表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リピーテッドマン  作者: 早川シン
第一章「Hello,world!」
14/55

第一章14話 『GHOST SINKING』

 

「先輩……それって」


 エミリはおずおずとKに話しかけていた。

 “それ”は間違いなくヒトの腕だった。肘の部分で綺麗に切り取られ、指先だけを残して包帯が巻かれている。

 指先は獣のように鋭く、爪は赤黒く染まっている。どう考えてもまともな代物ではない。


 Kは普段と変わりない口調でエミリが言いかけた単語をさらりと述べた。


「ああ、そうか。エミリは見るのが初めてだったかな? これが自動書記(オートマティスム)だよ。個体識別名(コードネーム):フライデー、僕はそう呼んでいる」


「これが。自動書記……」


「実際に見るとすごい不気味だよね」


「で……すね(……本当にあるんだ)」


 自動書記と呼ばれるそれは簡潔に纒めると、契約者の従僕(サーヴァント)であり、所有物(プロパティ)であり、助手(エイド)である。


「オカルトな代物だよ。これは」


「死者の霊魂(スピリット)、つまり、死霊(ゴースト)を挿し込んだものだから……ですか」


「やってることは降霊術(ネクロマンシー)と何ら変わらない。一種の魔術とも呼べるね。だからこれを使う時は毎回、僕はネクロマンサーではないのかと……そう思わざるを得ないんだ」




 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓





 【Automatism】


 〈description〉心理学用語で「筋肉性自動作用」という意(いわば、何か別の存在に肉体を支配され、自己の意識とは無関係に動作を行なってしまう現象などを指す)でかつては使われていた。


 現在ではその意は異なる。自動書記(オートマティスム)──死者の肉体の一部を媒体として、魂を人工的に憑依させた不気味な被造物(クリーチャー)


