Case 11-2
2020年7月16日 Case 11より分割完了
2021年1月26日 ノベルアップ+版と同期
【5月1日17時50分 篠鶴学園高等部・部室棟1F→南抑川地区・抑川治水公園】
部室棟の1Fは運動場や水場のアクセスを考慮して全域が運動部のエリアとなっている。
本来であれば長期休暇であっても自主練等で少々の賑わいがある筈のここに人っ子一人もいない。
『……は2月発行のガイドラインに従い■■高校の出場を取り消す決定を下しました
■■高校は先日の記者会見にて選手の中に異能力者がいたのを隠匿した件につき深く陳謝し……』
やがて慌ててチャンネルを切り替えたような切断音が響く。
悪ふざけでラジオを大音量で流していた2Fの連中の仕業であるが、運動部が閑散としている理由を物語ってくれた。
異能力者は能力と共に身体強化も得る。
それは化物戦にはあまり使えない誤差のようなパワーアップであるが、スポーツマンにとっては致命的な差となってしまう。
不平を訴える人々の声によってこのガイドラインが完成した。
その結果、異能力者のみで構成される篠鶴学園はありとあらゆる公式大会から出禁となってしまった。
「……」
八朝は目的の場所に辿り着く。
三刀坂の話が本当であるなら少ないながらも活気のある部活で、この日は朝から練習に明け暮れている筈である。
活気のある陸上部の部室のドアに、恐らく紙のネームプレートであろう残骸が取り残されている。
未だに弔うかのような静寂が収まることが無い。
「あ……」
練習終わりなのか、制服に着替え終わった三刀坂がドアから現れる。
お互いに気まずそうな顔をして中々会話に入れずにいる。
「よかったら中で話しない?」
「いや、そこ女子陸上部だろ」
「あはは、そうだね
じゃあ一緒に帰ろっか」
部室の鍵を閉め、二人並んで帰宅の途につく。
アレが起きたのにもかかわらず、他愛なく駄弁りながら学校の最寄り駅である篠鶴駅まで歩いていく。
「あ、ちょっと待っててね」
三刀坂がそう言って駅前の人込みの中に走っていく。
よく見ると誰かに会って話をしており、ついでに鞄の中から手錠らしきものを出して誰かに手渡している。
「……何してんだ?」
『ん?
シュークリーム買ってきたんだけど?』
いつの間にかいたエリスに、湧いて出てきた疑問を横取りされる。
人数分買ってきたとのことで怒るに怒れなくなってしまった。
「お待たせ、ってそれ何?」
「ああ、エリスが買ってきてくれたらしい」
「ありがとー!」
シュークリームを頬張って至福の顔をする三刀坂。
正直な所八朝側からの確執にはもう答えが出ており、別に三刀坂を避けるつもりはなかった。
「そういやさ、あんな事があったのに怖くないの?」
「何が怖いって?」
質問の意図を理解していない八朝の反応を見て先程の撤回し、駄弁りに戻そうとする。
それを無視して八朝が考え込んでいる。
「どうしたの?」
そんな彼女の手を繋ぎ、駅とは違う方向に走る。
橋を越えた先にあるのは、南抑川地区の半分以上を占める治水公園。
座れるところもあり、観光地区の抑川から外れた地域のお陰で人が疎らである。
走り疲れた八朝がベンチに座り込むに対し
運動部の三刀坂は汗一つすらかいていない。
「……ここなら話しやすいだろうと思ってな」
「……どうしたの、突然」
「単刀直入に言う
俺は三刀坂が十死の諸力だったとしても態度を変えないことにした」
疲れと気恥ずかしさで|三刀坂の顔を見ることが出来ない。
顔を見上げると三刀坂から漂う緊張感に秒で感染してしまった。
「どうして?」
「曲がりなりにも恋人だから……とは断じて言えない」
転生者、即ち神隠し症候群を患っているものは天仰がそうであった様に病気時の意識を消滅させることで完治する。
言い換えれば記憶喪失前の八朝とそれ以降の八朝が別人の可能性がある。
「これは妄想の話になるが、
灰霊と戦って手詰まりになったときがあっただろう」
「うん」
「あの時に見たんだ
三刀坂を『涼音』呼ばわりして殺される幻覚をな」
今度こそ口元を押さえてしまった。
その態度が既に物語っていた。
ああ、そうしたら躊躇なく殺してやる……と。
「げ、幻覚なんじゃないかなそれ」
「……残念だが、たった今それが正しいと確信した」
慌てて取り繕うとする思考を抑え込む。
三刀坂にとって知られてはいけない『十死の諸力』と『八朝への憎悪』が開示されてしまったのである。
自棄になった三刀坂が溜息を吐く。
「で、どうして態度を変えない訳なの?」
「それは三刀坂が俺を人間扱いしてくれるから、信じてみようと思ってな」
「八朝くんと私はお互いの事なーんにも分かって無いのに?
