Case 17-3
2020年8月11日 完成
2021年3月12日 ノベルアップ+版と内容同期
左の道の先にあったのは更なる異世界と、退魔師を名乗る二人の少女であった。
その片割れの間割から勝負を仕掛けられ、トドメを指される瞬間にまた別の空間へと飛ばされた。
【5月6日(水)・深夜(3:20) ?????】
「息災か、我が眷属よ」
目を開けると濁流ではなく、弘治の姿があった。
いつの間にか異世界から弘治の家へと変わり、八朝は混乱してイマイチ反応が悪い。
『ふうちゃん、本当に大丈夫?』
「……まぁ、大丈夫だ」
ようやく落ち着いたところで、弘治から飲み物を渡される。
「左の道に行ったな?」
コーヒーを口にするよりも早く、弘治の確認めいた疑問が飛んでくる。
八朝は隠す事も無く無言で首肯する。
『もしかしてさっきの瞬間移動は』
「然り、我が『白蜻蛉』の異能なり。
我が力は盗み、掠め取り、運び去る白き蜻蛉」
言い方が意味不明であるが、つまりは蜻蛉型の依代に触れたものを中に仕舞って持ち運ぶ能力である。
後遺症も『体温が際限なく上がり続ける』熱中症と、泥棒づくめの異能力であった。
「最初から仕込んでいた事はこの際何も言わないが、助かった」
「いや、礼には及ばぬ
眷族の身を案じるのも主人の務めに相違ない」
弘治がこちらにニヤリと笑いかけ、脱線した話を元に戻す。
「左の道を選んだのであれば『妖魔』恐ろしさ、身に染みたであろう」
「いや、俺が会ったのは確か『退魔師』だった」
「ほう、では幸運であったな」
弘治も椅子に座ってコーヒーを飲む。
ここで一つ疑問が湧いて来た。
「弘治も左の道に行った事があるのか?」
「然り
我の時は『紫府大星』と名乗る妖魔であった」
曰く、尊大な女性型の化物で、自らを『極天の妖』と名乗っていた。
学園でも指折りの異能力者だった弘治ですら手も足も出ず、逃げるだけで精一杯であった。
「我ですら敵わぬ者がいると知った
その時より我はこの穴倉に籠り、深淵の叡智の守護に心血を注ぐ事に決めたのだ」
「……そうか、今後は気軽に立ち寄らない事にしよう」
「そうするといい」
珍しく自然な笑みを見せる弘治。
それも知らずに八朝が本題を切り出すことにした。
「それで、この時間に呼んだのは?」
「ああ、そうであるな。
ではこの本を見るがよい」
弘治から渡されたのは、いつも通りの中身が真っ白な本である。
だが、八朝と弘治にだけは時折文字が見えるという不思議な特徴がある。
手渡された本の題名を見た瞬間、八朝は驚愕の表情を浮かべた。
「その反応、やはり眷属関連のものだな」
「ああ……これは俺の故郷の事が書かれてる」
『鷹狗ヶ島郷土史』と書かれたタイトルの下に、左海重光と見覚えのある名前が載っている。
目次を見ても地区名、名士一覧、施設名、そしてイザナミ教なるこの島独特の信仰体系に至るまで一致している。
「その島は我が記憶に依れば7年前の海底火山噴火で突如出現した無人島であるが」
「ああ、俺の記憶では3つぐらいの集落がある島だった」
目次の時点で記憶通りだったのでこれ以上の探索は必要なく、本を机の上に置く。
手持ち無沙汰になった本をエリスが浮遊魔術で1ページずつ捲っていく。
『へぇ~なんかアスファルトじゃない道多いね』
「舗装は島の中心部ぐらいだ
俺がいる集落なんかは道どころか林の中にあったからな」
『それってもしかしてこの『名張沢』ってところ?』
エリスが見せてくれた写真には雑木林の中を通っている土の道と家が数件の寂れたものであった。
間違いなくあの時の記憶遡行で見た自分の家付近とそっくりであった。
「ああ、そこだ」
『あれ? それ本当なの?』
「……どうした?」
『この名張沢の説明に1年前の土砂崩れで集落が全滅したって』
「ああ、うちも被害を受けている」
あの土砂崩れの跡はどうやら事実のモノであったらしい。
「その本は眷属らに必要な物であろう、取っておくが良い」
『え!? 本当に良いの?』
八朝以上に食い気味でエリスが聞き返す。
弘治も『我が持っても意味は無いだろう』と快諾する。
「嬉しそうだな」
『いや~だってふうちゃんの記憶だからね!』
「まぁ、そうだな」
エリスが郷土史を大切そうに浮遊させている。
八朝にとってはある意味トラウマの一品でも、八朝の故郷について知りたいエリスにとってはこれ硫黄に無い宝物であった。
「ああ、エリス殿は隣の部屋で自由に読むといい」
『本当!?
ん~でも、ってことは内緒話?』
「然り、後で甘味を馳走してやろう」
エリスが意気揚々と閲覧室へと飛び去って行く。
「郷土史が本命じゃないのか?」
「そんな訳なかろう
我の出したる急用、貴様にとっては生死を分かつ重要な情報であるからな」
弘治が神妙な顔で真の本題を持ちかけて来る。
ただ、その前に八朝も聞きたい事があるようで、彼が話し出す前に口をはさむ。
「何か対価が必要か」
「いや、結構。
命に係わる情報で売り買いする程我は卑しくもない」
「だったら、どうして俺にここまでするんだ?」
弘治は『我が眷属であるからな』と当然のように返す。
しかし、八朝からの反応が皆無であったので仕方なく訥々と語り始める。
「我は穴倉に籠ると決めてな
妖魔すら通さぬここまで至った異能力者が一人も現れなかった」
「我が旧き級友も、我を鍛えし先達も、生徒会長なる支配者であっても、途中で逆方向に進み始めた」
「……それは篠鶴七不思議の『渡れずの横断歩道』って奴か」
然りと弘治が答える。
本来は南鳴下の踏切の事を指したものであるが、似たような現象がフォレストラットの真下付近でも起きていると噂されている。
無論、隠し通路もフォレストラットの真下を通っている。
「しかし眷属、貴様だけは違った
我が招集に応え、どういう訳か我が穴倉まで本当に馳せ参じた」
「これを忠臣と言わずして何と言うか」
八朝は大げさだと思いつつも、そういう考え方もあるのかと一人納得していた。
「我は眷属を無二の友人と思っているぞ」
「……」
「眷属よ
その顔は感想しか思い浮かばなかった顔であるな」
「いや……」
「感想は述べてこそだ、そうでなければ三刀坂にも逃げられるぞ」
八朝がコーヒーを詰まらせて咽始める。
恐らくは弘治の異能に『概念的な侵奪』、即ち今までの会話が盗聴されていたのかと推理する。
「そんな事は……」
「まぁいい、眷属よ
貴様には我自ら最大の恩寵を授けている、有難く思うが良い」
「そうだな、ありがとう」
一頻り脱線が終わったので、咳払い一つで再び本題に戻る。
「眷属、貴様が『カマイタチ』と呼んでいる化物であるが……」
「貴様をターゲットにした上
1/3級にまで進化したことを確認した」
次でCase17が終了します




