Case 16-5
2020年8月8日 完成
2020年8月9日 誤字修正
2021年1月26日 日付変更
2021年2月12日 ノベルアップ+版に先んじて同期完了
【5月5日(火)・朝(11:20) 地下迷宮・第一層大広間】
赤子の鳴き声が止まない。
微かな声であっても、明確な殺意を以て上げた声は耳にこびり付く。
『……』
こちらをカメラアイで睨みつけるエリス。
先程の霧を食べた事で残り2回電子魔術が放てる。
初級水属性電子魔術以外に直接攻撃手段は無いが
糸の異能力と合わせられたら厄介である。
なのでまずは糸の異能力から無力化する事にした。
『謌代→陲ゅr蛻?°縺、 豎昴?蜷阪?……』
『Aglhhf!』
八朝の詠唱が終了する前に糸の異能力が発動した。
周囲の大岩を糸で掴み、八朝を叩き潰そうとする。
『Ghmkv!』
『Hpnaswbit!』
八朝は岩の一撃が避けられないと悟って脳死突進を仕掛ける。
同時に弓矢を展開し、走りながらできるだけ相手に当たるよう狙いをつけて矢を放つ。
それをエリスの障壁魔術が受け止めて直撃を防ぐ。
万策尽きた八朝目掛けて放たれた岩の一撃が
障壁魔術に阻まれて明後日の方向に弾き飛ばされる。
但し、その衝撃で八朝の足が止まる。
「ちょっと!
何やってんのよ邪魔よ!」
『あなたこそ糸で八朝を縛らずに何やってんのよ!』
障壁の内側で仲間割れを起こしている。
偶然降りかかったチャンスを逃さず、八朝が固有名を叫ぶ。
『Ghmkv! Ghmkv!』
直径が2メートルもある巨大な歯車を彼女らの真上に呼び出して、自重で落下させる。
これも障壁魔術で防がれる。
『ふん!
八朝の異能力に攻撃力が無いから大丈夫大丈夫』
「本当?」
疑問の言葉を口にしながらも糸は次なる大岩を掴んで攻撃態勢を取る。
今度は障壁や外壁に当たらないよう大振りに勢いをつける。
「この一撃で目障りな歯車ごと砕いてやるわ!」
「……ッ!
『Roonjmd』!」
最後のあがきに鹿室が固有名を叫ぶが何も起きない。
あの糸の能力は相手の能力まで縛ることが出来るらしい。
だが、糸であるが故の弱点が存在した。
「!?」
一撃で粉砕してやると上げた声が、不自然に途切れた。
八朝はこの状態に心当たりがあった。
それはいつかの部長が言っていた比婆を第二異能部に入部させない理由。
『彼はたとえ異能力があったときでも無理だわ。
何しろCONが0……かすり傷が付いただけでも依代が砕けて倒れてしまうもの』
更に先程の異能力は火傷の歯車だけではない。
その裏でもう一つ、種の状態で軟着陸を行って障壁を通り抜けた苗木が今芽吹く。
苗木の状態異常は呪詛。
彼女の異能力は、呪詛のスリップダメージの1回目で砕け散った。
支えを失った大岩が化物の後方で落下する。
『ごめんねーびっくりさせて
お前ら絶対に許さないからな』
「ああ、とても残念だがもう終わりだ」
八朝が徐に片方の靴を脱ぎ、前方に投げつける。
「お前の母親はこれだ」
『何言ってんの馬鹿じゃ……』
大音響が敵意で満ちた会話を引き裂く。
赤子の化物が邪魔な巨大歯車を払いのけ
こちらに向かって『はいはい』で突進してくる。
『!?
あ……あれ、今まで何を……?』
すんでのところで躱したエリスが唐突に正気に戻る。
そんな事もお構いなしに
化物はまるでおもちゃ箱をひっくり返すように土を巻き上げる。
「八朝君……これは一体……?」
「佐渡島に伝わるある妖怪からの逃げ方なんだが、まさかここまで効くとは……」
やがて目的の靴を発見すると、大切そうに握りしめ、その手ごと頭の鋏で両断した。
恐らくこの化物の倒し方なのだろう、魅了した相手を握ってその体を鋏で切り裂く。
「言っている事が良く分からないが、これなら大丈夫。
後は僕に任せて」
鹿室が抱えていた少女……比奈をその場に寝かせると、静かに固有名を呟く。
化物の周りを小さくも荒々しい嵐の雲が纏い
その体をバラバラにするまで雷鳴の如き悲鳴を上げ続けた。
◆◇◆◇◆◇
「第二異能部ですか?」
「ああ、俺が再建することにした」
鹿室にこれまでの経緯と、第二異能部に入ってほしい旨を話す。
ただ、彼が渋い顔をするのにも心当たりはあった。
「……すみません、魔王討伐の使命が先なので」
「その魔王討伐に協力できると言ったら?」
八朝が話し始める。
第二異能部が持つ情報網、それと先程の化物を無力化させた第二異能部の戦力。
それらの提供が可能と聞いた鹿室が更に質問を投げる。
「……八朝君の独断って訳にはいかないでしょう」
「ああ、だからうちに入って情報を盗むだけでも構わない」
それは明らかな利敵行為なのだが、なりふり構っていられない。
鹿室も顎に手を当てて考え込みながら話を続ける。
「……あと八朝君
もう危険な真似はしないんじゃなかったのか?」
「それについては心配ない
部長としての確認作業と、非戦闘系の依頼しかやるつもりはない」
少しの沈黙ののちに、首を振って了承する。
その陰に隠れて少女が八朝を見つめている。
「それとこの子は?」
「ああ、彼女は1年の曲橋比奈。
色々あって僕の魔王討伐を協力してくれる子だよ」
「よろしくお願いします」
彼の説明によると、3月ぐらいに辰之中で助けたらしい。
1/4級になってもCON値が0でまともに戦えない彼女に
何かと協力していくうちにこのような仲になったという。
「そうか、仲間が出来たんだな」
鹿室が魔王討伐を優先し過ぎるきらいはあったが
これを見る限りは杞憂に終わってくれたらしい。
「彼女の為にも、何としても魔王を倒して異能力も化物も消さないとね」
「……そうだな」
「じゃあ、私も入部しますね」
八朝が素っ頓狂な反応を返してしまう。
あっさりと予定人数が埋まってしまった。
「いや、無理に……」
「鹿室様に協力してくれるならあなたも味方です、これからもよろしくお願いします」
洗脳されていた時とは打って変わって冷静沈着なトーンで押し切られてしまった。
◆◇◆◇◆◇
使用者:比婆陽介
誕生日:5月22日
固有名 :Aglhhf
制御番号:Sln.139006
種別 :S・VENTI
STR:1 MGI:1 DEX:4
BRK:4 CON:0 LUK:3
依代 :糸
能力 :糸による物体操作
後遺症 :飛蚊症
備考:
・該当『症例』は現在完治している
引き続き、原因究明に努めよ
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■■■■■■■ 16-a 継承 - Inheritance
END
これにてCase16、第二異能部超高速再建回を終了します
それ以外に何か気になる点ですか……?
勿論後日ストーリーに組み込んでいきますのでご安心ください。
少なくとも、この回の伏線はCase30までに回収されます
次回は早速天ヶ井柚月に関する回となります
そして、Case09で出て来た『とある人物』が……
それでは次回乞うご期待下さいませ




