Case 15-4
2020年8月2日 完成
2021年1月26日 日時変更
2021年2月5日 ノベラ版に先行して同期完了
能力の暴走から三刀坂を守った八朝。
彼女が抑えていた闇色の結界が晴れ、漸く因縁の敵と対峙する……
【5月3日23時付近 北篠鶴地区・行政タワー前】
部長達を殺した化物の気配を感じる。
あの時と同じように、嘲るようなとてつもなく不快な感触が
確かな方向として八朝に伝わった。
『Ghmkv!』
伝令の石が砕け散る。
それを察知した化物が八朝達を駆除しようと大槌のような足を振り上げる。
……のではなく、真正面から鋭いかぎ爪を突き出し心臓を抉り出そうと迸る。
その欺瞞を待っていた。
『!?』
化物の驚愕が見て取れる。
今刺し貫いたそこは、腎の力を削ぐ経絡路の一つ。
『Ghmkv! Ghmkv! Ghmkv! Ghmkv!』
徹底的に肺と腎を悪くする経絡に沿って待ち針で刺し貫いていく。
東洋の占術に『金水傷官』と呼ばれる言葉がある。
これを持つ人間は優れた知性を有し、科甲を為し得ると言われる。
即ち、東洋において金行と水行は知能の象徴である。
これを塞げば思考の制限を免れられない。
如何に知能が高いと言われる紀州の牛鬼淵であっても。
事実、先ほどより化物の動きが鈍い。
これならもっと正確に刺せそうだ。
『Ghmkv! Ghmkv! Ghmkv! Ghmkv! Ghmkv!』
執拗に刺す、その度に苦しむように化物の身体が捩れる。
ありったけの、CON値も伝令の石で待ち針を出し化物の身体を刺し貫く。
淡島の針供養も絶句するような針千本の有様になって漸く弾切れとなった。
だが、化物の身体は一切損壊していない。
これが八朝の異能力の限界であった。
状態異常で苦しめる事は可能だが、その体を傷つける事は出来ない。
部長達への弔い合戦のつもりが、不甲斐ない結果に終わる。
「……ッッッ!
畜生!!!」
拳が血だらけになる程の力で地面を叩く。
異能力の自然回復強化でもう傷がふさがりかけているのが忌まわしい。
『ふうちゃん……』
「ああ、分かっている。
いつも通りコイツを誰かにブチ殺してもらうとするか」
八朝達は来るかも分からない援軍を待つ。
10秒、1分、3分……ほんのわずかな時間ですら永遠に思えるほど待ち遠しい。
今この瞬間にも化物は身体を震わせ、巨大待針の群れを砕こうと力んでいる。
少しずつ依代の砕けそうな悲鳴が大きくなっていく。
一つでも砕かれてしまえば連鎖的に待針の呪いを洗い流し、忽ちに復活してしまう。
「三刀坂は?」
『あとちょっとで境界の外に出せるよ』
「助かる」
こうすればたとえ自分がしくじったとしても三刀坂の命は助かる。
端末が使えず誰にも連絡できない状況、せめて鹿室だけでも気づいてくれと願う。
だが、無情にも終わりの時が来た。
全ての依代を砕かれ、耐えがたい罰則の苦痛に沈もうとする時。
視界を更に黒く染め上げる影が新たに現れる。
化物の影割りが不発となり、砂煙のみ巻き上げる。
その空が真っ黒に染まっていた。
『あ……ミチザネ……』
幸いにもミチザネと牛鬼淵は相性が悪いらしい。
それでも八朝を裂こうと伸ばされた化物の手が重い金属音と共に弾き飛ばされる。
漸く、漸く援軍が来てくれたのだ。
だが次の瞬間、予想外の言葉を投げかけられる。
「本当に久しぶりだね、ふうちゃん」
「その、声、は……」
あり得ない。
天ヶ井柚月の声とそっくりなのだが、何かが違う。
下を向くしかない八朝の視界に非常に細く多い赤い流れが走る。
残りの力を振り絞ってその先にある柚月らしき人影を見つめる。
杖を振るうと、化物が背景諸共微塵切りとなった。
支えを失った新たなる瓦礫と共に化物は轟音の中に沈んだ。
「はぁ……はぁ……!」
冗談じゃないと思った。
八朝一人だけで死なせるわけにはいかない。
急ぐ道中で急速に広がる黒雲と、それと共に突如出現した違和感の波に襲われる。
北水瀬海岸方向に収束していく反転色の結界が、その一点で眩い光に変じる。
知っている。
この光は。
おかあさんとおとうさんを奪い、おにいちゃんを狂気に堕とした『アングル』の光。
それが、ミチザネを捉えたのか
少々その場で停滞した後猛スピードで上空へ駆けあがっていく。
それと共に黒雲が物凄いスピードで収束していく。
だが、驚くべきことはそれだけじゃなかった。
八朝の傍に見覚えのある人影が見えたからだ。
「な……」
「あ、お久しぶりだね涼音ちゃん!」
天ヶ井柚月と瓜二つのあの娘。
だが、世間ではこう呼称される。
十死の諸力 至天の座・十三席
七殺のザミディムラ
次でCase15が終了します




