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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第一章「Hello,world!」
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第一章11話 『初任務』

 

「とりあえず君にワンクエッション。僕ら異間公安の職務とはどういうものかわかっているかい?」


 エミリは初の上司となる人間に試されていた。

 ここで間違った回答をして第一印象を崩さないようエミリは素早く頭を回転させ、模範となる答えをハキハキと述べた。


「はい──現世と異界の均衡を保ち、そして──合理に基づく正義に則り責務を果たすことであります」


 一言一句違わぬ回答にエミリが喜んでいるのも束の間、


「うん、そうだね。50点」


 Kと名乗る男はエミリの回答にそう返した。


「えっ……と、どこか言い間違えた箇所がありましたっけ?」


 エミリは異間公安の規律を模範に述べたため、絶対的な自信はあった。しかし、彼は半分の点数しかくれていない。

 そんな評価に不服だと言いたげなエミリに向かってKは口を開いた。


「確かにエミリの言った回答は間違っていない。だけどもう半分、この仕事における肝心な部分が入っていない」


「もう半分?」


「僕らの仕事は時に倫理道徳を捨てなければならない。特にこの特異九課はね。異間公安らしからぬ変わった所なんだ」


「そう……でしょうか?」


 いまいち、Kの言うことの意味がエミリには掴めなかった。ということで、今一度異間公安の概要について思い出してみる。

 

 【異間帯捜査局国家公安部・略して異間公安】

 100年前に世界を混沌に落とし入れた〈大終幕(ジ・エルフィナル)〉。その時を節目に作られた機関の内のひとつである。

 目的は数ある異間帯との干渉の抑制、そして異界と現世──その両極の世界の均衡を保つことを名目に活動している。


 異間公安特異課には現在──計九つの課があり、その中でも特異九課は新設されて間もない課だ。

 職務としては監察(異間公安内部の業務状況を監督・査察する事であり、強制力を行使する権力をもっている)ではあるが、特異九課はもう一つの職務を受け持っていた。

 それは、近年少しずつではあるが増加している“追放者(エクシリアド)”の監察および執行である。


「“追放者”は近年、問題視されていることは知っているよね?」


「はい……現世から異界へと飛ばされた人達のことですよね。俗に言う転移者・転生者みたいな」


 エミリが同期の友人から聞いた話では、旧時代、電子媒体の娯楽小説にそういう話が度々創作されていたらしい。

 今となっては深層webに埋もれ混んでいるようなネタではあるが……


「問題は彼らの死人化。20年前のあの事件から全てが始まったのはご存知の通り。と言ってもまぁ……彼らに非があるわけではないけど、死人化した彼らは二つの世界にとっての害と化す」


「だから私達が彼らの運命の行先を決めると……嫌な職場ですね」


「上のお偉いさんが決めたことだし仕方がないさ。とにかく僕らはその職務を遂行しなければいけない。で、話は戻るけど、君も僕もこの仕事に向き合うためには下手な倫理観は捨てる。これがもう一つ君の心に刻んでおくべきことだ。期待しているよエミリ一等監察官」


「分かりました。肝に銘じておきます」


 まだ腑に落ちないことをエミリの表情から汲み取ったのかKは意味深に微笑むと、


「よし、ー度経験してみないと分からないと思うし、前置きはこの辺にして仕事を始めようか」


「はい」


 この世界の仕組みを知っているかのような会話を終えた二人は、人混みの中へと足を踏み入れていった。




 ◯




 大通りの賑やかな道をKとエミリは肩を並べて進んでいく。

 二人はこの世界の住人ではないが、上手く周りの環境に溶け込んでいた。

 補色迷彩が制服に組み込まれているため、その場の環境に合わせて服装を偽装することができるのだ。


 エミリは街娘風の格好であるのに対し、Kは冒険者を模した装いで身を包んでいるため、少々アンバランスではあるが、そんな些細な違和感に気付くものなど誰もいない。


「それにしても今日は天気がいいね。仕事日和だ」


 横を歩くエミリの上司であるKは呑気に話しかけてきた。彼の目は半分眠たそうな目であるのに、やたら声はハキハキとしている。


「この世界は比較的、天候に恵まれていますから」


 初めての仕事に緊張しているエミリは真面目な答えしか出てこない。

 自分がつまらない人間であると思われたくないがために、色々なシュミレーションを行ってみるものの最適なワンセンテンスは浮かび上がってこなかった。


 外見は冷静を装いつつ、内心は大変焦り気味の新米監察官エミリ。

 その様子を見て察したは先輩らしく声をかけた。


「肩に力が入りすぎ、もうちょっと楽に行こうよエミリ。しりとりでもする? じゃあ僕から──鼻血(はなぢ)


