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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第一章「Hello,world!」
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第一章1話 『飢えた羊は』



 



 その日、その男は軽やかな足取りで歩いていた。




 体格は中肉中背であり、身長は平均的。少し猫背である。服装はグレーのつなぎのみ。

 それだけでもだいぶ珍奇な格好であるのに、なおかつ男は、白塗りの肌が目立つ能面をつけていた。


 細く赤い唇と表情の乏しい目は空虚を漂わせ、不気味な雰囲気を纏っている。


 男の存在はあまりにも周りの環境に馴染まないため、すれ違う者は誰であれ、一度立ち止まり振り返ったほどだった。

 なにせ男の周りを行き交う者たちは世界観がまるで違う姿、服装をしているのだから当然といえば当然なのかもしれない。


 そんな周りの世界とは掛け離れた存在である彼は、自らを注視する他人の目などお構いなしに黙々と歩いている。明確な目的地があるような足取りだ。


 やがて、男は騒々しい大通りから人気の少ない裏路地へ足を踏み入れた。陽の当たらない、暗くて冷たい寂しいどこかを目指すように。

 そうして、彼はその奇妙な姿を完全に消したのだった。


 この一連の出来事は周りからすれば不可解そのものであったが、変わらず時は進んでいく。


 今日もこの世界は平和だった。




 ◯




 能面の男が迷路のように複雑な路地を進むと、少し開けた空間に出た。

 そこは用水路の入り口に繋がる場所だった。

 煉瓦造りの開口部には鉄格子が等間隔にはめ込まれている。手入れをされていないせいで、数本の格子が錆びて脆くなっていた。


「お前で最後だ」


 能面の男が振り返ると、向かいの壁を背にして話しかける人物が一人。その横にもう一人。

 片方は体型が長身でもう片方は小柄。彼らもまた、お揃いのツナギとマスクで身を覆っていた。


「3人お揃いで行くぜ」


「なんだぁ?! そのマスク!? ふざけてんのかァ?」


 小柄なマスク男が真っ先に能面の男の顔を指差し、声を荒げた。


「静かにしろ。テメーも大概じゃねーか。映画の見過ぎだバカ」


 長身のマスク男は小柄なマスク男の後頭部を小突くと、呆れたように言った。彼らはお揃いのピエロマスクだった。

 長身の男は鼻の尖ったピエロで、小柄な男は頰が爛れたピエロだ。


「恐怖を与えるのはいつだって道化師だろうが。テメーこそバカだぜ」


 愚痴を吐き返す小柄なマスク男は、火薬や様々な気体の圧力を用いて“弾丸”と呼ばれる小型の飛翔体を高速で発射する殺傷兵器のコッキングレバーを引いた。

 初弾が装填され、カチャリと金属同士が触れ合う音が漏れた。

 もう一度念を入れるような口調で彼は問う。


「こっち側で使っても問題ねえんだよな?」


「ああ、偽装タグの特注もんだ。まずはバレねぇ」


「どうせブッ放すなら光針銃レイ・ニードル粉塵銃ダスト・ガンだろ。他になかったのか? こんな旧時代のレトロ武器、なんの役に立つってんだ」


 そう言って、手元の銃身を指で弾いてみせる。


「これだけさ、贅沢言うな。今じゃなんでもかんでもタグ付きってことをお忘れか? 光針銃なんて使ってみろ、すぐに烏の連中に見つかってパーだ」


「わーってるよ。わざわざ大金注ぎ込んで仕入れたんだ。見返りはあって当然だぜ。クソッ、ほんとに山分けなんだろうな」


「さっきから愚痴が長げぇぞ。そいつはボスに聞け」


「ボスは高みの見物だろうが、自分は手を汚さずによ。たち悪ぃ」


「そーだな。あとでいくらでも聞いてやるさ。時間だ。準備しろ」


 三人のマスク男たちは装備を一式点検し終えると、地下道へ繋がる抜け道へ入っていった。


「本命は?」


「指定ポイントで待機中」