 この自動書記に関する研究は19世紀末から欧州で研究が行われていた。


 擬似霊素を死者の体の一部に書き込むことで労働機械としての実用化を目指していたためである。

 しかし、低コストかつ効率的な制御系をインストールする為のプラグインの開発に当時の科学者達は行き詰まっていた。


 けれども、それは一人の若き天才により呆気なく覆される。


 1878年ロンドン大学の医学生であったエドガー・H・()()()()によって新たな霊素挿込論が発見されたのだ。


 彼は今までの擬似霊素を書き込むという概念を取り払い、実際の死者の魂──つまり死霊を人の体の部位の一部に挿し込むという斬新な方法をとった。


 従来の自動書記よりも格段に性能の良さを見せたそれは産業革命の再来の一手と言われるほど期待される。


 が、突如第一開発者であるミハイル氏によってその計画もろとも取り消される。


 その後、彼の消息は不明であり、当時の新聞記事では『悪霊に取り憑かれ地獄に落とされた悲劇の科学者』と綴られている。


 またそこには彼の最後に言い残した一言がある。


 その一言とはこうである。


「私は死者の国を見た」




 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓




 腕の内部には力場制御用の汎用ミハイル・ギアと拡張言語エンジンが書き込まれた──最新鋭の二重機関(ツインエンジン)の実験体。


 第3世代型と言われ、オールラウンドな機能を内蔵しているそれをKは手首上部に取り付けてあるグリップを握るようにして持っている。


 ──先輩が自動書記を取り出したということは、やるんだ……あれを……


 エミリはこくりと息を飲んだ。


 なぜ、異間公安に所属する人間がこんなオカルトと科学を五分五分で混ぜ合わせたような不可解な代物を持っているのか。

 説明すると話は長くなるが、自動書記にはそれほどの価値があるといって過言ではない。

 故に、異間公安の中でも限られた者にしか所有することが許されていないのだ。


 エミリは自動書記を所有できるKを羨ましく思った。


 自動書記の機能は今回のような解析・調査・検査・思考実験などヒト一人では補えない情報や証拠などを取得し、サポートしてくれる多目的ツールであるといえる。

 今までは多数の専門職の人間がその場に居合わせなければならなかったのが、一人の人間と一機の自動書記だけで済むのだから非常に使い勝手が良い。


 ただ問題点が一つ。

 というのは、この自動書記──扱いが非常に難しい。


「僕は今から死霊と同調しなければならない、これだけはいつも嫌なんだ」


ghost(ゴースト) sinking(シンキング) ですか」


「そう、それ」


 Kはさぞかし嫌そうなしかめっ面をして答えた。




 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓




 【GHOST SINKING】


 〈description〉死霊同調。「死者と生者を繋ぐ」「死者同士を繋ぐ」「人を繋ぐ」など、簡潔に言うと、定義は「繋がる」である。


 これは1878年のロンドン大学医学生エドガー・H・ミハイル氏の研究の延長線上にできた副産物とも言える。


 エヴェレットの多世界解釈というものをご存知だろうか?


 この世には少しずつ異なった世界が存在しているという解釈だ。

 少しずつ変異していった結果として、全く異なった世界が存在することもあれば、また、それらは世界の実像だけではなく「時間の流れ」も異なっているというのだ。


 アインシュタインの特殊相対性理論によれば、時間の流れは「相対的なもの」。

 Aという世界とBという世界を貫くような絶対的な時間などというものはなく、Aから見たB、またBから見たAにはそれぞれ固有の時間の流れが存在しているという理屈だ。


 つまるところ、地獄(死者の魂が行き着く場所)に浸る無数の世界の中には、一人の観測者のいる現在から見て「過去の世界」も存在しているのである。


 また、多次元宇宙論を参考にすれば、「各世界」は全てが特異点に繋がっていると推測されている。


 ここまでの前提を踏まえると、ghost sinking とは、無数の世界を浸している「領域(地獄)」に自動書記を通じて繋がることである。


 例えば大終焉より以前の旧世代終盤。インターネットの普及により人々の繋がりはより緻密に、そして複雑になった。

 そのソーシャルな場は、例えそれに参加している人間が死んだとしても繋がりは続けるし、人の死後も一個人のアカウントは継続される。

 もはやそれを記していた人間は生きていないけれども、繋がりだけが亡霊のように存在し続けるのである。


 それはその人の「生」が投影された繋がりであり、その人をその人が発する言葉以上に物語る。

 それは物でも概念でもなんら変わりはない。


 要するにあらゆる世界において“死”は存在しないのだ。


 現実の人間が実体を失い死んだとしても、二十一グラムの魂は亡霊となって地獄をさまよい続けるのである。




 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓




 自動書記に挿し込まれた死霊と感覚を共有すること。

 それはあたかも自分が地獄に落ちたような感覚に陥いる。

 脳内に無理矢理言語エンジンを使って死霊の同調言語をねじ込まれるのだからたまったものではない。


「エミリも試してみるかい? 初めてだろ? 死霊同調(ゴースト・シンキング)を体感するのは」


「ええ、まあ、アカデミーではそれに関する情報を学ぶぐらいですから」


 エミリは突拍子もないKの提案に内心、心を躍らせていた。


「最初だからパニックに陥るかもしれないけど、ものは試しだ」


 そう言うと、Kは先程拾った9mm口径の薬莢を自動書記(フライデー)の人差し指に触らせた。


「今回の触媒はこれで十分かな。薬莢に記録された記憶から彼らの犯行を監察してみよう」


 彼が自動書記(フライデー)にコマンドを口頭で入力すると、数秒後、その不気味な右腕は掌を開けたり握ったりを数回繰り返し──きっかり10秒後にはぴたりと手を止めた。


「今回は第二象限で事足りるかな。エミリ、僕の左手に触れて。そうすれば君も同調できる」


 未知の体験を前にしてエミリは恐る恐るKの左手に触れると、Kはエミリの手を優しく握り返した。

 彼の手はエミリの手より一回り大きく温かみがある頼もしい手だった。


 初めての感覚に翻弄され緊張するエミリをよそに、Kは最後のコマンドをフライデーに命じた。


「フライデー:同調──開始」


 次の瞬間。


 Kとエミリの目の前に映る光景は暗闇に包まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