●Case 01-6
【TIMESTAMP_ERROR 篠鶴地下遺跡群・出口付近】
「え……なにそれ、急にどうしたの?」
急に立ち止まった女友達から、怪訝そうな視線を浴びた。
女友達は少し考え込んだ後、八朝の元にやってくる。
「そうだな、別に知っているわけないか」
「そっか
じゃあ、時間も無いし急ごう!」
「ちょっと待……!」
女友達は八朝の手をひったくるように掴んで走り出した。
八朝は一瞬つんのめる程で、後続を確認する余裕さえない。
静寂の中、雨粒のように皆の足音が響く。
後続の仲間達の音までもよく聞こえてくる。
それは足音でも、先程の人食い化物の轟音でもない。
しかし、八朝も既に息が上がっている。
(もう逃げる必要はない筈だ、だが好都合だ)
握られた手から汗で滑る感触と、急に力が抜ける頻度。
息を切って駆け上がる女友達が疲弊する瞬間を狙う。
手の力が最も緩む瞬間を見計らい八朝は後ろを振り返る。
その勢いで女友達からの戒めから逃れることに成功した。
階段が想定以上に長かったことも幸運であった。
懸案事項であった少女の元へと急ぐ。
「大丈夫か!」
「平気平気、後で合流できるから今は急ごうねっ!」
女友達からの反応を無視して階段を降りていく。
10段近く降りたところで少女を発見した。
その向こうに後続の仲間を確認したが、蠢いているようにも見える。
「大丈夫か、立てるのか」
「う、うん。 でも……」
少女からの視線を追うと、真っ赤になった自分の手。
握って開いて、しかし痛くて取り繕うことすらままならない。
「これぐらいは大丈夫だ」
手を庇いつつ、後続の仲間達へ声を掛ける。
しかし、返事が一切無い。
「そうか、なら別に何も話さなくていい」
八朝が何かを呟くと、手元に歯車が現れる。
狙いを後続の仲間達のやや上の壁とし、投げつける。
壁と擦れた際の火花でほんの少し彼らの姿が視認できたが
それ以降は元の黒く蠢く何かに戻る。
「あ……待っ」
「あの創造神と逆の事をやってみたが、どうやら正解らしい」
「違う! 本当は……」
火花が消えても残り香で保っていた身体は再び黒一色となる。
きいきいと、訴えるような異音だけが虚しく響いた。
「◾︎◾︎!」
手元に再び歯車が現れ、再び投げつける。
それは件の最初の異変、『◾︎◾︎の息』に基づく魔術の詠唱。
ぶっつけ本番の筈が、激突した壁から予想通りに火花を撒き散らす。
その光で後続の仲間達が人間に戻った一瞬を見計らい
少女の手を掴んで駆け上がる。
「今のって」
「残念だが、彼らはあの人喰い化物と同類だ」
少女に先の幻覚内容を手短に説明する。
あの歯車は、一時的に彼らを『人間』戻せる事も告げる。
少女はその話を飲み込めていないが、聞き返してもこない。
そのせいか、後続が一歩も歩いてない様子が聞き取れた。
「でも、それじゃあ前も」
「だからあと一個用意していたんだ」
階段の出口付近で残り一個を投げつける。
その先で待ち構えていたであろう
虫の鳴き声のような異音が止んだ。
階段の先は縦に深い空間と両岸を繋ぐ岩の橋。
その先には外界由来の光が揺らめいていた。
「へえ、これで止めれると思ったの?」
岩の橋の入り口に、腹より下が黒くなった女友達が佇む。
先程とは打って変わり、挑発的な笑みを浮かべている。
「参考までに聞いてもいいかな
どうして私たちがREって?」
「さあな、でも一人足りないと思わないか?」
全てを言ったつもりでは無いが、十分に伝わったらしい。
女友達も観念したように両手を広げ、黒い侵食を受け入れる。
「大人しくTSでもしてりゃ良かったのにね!」
女友達は、あの雪の結晶の髪飾りの人間と同じく人喰い化物に変貌した。
幅だけで岩の橋の全てを塞ぐ巨体のまま、こちらに突進する。
「◾︎◾︎!」
八朝も人喰い化物を人間に戻す手段を作り出して投擲。
巨体が解かれて、再び女友達となったタイミングを見計らい
少女と共に岩の橋へ駆ける。
女友達の矮躯では青年の突進を止められず
突き飛ばされて尻餅をつく。
「ねえ、言葉を返すけど一人足りなくないかな?」
「時間を稼ごうとしても無駄だ!」
「違うよ、事実だよ」
「ずっと東岸君が見えなかったよね」
橋の真ん中で八朝の視界が宙を浮く。
足は既に地面から離れ、橋の下の奈落の底へ落ちていく。
目の前には人喰い化物が、その牙を腕に突き刺したまま。
『ショウブ……シロ……』
「な……お前は……!」
『"ヒロミ"ヲ……カケテ……オレトタタカエ!!』
やがて底の岩盤と激しく衝突した。
骨が砕け、肉が潰れ、激痛で視界も軋み
それでもなお、何故か意識が継続したままの自分に驚く。
(これは確か気絶無……!)
東岸だったものが、
残った頭部を動かして巨大な顎で何度も八朝を刺し貫く。
激痛で行動不能になる八朝は
未だに訪れない意識消失を呪いながら左手を伸ばそうとする。
掴んだのは端末であった。
(せめてこれで盾に……!)
連打を止め、心臓に狙いを定める|東岸。
残る力を振り絞り、仰向けで端末を掲げる八朝。
「ふうちゃん!!」
あの少女の声が、想像以上に近くから聞こえてくる。
どうやら岩の橋から飛び降りてきたらしい。
(このままでは……ッ!)
またも酷い頭痛に襲われる。
◆◆◆◆◆◆
「儂と同類じゃな」
あの不愉快な夢のつづき。
思考が沸騰した八朝が行き着いた思考。
どう殺そうか。
その為の式を色々と考えてきた。
歯車で焼き潰すか、雷霆で心臓を止めるか
苗木の毒に浸すか、帽子で地面に縫い止めるか
(……違う)
見上げると落ちてくる光一条。
砕けていく様は、もう長くは持たないと見ていい。
(もし、俺の身体を作り出したあの奇跡が、まだあるなら……!)
憎悪を糧にするように、ある一つの魔術体系へ。
その魔術体系なら、容易にあの光を回収出来る。
あの夢にない端末を握り締め
落ちてくる光へと掲げる。
◆◆◆◆◆◆
『……Immofa be baqrqdj / Sptrhe jwdhnomu / Ocufuvdm ai jmthjqax』
『Hpnaswbjt!』
端末を貫かんとする牙の前にハニカム構造の魔力障壁が生じる。
牙が障壁に負けて砕け飛び、人喰い化物が悲鳴を上げて逃げ出す。
「エリス!」
『!?』
すっかり端末になってしまった少女を握りしめる。
『ふうちゃん……信じてくれる?』
頷いてみせる。
だが、激痛により今度こそ意識が保てない。
双頭の犬、体表面がギザギザの尺取虫(4m)、地面を泳ぐ骨だけの大鮫、岩盤に穴をあけながら進む蜂の霧、分裂する猫の身体だけで出来た巨大蜘蛛etc...
奇妙に恐ろしい走馬灯だと思いながら
またも意識が断絶した。
次でCase1が終了します




