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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第一章「Hello,world!」
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第一章17話 『太陽と喧騒の香りの奥に』

三周目の世界

再び物語は「赤髪の少女アリス」から「記憶喪失の少年」へ

 

 昼下がりのある大通りの一角。

 相変わらず今日という日は快晴のようで、賑やかな大通りがより煌びやかに見える。

 露天で品を売る商人の軽快な掛け声。

 度々通る二足獣に引かれた車の車輪が回る音。

 青空に吸い込まれる小鳥たちのさえずり。

 商会爆破事件より少しばかり離れた所では、実際のところ、こんな感じだ。


 一言で言えば、平和そのもの。


 しかし、


 ──やっべー超不審がられてる?! ……アプローチからミスったか?


 暑さと気まずさのお陰で、頰を汗の雫がつたう。

 名も無き少年は非常に困っていた。


 が、少年の隣に立つ白髪の少女は正反対で、


「もう、まったく……なよなよして。はっきり言うべきよ」


「いや、無理あるんじゃないか? ぶっちゃけ突拍子もない話だよ。これ」


「でもあなたはそれを伝えるために彼女を探していたんでしょ。なら伝えなきゃ」


 ハキハキと軽快に話す少女は豊かな胸部を突き出し、一方で少年は、はぁっと重い溜息をついた。

 その様子はまるで嫁の尻に敷かれた夫のようで、


「あの……何か?」


 声の主は真っ赤に燃えるような赤髪の少女。

 彼女の少年を見る目は険しく、怖い。

 少年を警戒しているのか後ろに佇む桃色髪の少女を庇うようにして一歩下がった。

 赤髪のポニーテールがさらりと揺れた。


 少年は緊張するも、ゆっくりとありのままの事実を述べた。


「ホントに意味不明だと思うんですけど」


「はい……」


 彼女の警戒心がより強まった。

 少年は怯むも、先を続ける。


「俺には未来が見えるんだ。君が殺される未来が」


「「はっ?」」




   * * 〜1時間ほど前のこと〜 * *




「……どうしよう?」


 少年は後頭部を無造作に手で掻きながら、途方にくれていた。

 というのも、アリスと赤毛の少女を助けると啖呵を切ったものの、まず何をすればいいのか分からなかったからだ。


「アリスも赤髪の子もどうやって見つける?」


 ふと、辺りを見渡してみるが、依然として騒がしい。

 ぼーっと突っ立ていれば、渦巻く人混みに呑まれ、方向感覚を失ってしまいそうなので、とりあえず歩みは止めないことにした。


「巻き戻っている……か」


 数分前、一度腰を落ち着けて出した答え……タイムリープ。


 発動条件は意識を失うこと。


 確認できた状況から導き出した仮説であるが、


 ──計二回俺は意識を失った。そして、今は三度目の世界。


 自分が体験したことを思い出し、なんとか捻り出した理解し難い結論。

 馬鹿げた考えだと思う。ただ、今は受け入れるしかない。


 タイムリープ現象が自分の身に起こっているとして現時点で分かっていることは、アリスと名の知らない赤髪の少女が死ぬ運命にあるということ。

 一度目の世界で間近でそれを見たのだから、間違いない。

 今のところ彼女たちと接触しているのは一回しかないが、この三度目の世界ではおそらく、まだ生きているはず。

 それも絶対とは言い切れないが、信じてみる価値はある。


 どうしてタイムリープなどという現象に巻き込まれらのかは分からないが、とにかく避けられる事態は避けるべきだ。


「頼むから。まだ生きていてくれよ」


 考え混んでいた頭をふと上げれば、視界にようやく例の爆破現場前の広場が入ってきた。

 広場中央目指して、徐々に足を速める。

 そして、再び頭をフル回転させた。

 時間がある今だからこそ推測出来ること、対処出来ることを、纏めておくべきだ。

 いつ何時、事態が急展開するか分からないのだから。


 ──そもそも二人はなぜあんな目に? 思い出せ、あの時の記憶を。


 残酷な惨状がうっすらと脳裏に浮かび上がる。

 意識を失うまでの一連の出来事を振り返る。

 鮮やかな血と脳脊髄液の滑りの感触が蘇る。


 ぽっかりと空いた穴から出てきた頭蓋の中身。

 血に洗われて、てかてかと光る臓物。

 空をさまよう儚げな少女の細い腕。


「……………っ」


 思い出したことを後悔するほどの惨劇。

 少年は込み上げてくる嘔吐感を静めるため、ゆっくりと深呼吸をした。


 ──殺されたんだよな。そして……


 ──アリスの頭を吹き飛ばしたのは……弾丸……だったような気がする


 あの時。確かに自分が炸裂弾頭などという専門用語が出てきたことは覚えていた。

 なぜあの状況で冷静に分析出来ていたのかは不思議ではあるが。


 ──この世界にも銃って存在するのか?