「えっと……自転車」


 すると、Kは憎たらしいほどのドヤ顔で


「残念でした〜〜。鼻血は『し』にじゃなくて、『ち』に濁点ですぅ〜〜〜。『じ』ならあるけど、『ぢ』で始める言葉はほぼ無い。まさに盲点」


 と、戯けた。

 その様はあまりにも大人げなくて、


「雑にイラつきますねそれ」


「だろ? 僕も昔、やられたことがあってね。エミリと同じ気持ちになったよ。しりとりにおいての最強ワードとは『鼻血』覚えておくといい。あ、それと『痔』は故Wikipedia先生によると、『じ』だってさ。まぁ、どっちでも変換できるんだけど」


「でもそれだと自分のターンの場合、相手に『は』で終わる言葉を言ってもらわないとですよね」


「おっ鋭い。それがオチ。実は『は』で終わる言葉もほとんど無いって話」


「一気に気が抜けたんですけど」


「それくらいでいい。ずっと気を張り詰めすぎていると、ここぞって時に最大限の力が発揮出来なくなる。先輩からの最初のアドバイスだ、心のノートにメモりなさい」


 エミリがこくりと頷くのを確認すると、Kは「よろしい」と息を引き継ぎ、


「今回の任務内容はもちろん知っていると思うけど、歩きながら整理するよ」


「ハイっ」


 エミリは『任務』と聞いて、歩いている道の出っ張た所に躓きそうになるも、返事だけは立派に言った。


「今回の任務内容は脅威判定C──“追放者”キリエ・ミハルを監察し規定に従い対処することだ」


「当初はそうでしたけど、今は問題が起きているんですよね」


「そう、なにせ彼が確認された例の施設が盛大に爆発。未だ彼の消息は不明のまま……事態は思ったより深刻なんだよね。どうしたもんだか、今日はついてない」


「あの、わかっていても、もう少しオブラートに包んで言ってくれませんか? 私、今日が初任務なんですよ」


 深刻な事態と聞いてつい、冷静な振る舞いが崩れるエミリ。


「ごめん、ごめん。でも、安心してよ。必ず任務は遂行する」


「頼みますよ、先輩」


「────」


「何か……変なこと言いましたか?」


 上司が急に黙ったので、何かいけない事にでも触れたのかとエミリは恐る恐る尋ねる。

 一方で、Kは何か感慨深い事を感じたそぶりを見せた後、いつもの柔和な顔に戻った。


「ああ、ごめん。大丈夫……気にしないで」


「えぇ………はっ! いや、そんな事を言っている場合じゃなくて!? 今からどうするんですか?」


 話が脱線している。

 これからどう任務を遂行するべきかかエミリは焦っていた。


「まずは商会で何が起こったのかを捜査して、監察対象の生存確認。生存が確認された場合は監察処置レベル3で対処する」


「ずいぶんと強引ですね。ですが、私もそれが最適解だと思います」


「じゃ、始めよ──」


 Kが話し終える前に少女の悲鳴が入り込んできた。

 それはエミリから見て左手の狭い路地裏から聴こえてくる。

 Kはエミリに目配せすると、後ろについてくるように促し、事件が起きているであろう細い路地裏に入っていった。




 ◯




 そこには5人の人影が見受けられ、男3人が少女と少年を取り囲んでいた。


「やめてください……この人は傷を負っているんです。早く手当てをしてもらわないと」


 そう言う彼女は血まみれの少年を両腕で大事に抱えこんでいる。

 これ以上彼を傷つけさせまいとする彼女の姿勢は凛々しく見えた。


「知らねーよ。立場わかってんのか? さっさと出すもん出せって」


「どうせ持ってないだろ、こんな身なりじゃ何も隠せねーよ。それよりよく見りゃこの女、めんこい顔してるじゃねーか。バレンタインの旦那のとこで売れば金になる」


「お前……たまに冴えているよなぁ。俺も賛成だ。こんな上玉珍しいぜ」


 侮蔑と嘲弄混じりの視線。そしてクズとしか言いようがない会話。

 見た目が20代そこそこの男達は、内面の卑しさが薄汚い身なりと顔にそのまま表れている。

 路地裏にたむろするハイエナ──街のチンピラだ。


 そんな状況を目の当たりにした監察官Kとエミリがなすべきことは決まっていた。

 Kはエミリに命令を下した。


「さてと、仕事だ。30秒でいけるかい?」


「20秒で済ませます」


 エミリはそれだけ言うと、目の前に広がる事態を解決すべくその場に突っ込んでいった。


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