか? でも、どうやって?


「あの、聞いてる? 」


 腰に手を当て形の良い眉を寄せる少女。


 ──未来が見えるとか? ははっ、千里眼かよ。預言者じゃあるまいし……


「ちょっと、ミハル! 」


 ──でもありか。この世界は魔法ありのファンタジー全開。ハッタリにしてはいけるんじゃないか? けど、これは見つかってからの話だし。この様子じゃあ、もう会えないかも……


「ミ・ハ・ル!! 」


 と苛立ちを含んだ声と共に肩を思い切り叩かれ、ようやくミハルは我に返った。


「は、はい! なんでしょう!」


「ちょっとどうしたの?  急に黙りこんじゃって。無視されたと思ったわ」


 腰に手をあて目を三角にして詰め寄るアリスに少年は両手で制す。


「ごめん、ごめん。ホントごめん。ちょっとパニクっていて。そんで……なんだっけ?」


「なんだじゃありません! ほら、あそこ」


 プリプリ怒りながらも白髪の少女は人差し指をある一点に向けた。

 彼女の細く綺麗な指の先から視線を移動させる。


 そして、その視線は三人の人影を捉えた。


 赤髪の少女。彼女がおぶる少年。二人の後ろを歩く桃色髪の杖を持った少女。


 見覚えのある三人。


 ミハルは目に映った光景に目を見開く。


「あ、いた……」


 ──間違いない。あの子だ。


 愕然としたミハルとは反対にアリスは得意顔で言った。


「ほら、諦めないことも肝心でしょ。見つかったじゃない」


「あ、ああ。そうだな」


「ほらっ、ぼーっと突っ立てないで行きましょ。せっかく見つけたのに、ここで見失ったら元も子もないわ」


 アリスはミハルの手をぐいと引っ張ると赤髪の少女の後を追った。




 * * * * * * * * * * * *




 場面は大通りの一角に戻る。


「俺には未来が見えるんだ。君が殺される未来が」


「「はっ?」」


 赤髪の少女とアリスの声が重なった。

 次に訪れたのは数秒の沈黙。

 場が凍りつくというのはこういうことなのだろう。


 ──俺……何言ってんだっ?!


 ミハルは自身の失言にようやく気付いた。


 ──未来が見えますって……


「……というボケをですね……ははっ」


 愛想笑いで誤魔化すミハル。


「ああっもうっ! 何を言いだすかと思えばっ!! 」


 アリスは案の定、額に手を当て項垂れていた。


 ミハルはおそるおそるポニーテールを揺らす彼女の方を伺う。鋭い目つきは緩むことなく異常な程の敵意が感ぜられた。

 彼女を改めてみるとアリスとはまた違った美しさを持っいて、紅色の瞳がその気高さを表していた。


「あの……からかってます? 」


「いや、違うんだっ! 君の身に危険が迫っていて、それでっ……」


 しかし、ミハルは言い淀む。

 訳を話しても二度目の過ちだ。

 だが、それならどうすればいいというのだろう?


 ──ここで信じてもらわなきゃ、またあんな運命になっちまう


 己の無力さに唇を噛みしめるも、事態はなにも解決しない。


「というか君は何者……って……あれっ?! 」


 彼女は敵意のある鋭い目つきから一転、目を大きく見開き口をあんぐり開けた。

 ミハルの顔を指差し、半歩後ずさりすさる。彼女の顔からは驚愕と怯えが読み取れた。

 彼女の隣に佇む桃色髪の少女も「うそ、そんな」と驚愕に包まれている。


「君って……えっ、えぇぇ!」


 ──えっ、俺、なんか変?  俺の顔、そんなに怖いか?


 ペタペタと己の顔を触るミハルをよそに、赤髪の彼女は


「どういうこと? 同じ顔だし。それに服装も、この世界のものじゃない。……一体誰なの? どうなっているの? 」


「あの、大丈夫ですか? 」


 ぶつぶつと意味深なことを呟く赤髪の少女にアリスが声を掛けた。

 そんなアリスの親切心をガン無視した彼女は次は急に黙りこんだ。感情の起伏が激しい少女であった。


 赤い双眸が値踏みするように光るのを見て、ミハルの背中を冷や汗が伝う。先程からの彼女の態度の急変に少年は大変困惑していた。

 こういう場合はなにをすればいいのだろうか?


 ──あ、そういえば俺の名前、名乗ってなかったな。本名じゃない仮の名だけど……


 コホンと息を整えると、


「で、ですよね〜。急にこんなこと言われても困りますよね。忘れてました。俺、ミハルって言いま……」


「だっ、だよねっ──!! えっ、じゃあ何? キリエ・ミハルはこの世界に二人いるっていうことっ?!」


 ミハルが言い終えるより先に赤髪の少女の絶叫した声が辺りに響いた。

 直後、雑踏から音が消えた。

 周囲、露天商と通行人で溢れ返るこの大通りの一角において誰もが二人を注視していた。


 そんな中いち早くアクションを起こしたのはアリスだった。彼女は愛想笑いを浮かべながら「すみません。すみません」とペコペコ頭をあげては下げを繰り返している。


「ど、どうしよ?」


 ミハルは羞恥心と戸惑いを感じ、反応に困る。


 顔を見られると驚愕され、名前を名乗ればこんな反応をされた。流石にへこむものである。特に異性からのものとなれば尚更だった。

 精神的なダメージをくらい、顔を上げるミハル。

 昼下がりの陽光に瞼を細めながらも爽快な青空をしばらく見つめた。ゆっくりと風になびくおぼろ雲を目で追う。


 ──そういや一度目の世界でもこんなことあったよなぁ。顔見てドン引きされて、そんでその後……


 偶然だったのだろう。

 ミハルが青空へと向けていた視線をスライドし青空から遠方にたなびく雲、そして王都の街並みへと順に入れた時だった。


 大通りの一角で最も高くそびえ立つ時計塔。

 その鋭く尖る円錐状の屋根のてっぺん。

 ミハルの視界にキラリと眩く光る光点が入った。


 ──その後っ!!


 その怪しく光る光点がフラッシュした。

 思考と体が動くのは同時だった。


 目の前で頭を抱えていた赤髪の少女を思い切り突き飛ばしながら




「伏せろおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 」




 少年は絶叫した。



 直後、



 ドッッッ!!!



 凄まじい閃光と鋭い爆音が空間を支配した。





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[一言] ファンタジーとSFが複雑に絡み合っており、独自用語もマシマシなので読んでいて気持ちよかったです。 描写も丁寧で、誰が何をしているのかもすんなりと浮かんできました。 ただ、脚注で誰視点かを書…
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