 暗くて狭い空間をしばらく進んだ先に、用水路に似つかわしくない、整備された回廊が現れた。

 両側に統一感のない扉がいくつも備え付けられている長い回廊だ。

 先頭を務める長身の男は迷いなく突き進み、とある赤い扉の前で立ち止まった。


「取引所はこの先だ。焦って殺りすぎるな」


「ああ、わかってる。それからお前、緊張しすぎだ。喋れんのか? そんな趣味の悪いマスクつけてるからそうなるんだ。しっかりしろ」


 小柄なマスク男はそう言って能面の男の肩を叩いた。


「Here we go」


 軽い掛け声を合図に、三人のマスク男達は扉を潜り抜け、突入した。

 連携のとられた足並みで向こう側に侵入すると、銃器を天井に向け、引き金を引いた。


 小刻みに鋭い音が空間を蹂躙する。

 賑わっていたフロアに静けさが訪れるのに、数秒もかからなかった。


 そこには交易場が設けられており、商会員と行商人が机を挟んで商談し、交易品と代金とを引き換える場所になっていた。


 静寂が訪れる。


 突如現れた三人に対して、皆困惑を隠しきれない。

 奇妙な格好をした人間が筒状の物体を握りしめ、鼓膜が破れそうな音を鳴らしながら入ってくれば、何事かと思い、静かになるのは当然であった。


「頭を下げろ! 下げなきゃ殺す!」


 小柄な男がドスの効いた大声で叫んだ直後──商会の用心棒らしき大男を先頭にガタイの良い数人の男達が三人のマスク男達の前に立ち塞がった。

 大男が凄みのある睨みを効かせながら、


「オイオイなんでここに鼠が三匹湧いてんだァ? 白昼に堂々と健気なこった。とりあえず度胸だけは褒めてやるよ」


 普通の人間であれば震え上がり腰が抜けてしまいそうな威圧である。

 しかし、マスク三人組は鼻から障害と思っていないようで、長身の男は無言で短機関銃の先端を大男に向けると、躊躇なく引き金を引いた。


 またもや鋭い音がしたと同時、大男は胴体から血を派手に撒き散らしながら倒れた。

 巨漢の身体から真っ赤な絨毯が広がり、辺り一面を埋め尽くしていく。

 束の間の静寂の後、返り血を浴びた女が甲高い悲鳴を上げたところで、状況は一変した。

 三人の奇妙な男たちは危険と認識されたのだ。


「かかれっ!!」


 用心棒の男たちはすぐさま剣で対抗しようとするが、それも虚しく、三人が使う銃器によって呆気なくなぎ倒されていく。

 その有様をただ傍観するしかなかった多くの者は、あまりの状況に体が硬直し、同時に今、むやみに抵抗するべきではないと本能的に判断した。


「おい、今の見たよな? 俺たちに抵抗したらこうだ。分かったらさっさと下を向けッ!」


 長身の男が銃口を向けながら、抵抗の意思を削いでいく。

 一方で先程から終始無言の能面の男は荷台で引いてきたガスボンベを垂直に立ち上げると、バルブを三回転ほど捻った。


 その直後、ボンベに繋がるチューブからかすれた音と共に無色の気体が放出し始めた。

 同時に、パタリ、パタリと抵抗の意思を削がれた者達が昏睡していく。

 非致死性の催眠ガスの効果は絶大だった。勿論、ガスマスク付きの仮面をあらかじめ取り付けている男達には関係ない。


「楽勝だぜ」


 全ては手筈通りに事が進んでいた。

 いつも通りの要領で計画を立て、いつも通り実行に移す。()()という場所において、これほどやりやすい仕事はなかった。


 しかし。


 声をあげた直後に、小柄な男のマスクの横を鋭い塊が掠った。

 浅い切り傷からじんわりと赤い血がにじみ、破壊されたマスクが派手な音をたてた。


 ……は? と。

 一瞬、小柄な男の思考が空白に染まった。

 男の頰を掠めたそれはナイフでも矢でもない。数センチの鉛の塊。生物を殺傷するためだけに作り出された飛翔物。


 男が反射的に銃口を向けた先に見えたのは黒ずくめの人間だった。

 最初は誰もいないと認識していたはずの空間から透明のベールを剥がすようにして彼らは出てきた。

 まるで最初からこうなることを予想して待ち伏せしているかのように。

