第一章12話 『神の悪戯』
「……了解」
そう答えた瞬間エミリは一気に三人の男たちの元まで距離を詰めていた。
駆ける足音は巧みな足さばきによってほぼ消されていたため、エミリが近づいて来ていることを男達は気づくことさえ出来ていない。
三人の男のうち、最もガタイのいい男にエミリは狙いを定め、その男の膝の部分に足で素早く蹴りを入れた。
膝の部分に衝撃を加えられた男は体勢を崩し、前に倒れこんだ。
「うわっ!?」
「なんだぁ⁉︎ ……ぐっはっ!?」
突如、体勢を崩した男の隣に立っていた長身男が状況を理解する前に、エミリは先制攻撃を仕掛けていた。
その小柄な少女らしい体格からは繰り出されるとは予想もできない右ストレート。
それが長身の男の鳩尾に吸い込まれるようにして入ったのだ。
エミリの拳は小さいが、その身軽なスピードと力の掛け方も相まって、見た目以上のダメージを与えた。
そこで、ようやく三人のチンピラは状況を理解した。
第三者の介入。
小柄な小娘が攻撃を仕掛けてきた事を。
長身の男はエミリに鳩尾に打撃を加えられ、口から唾液を吐きながらノックアウト状態。
体勢を崩された男はようやく立ち上がり、三人目の三白眼が特徴的な男は舌打ちをしている。
三白眼の男が威圧的な声で口を開いた。
「なんだぁお前?」
「…………」
エミリは何も答えない。
「はっ、無視かよ。正義感が強い嬢ちゃんには悪いがこっちは二人掛かりでやらせてもらうぜ」
チンピラといえども、それなりに喧嘩に自信があるようで二人はエミリに攻撃を仕掛けてきた。
最初に三白眼の男が、懐に手を忍ばせるや否や、キラリと光るナイフを取り出しエミリに斬りかかる。
エミリは三白眼の男との間合いを縮め、降りかかってくる刃を回避。
次にエミリは男の伸びきった腕を絡めとり、関節技をかけた。
「イってっ、グアアああああっ」
本来ならば曲がってはいけない方向に男の腕が曲がったのだ。
男の腕に襲ってくるのはとてつもない痛みしかない。悶絶するほどの激痛のあまり、男の手からナイフが離れる。
とどめにエミリは肉付きの良い足を振り上げ、弧を描くようにして男の側頭部を撃ち抜いた。
声もあげることが出来ず、その三白眼の男は地面にキスをする。
カチャンと、
路地裏の石畳に金属と石が触れ合う音が鳴り響いた。
それが、エミリと男達の決着を告げるゴングだった……
「まだ、やりますか?」
ようやくエミリは口を開いた。
「クソッ」
続く攻撃を仕掛けようと試みていたガタイのいい男は口惜しげに舌を打つ。
瞬く間に、二人の仲間をやられたのだ。
この小娘の実力は本物であり、今の自分には勝てる自信がない。
「覚えてろよ。次にこの辺りをうろつくときはせいぜい気をつけろ」
そう捨て台詞を残すや否や、地面に伸びている二人を担ぎあげ雑踏の方へ駆けて行った。
「ふうっ」
緊張を解き解すためにエミリは息を整えた。
異間公安に所属する者には、高い戦闘能力の習得が義務付けられており、エミリの成した一貫の格闘術はその一端である。
エミリにしてみれば三人のチンピラの撃退なんて容易いものだったが、予定の倍の時間を要したことにエミリは反省し、自信過剰な発言を恥じた。
それから後ろを振り返り、残された状況へ意識を向けた。
傷を負った少女と少年は今も必死に痛みに耐えている、というエミリの予想は外れた。
不思議なことに二人は既に回復の傾向を見せている。少年の方は気絶しているが、痛々しい傷口は癒えて塞がっていた。いつ回復したのだろう?
エミリの疑問はすぐに解消できた。
エミリが目を向けた先には、二人の他にもう一人が居合わせていたからだ。
上等監察官Kはエミリがチンピラを相手にしている間、二人に手当てを施していた。
「これである程度は歩けるだろう。彼の方は鎮痛剤を打ったから、しばらくは痛みに堪える必要はなくなるよ」
そう優しく話すKは少女に安堵をもたらした。
少女はほっと息をついて、
「ありがとうございました。窮地を救って頂いただけでなく、手当てもしていただいて」
「いえいえ、当然のことをしたまでですから。でも、良かったですよ。間に合って」
「本当に助かりました」
もう一度、少女は深く頭を下げ感謝を述べた。
Kはエミリに目くばせをした。
さっきのミスについて言及されるに違いないと覚悟したエミリの脳内に声が響く。
《お疲れ様。体術は得意なの?》
Kが拡現を使ってエミリに話しかけてきたのだ。どうやら及第点を下回る評価は免れたらしい。
《これくらいしか得意なものが無いんですよ。それより先輩はいつの間に二人を手当てしたんですか? 全く察知できていませんでした》
《他より少し陰が薄いだけだよ》
そう返したKは悪戯っぽい笑みを作った。
ふいに手当てをしてくれた男が笑ったため、桃色の髪の少女は首を傾げた。
《先輩ってミステリアスですね》
《よく言われるよ。実際は空っぽなのに》
平凡なように見える人に限って隠し事の一つや二つは必ずある。直感だが、そんな考えをエミリは抱いた。
しかし、今は感慨にふけっているべきではない。
初の任務で成果を出して昇進する自信の目標を胸にエミリはKに先を促した。
《事態はあらかた片付いたことですし、正規の任務に戻りますか?》
《実はそれなんだけどさ。問題が生じてね》
Kの不安を煽るようなセリフにエミリは「はいっ⁉︎」と、オーバーなリアクションをしてしまった。
「あの、どうかしました?」
当然、その場にいる桃髪の少女は聞いてくるわけで、エミリはなんとか「えへへ」と、笑いでごまかした。
《問題って悪いことなんですよね? 大丈夫なんですか?》
《いや、悪いというか。むしろ朗報だよ》
いまいち、意味のわからないことを言い出すKは詳細について語る。
《僕らの任務……監察対象キリエ・ミハルなんだけど……》
《彼は消息不明なんですよ。知っています》
今更なにを言っているんだとエミリは焦った。
そんな彼女に対してKは衝撃的な一言を告げた。
《いや、それがね。いるんだよね。ここに》
《えっ!? ……それってまさか?!》
エミリが驚愕と共に視線を向かわせたのは、今も桃色髪の少女に膝枕され、意識を失っている少年だった。
こんな偶然があるというのだろうか? いや、これを神の悪戯だというのだろう。
極め付けにKが事実を述べた。
《そう、彼が僕らの監察対象キリエ・ミハルのようだ》