 ──そもそも、世界観が掴めないのが問題だ。情報も知識も一回目の世界でアリスから少し教えてもらっただけだし……


 ──まあ、これは後でいいか。話を戻そう。えーっと、他に何か……あっ、そういや


 あの赤髪の少女は言っていた。


 何かに追われている、と。


 何かとは分からないが、あの時、彼女が非常に焦っていたのは見覚えがある。

 よほどの事態に巻き込まれていたのだろう。


「ということは、その何かとやらの襲撃を俺たちは受けた感じか。で、アリスとあの子は殺された」


 横を通りかかっていた主婦らしき女性が物騒な少年の呟きにビクリと肩を震わせた。


「だったら、辻褄が合いそうだけど。分からないことが多すぎる。あの子がおぶっていた人も一緒にいた女の子も謎だし」


 多すぎる謎から出てくる不確定要素のせいで、思うように推測できそうにない。

 これが少年の思考出来ることの限界だった。


「やっぱし……やるべきことは二人との接触か」


 ようやく少年は足を止める。


 彼の瞳に映るのは真っ黒に焦げた残骸の山と、救助活動を行う人々。

 その近くには白いテントが立ち並んでいる。


「久しぶりだ。この光景」


 三度も少年の鼓膜を揺さぶった音の根源である場所。爆破現場前の広場。

 赤髪の女の子に関しては情報が少な過ぎるため、喫緊の課題はアリスとの接触に他ならない。


「必ず見つけてみせる」


 そう宣言すると、少年は自称正義の味方を名乗る少女──アリスの探査を開始し始めた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 思い出してみると、アリスとの接触はかなり偶然に近い。

 一度目の世界でこの場所に何気な足を運んだ少年が、突如の頭痛と吐き気により倒れていたところを彼女に助けてもらったのが事の始まりだ。

 情けない話であるが、それが彼女との最初の出会いであったことは確か。


 ただ、懸念すべき点が一つある。


「一度目の世界とタイミンがずれているんだよな 」


 一度目の世界では意識を覚醒させてからすぐさまここに来ていた。

 だから見覚えのないテントが近くに建っていることにも合点がいく。

 おそらく、三度目の世界でここに来たタイミングは一度目の世界の時よりも遅くなっているのだろう。

 理由としては少年が寄り道したせいであるが、状況を整理するためには致し方なかったことだから仕方ない。


 体感ではあるが、30分くらいのズレがあると踏んでいる。


 とにかく明らかなことは、一度目の世界とは状況が異なってくることだ。

 つまり、この状況ではアリスとの接触は難しいということ。

 それは先ほどから薄々感じていた。


 しかし、少年は諦めてはいない。


「たぶん、パターンがある。筋書きと言い換えてもいい。何度巻き戻っても、この展開は必ず起こるっていう筋書きがあるはずだ」


 例えば……


「必ず起こるのはこの爆破事件だろ。二度のタイムリープを経て、計三回の爆破音を聞いたから間違いない。ただ、それは俺が同じ行動を起こしたからだ。と、いっても序盤の話だから確定ではないけど」


