Case 16-3
2020年8月6日 完成
2021年1月26日 日付変更
2021年2月12日 ノベルアップ+版に先んじて同期完了
三刀坂の入部によって残り3人となった。
今日はこれ以上残っても生徒がいないので家に帰ることにした。
【5月4日(月)・昼(14:30) 抑川地区・太陽喫茶居住スペース】
「おかえりー!」
無邪気な声と共にやってきた衝撃で受け身を取れずにそのまま倒れ込む。
もしも床材が石の玄関だったら死んでいた可能性も否定できない。
八朝が呻き声を出すよりも早く、押し倒した相手の言葉が割り込んでくる。
「遅かったね、ふうちゃん」
「……ちょっと部に挨拶をしに行ってな」
馬乗りのような状態を気にすることなく天ヶ井柚月が無邪気な笑顔を向けてくる。
何かの陰に逃げがちな少し前の彼女ではあり得ないようなリアクションである。
「うわぁ……いたそう」
実に他人事な感想を投げたのは柚月の姉である咲良である。
日々化物にどつき回される異能力者としては特に痛くもかゆくもない。
そこにエリスの妖精魔術が掛けられる。
『……っと、これで問題ないね』
「ああ、ありがとう」
ポケットから出してやって、そのまま気ままに宙に浮き始めるエリス。
浮遊魔術で起こされた後も柚月が全く離れようとしない。
「……そんな目で見なくてもいいんじゃない?」
咲良が助け舟をやんわりと拒絶して最早取り付く島もない。
このままではマスターからの鉄拳制裁は不可避。
あの一撃はぶっちゃけさっきの数百倍痛いから困る。
ふと、柚月の鼻息が少々鋭い。
「何やってんだ……?」
「……これ、みーちゃんの匂いだね」
どうやったらそういう結論に至るのか八朝には皆目見当がつかない。
だが、まさかの大当たりである。
「あ、会ったんだね」
「まぁ、三刀坂も関係者だからな……」
三刀坂はEkaawhsの一件で間接的に第二異能部に関わっている。
もしかすると彼女が部室までこっそりやって来たのはそういう理由なのかと邪推する。
「もしかしてさ、第二異能部を作り直す気?」
「……部長の恩人に頼まれてな」
それを聞いた柚月がぱっと離れて考え込む。
『あと3人必要なんだよねー』
「んー……だったらわたしが入ろっかなー……」
「……勘弁してくれ」
そもそも咲良は榑宮高校の、しかも生徒会長である。
優秀とは聞いているが、家ではこんな感じで
どう考えてもトラブルメーカー確定である。
八朝の他に面倒事を持ち込む輩が増えるとそれはそれで困る。
「お姉ちゃんが駄目なら私が入ってもいいかな?」
その言葉で3人とも一瞬驚愕の表情を浮かべる。
性格が変わったとはいえ、柚月があまりにも積極的過ぎる。
『ふうちゃん……』
「いや、言い方が悪いが断罪者が入ってくれるとこちらとしても有難い」
柚月は学園で五指に入る異能力者である。
自分に近い人間で信頼はでき
戦力から荒事や『広告塔』にも適性がある。
これ以上に無い逸材ではあるのだが……
(……本当にこれでいいのか?)
恐らく咲良も同じ考えに至っているのだろうか、不安げな表情である。
性格が変わったとはいえ、あの柚月に危険な事を任せても良いのだろうか……
「一つ言うが、第二異能部は他とは違って危ない事もやっているのだが……」
「任せて!
これでも断罪者って伊達に呼ばれてないから!」
覚悟は取り敢えず大丈夫だろう。
三刀坂と確認を取り、4人まで確保した後ぐらいがベストだろう。
「とても有り難いが
もう少しだけ考えさせてくれ」
「うん、わかった!
それじゃあ待ってるからねー」
柚月が屈託のない笑顔を浮かべて、ぱたぱたと共用リビングの方へ駆けて行った。
残された咲良からの視線が少し痛い。
「……まだその気はない
本当に集まらなかった時だけにするつもりだ」
『それはべつに気にしないよ。
でも最近のゆーちゃん、ちょっとおかしくない?』
その疑問に答える術を持っていなかった。
八朝よりも一緒にいた時間の長い咲良の所感で
この場の人間の中では最も説得力がある。
『……誰かと入れ替わっているとか?』
「そこまでじゃないよ
だって仕草とか記憶とかもバッチリだったし」
この性格の変化は今朝からであった。
突如打って変わったように積極的になった柚月に
マスターも最初はたじろいでいたものの、今では慣れて普段通りに接している。
「俺の方からも少しずつ調べてみる」
「うん、たすかる」
それでも咲良の不安を晴らす事は出来なかった。
【5月4日(月)・昼(14:50) 太陽喫茶・自室】
部屋に戻って早速三刀坂に先程の顛末を話す。
彼女も咲良とほぼ同じ様な反応であった。
『やっぱりさ、ちょっとだけ不安だよね』
「あの柚月だからな」
『そっちもだけど、あの『断罪者』って名前にもある噂があってね』
「噂?」
『……何でも、仲間になった筈の断罪者の姿が途中から掴めなくなるって』
つまり、本当は柚月が化物を倒していない可能性がある、というものである。
あくまで噂だと前置きされたので、これ以上は記憶の片隅にとどめおくことにした。
『それと、やっぱ縁ちゃんダメだって』
「……それはすまなかった」
『ま、まぁその話もさておいてさ……八朝君は他にアテがあるの?』
「いるだろう。
俺たちの近くで、ある信念を貫き通すも万年帰宅部のアイツが」
『それってもしかして……』
「明日、鹿室を勧誘しに行く」
続きます