 充満するガスから浮かび上がり、透明から黒へと完全に形が露わになる。現れたのは5人。


 くぐもった声が淡々とこう述べた。


「状況開始」


 事態が動く。

 タタタタタタッ!! と、得体の知れない金属音が連続する。

 突如、どこからともなくフロアに現れた5人の集団はマスク男達以上に異様な存在だった。

 黒いヘルメットに黒い防護マスク、そして上から下まで真っ黒な装い。各々の両手には筒状のごちゃごちゃした物体が収まっている。

 その物体がハイテク装備で飾られたアサルトライフルだと気付くのに小柄な男は数秒を要した。


 罠だ。

 罠に掛かった。


 ようやくそれだけ分かった小柄な男の鼓膜に、最後に届いたのは頭蓋目掛けて放たれた点射の音だった。


 小柄な男、長身の男、能面の男。

 一人、二人、三人とマスク男達は手際よく薙ぎ倒され、数秒後には催眠ガスの噴出する音だけが響いていた。

 確実で、瞬間的な殺し。完璧に命を刈り取る術である。


 影から這いずり出てきたと表現してもおかしくないほど黒で身を固めた集団は、コマンドで動く機械の如く、辺りに散らばりクリアリングしていく。


 その中の一人、青い腕章を巻いた男が倒れた死体の内の一つに駆け寄った。

 能面の男。仰向けに倒され、ピクリとも動かない。


 ──が、しかし。


 腕章を巻いた男はその死体の脇に屈み込むと、こう囁いた。


「飢えた羊は?」


「──牧羊犬を喰う」


「誘導ご苦労」


 腕章を巻いた男は手を差し伸べる。

 すると、あろうことか銃弾を浴びて死んだはずの能面の男はむくりと起き上がった。

 確実に殺される鉛の塊を浴びたというのに。

 頭の他にも身体の複数の箇所に穴をあけられているはずなのに。


 されど、男は痛む素振りすら見せず、起き上がり、差し出された手を取ったのだ。


「ペイント弾の威力はどうだい?」


 能面の男は右手で爆発したジェスチャーを送ると、腕章を巻いた男は「そりゃ良かった」と戯けたような口調で返した。


 建物の中は依然、催眠ガスで溢れている。

 能面の男は再起したが、残る二人の男は手を差し伸べられることもなければ、ゾンビのように動き出すこともなかった。

 完全に骸と化していた。完璧に機能された殺傷兵器を持つ人間の手によって。


「バカげた茶番はこれっきりだよな」


 どこか憂うような彼の呟きに、能面の男は首を縦に振り肩を叩いた。

 どんな思惑が渦巻いているのかマスク越しでは伝わらない。でもそれだけで十分だった。

 必ず成さなければならず、失敗してはならない。多少の犠牲には目を瞑れ。

 この作戦を始める前に何度も心中で反芻してきたことだ。


 束の間の緊張の緩みは一瞬で消え、二人はフロアの奥に位置する階段へ向かった。

 能面の男はツナギを脱ぎ捨てると、ショルダーバックから同じアサルトライフルを取り出し、マガジンを入れ替える。

 防護マスクの方は予備を持っていないのか、定期的にくぐもった呼吸音がリズムを刻む。


 別フロアへ繋がる階段の手前。

 黒ずくめの装備で身を固めた男の一人が腕章の男に報告した。


「アルファの処理完了。レッドチームが60秒前、作戦行動に移りました」


「了解した。ブルーチームはフロアにて待機。外部からの接触に注意しろ」


 死体の処理をしていたのか、彼の身なりは所々血で汚れている。

 もっとも、黒地の上ではあまり目立たないが。


「偽装するためとはいえ、巻き込みすぎでは?」


「作戦は予定通りに進める。不満があるなら任務を完遂してから言え」


「イエスですブルーロック」


 能面の男を含めた六人はフロアに散らばり、彼らの作戦は進行していく。

 飛び散った埃とまだ新鮮な血肉の臭いが辺りに漂い、催眠ガスの噴出音は止まっていた。


第1話をお読みいただきありがとうございます!

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