 顎に手をやり、考えたことを口に出してみる。


 他にもおそらく、必ず繰り返されるパターンがあるはずだ。

 規則性があると言えるほど確実ではないが、何かしらの再現性を掴むことができれば先が見えるかもしれない。


「一度目の世界と同じくここで俺が現れる。そしたらアリスと出くわす……とか」


 よって、少年は一度目と同じくこの場所に来た訳なのだが、


「そんな簡単にいくわけねーよなぁ」


 少年は嘆いていた。

 白髪の美少女を探そうとする試みは、予想以上に困難な課題だった。


 何しろ辺りは人、人、人。

 消化活動や救助活動、事故現場の整理などで群衆がごった返している。

 まるで渦のように蠢き、得体の知れない生き物のように見える。


 この中から一人の少女を探すというのは、ほぼ不可能に近い。


「ここでいきなり詰みか」


 そして、なにより問題なのが、アリスの格好に特徴的な点がないところだ。


 記憶を辿れば、彼女は紺色のポンチョを羽織っていた。

 そのため、白髪ショートヘア&紺色のポンチョという組み合わせで的を絞るも、その探索は困難を極めた。

 特に紺色のポンチョを羽織る者が多く見かけられ、さらに面倒なことに半数近くの人間がフードを被っていたのだ。


 ──わざわざ、近づかないと顔が確認できないし、時間が掛かる。


 ちょうど今も、少年の視界に赤褐色のポンチョを身に纏った男性が入った。

 彼もフードを目深にかぶっている。

 少年の口から重いため息がこぼれた。


 ──なんにせよ。このままじゃ、時間の無駄。


 というわけで、作戦変更。

 こういう場合は広い視野で見るべきだ。

 あのお人好し過ぎる少女であれば、この状況を見逃すはずがない。

 きっと今もどこかで誰かを助けようと動いているはずだと、根拠のない推測ではあるが、少年にはそう思えた。


 ──どうすりゃいい? いっそ、彼女の名を大声で叫んでやろうか


 有言実行。いつまでもうだうだと考え込んでいるだけではダメだ。人間何をするにしてもまずは行動から。

 と言うわけで、息を吸い込み、頰に手を当て、


「──アーリ」


「ねぇ、そこの人!!」


 張り上げる筈だった声は、一人の声によって遮られた。

 その声は凛としていて心地良い声色だった。



 そして、



 懐かしい声だった。



「え……?」



 おそるおそる声のする方へ顔を向ける。

 見開く視界の中、一人を除いて、全てが灰色に見えた。必死の形相で担架を運ぶ女がいて、呆けた顔で野次馬が群がる中心を見つめる青年がいて、手提げ袋から落ちた果物を拾う少女がいる。

 しかし、少年の瞳には全て白黒映画のワンシーンにしか見えない。


 そんな一人一人が背景にしか見えない孤独な世界の中、はっきりと存在する者が一人。


 紺色のポンチョコートを羽織り、真っ白な髪をそよ風にたなびかせた少女がいた。



「ぁ………」



 今まで記憶の中にだけ存在していた少女が目の前に存在していた。

 突如、心の底から熱いものが込み上げて来た。

 涙腺が緩み、喉仏がキュッと引き締まる。

 見つめ合う視線。

 少年の瞳にはなぜか彼女の姿がぼやけて映った。


 少女は背筋をピンと伸ばし、人差し指を真っ直ぐ少年に突きつけていた。



「あなた、さっきから挙動不信よ!」


「……」


「黙りこんでも無駄よ。さてはスリの輩ね」



 彼女のスリという単語に周りを行き交う人々が注目する。



 ──なぜ、細かなことばかり鮮明に覚えているのだろう



「ねぇ? 聞いてる?」

 微動だにしない少年の態度に怪訝な顔をする少女。



 ──声とか



 ──少しきついけど



「あの……本当に大丈夫?」



 ──でも、時たまゆっくりで



 ──優しくて



 少女の瞳には少年の姿がはっきりと映りこんでいる。



 ──淡い瑠璃色の瞳も



「えっ……なんで? 泣いてる!?」

 いつの間にか少年の瞳からは涙が溢れていた。



 ──白くて柔らかい睫毛も



「ど、どうしよう。私……男の子を泣かせちゃった」



 ──みんな知っている。当たり前だ。



 ──あの時、俺は



 様々な感情が交差する中、少年はなんとか言葉を引っ張り出した。




「また……会えた。会いた……かった」




 そう呟いた直後が、少年の我慢の限界だった。

 感情が制御できなかった。

 一度爆発したそれはとめどなく溢れ出し、少年の顔を涙で盛大に汚していく。

 涙が止まらない。

 鼻水が垂れてくる。


 続く言葉が呂律が回らず出てこない。

 腰の力が抜け、へなへなと石畳に膝をついた。

 その反動で頰をつたっていた涙の雫が、重力にしたがってポツリと落ちた。

 一滴の雫が乾いた石に黒い斑点を作った。


「わーっ!? ほんとにごめんなさい! 私って小さい頃から思ったことそのまま口に出しちゃうの。あなたがつい怪しくて。そのっ……本当にごめんなさいっ!」


 彼女は急に泣き出した少年を慰めようと必死だった。


 男のくせに惨めだったかもしれない。


 見るに耐えない。情けない。


 けれども、そんなことはどうでも良かった。


 嬉しい気持ち。悲しい気持ち。ほっとした気持ち。恥ずかしい気持ち。驚く気持ち。


 それを全部ぶちまけて爽快だった。


 泣いて、笑って、泣き笑って、少年はようやくアリスの顔をはっきりと瞳に焼き付けた。

 そして、少年はまず、最初に伝えるべきことを彼女に向けて快活に言い放った。



「良かった。君にまた会えて」



「……えぇ……だれ?」



 アリスとの久方ぶりの再会はこんな感じで始まったのだった。





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