今、八朝君が話した様に殺そうと思ってないとも限らないのに?」
「ああ、そうだな
今この瞬間なら俺を合法的に殺せるだろうな」
その周囲に微かにいた筈の人の気配が残らず消え失せている事に気付く。
八朝の手には掌よりも小さな依代が握られていた。
「……どうやったの?」
「基礎的な人払いの魔術だ」
それから数分の間沈黙が流れた。
目の前にいる三刀坂は険しい顔の割に殺気が見当たらない。
あの人殺しとは大違いであった。
「……どうして?」
「どうして信じれるの!?
あたしは十死の諸力なのよ!?」
「天仰から聞いている
あの組織は本来そういうものではなかった」
「……ッ!
それに八朝君にまだ嘘ついているんだよ!?」
「ああ、どうやらそうらしいな」
「なのにどうしてあたしを信じれるのよ!?」
正直に言えば、目の前の三刀坂をこれ以上信じたくはない。
だが、今や彼女は思い出の場所を汚され、今までの努力も否定され、大切な人までも失っている。
「そうだな、今更三刀坂を信じる事は出来ない
だが、友人がそんな顔をしているのを放っておくこともできない」
一瞬だけ見せた助けを求める表情を見逃さなかった。
それは八朝に無抵抗な化物を斡旋してくれと頼む依頼者たちの顔にも似ていた。
やがて涙すらも引っ込め、不信感の満ちた視線を投げかける。
信じないのに友達とは一体どういう事だ
言葉だけなら何とでもなるよな、と。
「別に信じなくてもいい
だが、三刀坂の約束通り第二異能部を辞めようと思う」
但しそれはEkaawhsの討伐が完了してからと付け足した。
だが、明らかに彼女の表情が変化した。
「どうして……?」
「まぁ、よく考えたら記憶戻すのに命を張る必要は無いからな」
「……」
「そしたら余った時間で行方不明になっている三刀坂の行方不明になったアイツを探そうか」
「え……?」
三刀坂の表情が強張る。
それは先程の不信感などではなく、押し止めたはずの助けを求めるそれである。
「まず手始めに、そうだな……」
「……て」
「ん、どうした?」
「やめて!
神隠し症候群を治すなんて絶対にやめて!!!」
あまりの強い絶叫に八朝が驚く。
泣き崩れる三刀坂に『いつも通りの手段で記憶を戻すだけだぞ』と弁明しても止まる気配がない。
宥めようと伸ばした手が突如として強張る。
今の彼女に触れても良いのは失った恋人ぐらいで
単なる駄弁り友達でしかない八朝にその資格は無い。
それはあの鷹狗ヶ島の時と同じように……
小一時間の間、触れる事も無く傍らで静かに座り続けるのであった。
【4月21日18時00分 篠鶴学園高等部・女子陸上部部室】
それは後輩の後遺症の謎を解き明かし
部長の迅速な手続きによって海辺の学生寮に引っ越した翌日の話である。
今日も部活動を終了させ、後輩の神出来と一緒に帰ろうと部室のカギに手を伸ばす。
「そういやどうして八朝君に会いたくないの?」
「それ、蒸し返さないでよ……」
「ごめんごめん、ちょっと気になって」
三刀坂が聞いたそれは彼女自身も知っている。
霊長級の特殊攻撃によって偶然にも神出来の部屋に侵入してしまったというものであった。
嫌悪感をMAXにする理由としてはこれだけでも事足りる。
「……ちょっと怖いって思っただけですよ」
と、実に奇妙な返しをする神出来である。
「あー確かに、記憶を失った後の八朝君って人相悪いよね」
「……そうじゃ、ないんです」
帰り支度をしていた手を止めて神出来の話を聞くことにする。
握り締める鍵がいつもより冷たく感じる。
「あの時、包丁も投げちゃって……それが八朝さんに刺さっちゃったんです」
「え!?
で、でも彼の後遺症でどうにかなったんじゃないの?」
八朝の後遺症である気絶無効は、意識を失う事全般を無効化する。
不眠に悩まされる代わりに、依代の破壊に伴って現れる罰則の気絶すら撥ね付ける。
そこに異能力者が持つ身体強化、とりわけ自己回復強化が加われば病院すらも不要となる。
「違うんです」
「違うって、なに?」
「後遺症が……」
「八朝さんの後遺症は気絶無効じゃないです!」
それは本当に意味不明な話である。
三刀坂も駄弁りの最中で八朝から画面を見せられ、この目で確認している。
「どういう、事?」
「私、こっそり八朝さんの制御番号で検索してみたんです、そしたら……」
見せられたのはRAT Visionの履歴表示画面であった。
その中の一つに八朝の異能力の制御番号と同じ項目があり、それを開いてみる。
続きます




