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2021年12月2日 完成(数日以上遅刻)
隊長が戻ってきたころには既に日が暮れていた。
そこまで長くなった報告と、その末に出された次の方針とは……
【5月10日(日)・夕方(19:00) アイリス社智慧区画・フラウン隊控室】
「……場所を変える、だって?」
「ええ、変えましょう
もう水瀬海岸で諍いが起こる気配もありませんですし」
青年がまるで焦っているかのように食い下がる。
このまま彼の自由にしては話すが進まないので八朝が主導権を獲る。
「それで、次なる候補はどこになるんだ?」
「……残念だけど、一つに絞れなかったわ」
「それは一体どういう事だ?」
「……貴方が『障壁魔術』を使い過ぎたからよ」
隊長が篠鶴市の地図をスクリーン上に映し出す。
恐らく目標であろう赤い点が『水瀬神社』と『学園だった所』と『鳴下駅』に。
どちらも障壁魔術を使ったところで……
「待て、水瀬神社以外は使った覚えがない」
「……それはどういう事かしら」
「ああ、秋宮洲も鳴下駅も突然発動して、それで救われた……それだけだ」
隊長が頭を捻るが、答えは分かり切っている。
『障壁魔術』が使える人間がこの世には2人しか存在しないから。
即ち、エリスの生きている証拠だと……
「そんなに悠長に話している場合っすかね」
「……どういう事だ?」
「全部、水瀬海岸から後退した場所なんすよ
つまり、異能力者率いる鳴下側が不利って事っすよ」
青年はごく自然に戦況を語り始める。
見聞きしても無いのに、二人を納得させるほどの理屈詰め。
流石は■■の■と言えるだろう。
「なら、問題は無いと思うわ」
「問題ない? 均衡が破られてんすよ!?
今すぐにでも誰かが止めないともう戦いが……!」
「均衡は破られていないわ
寧ろ、鳴下側が釣り野伏を仕掛けている証拠ね」
「釣り野伏……?」
隊長が地図上からポイントのレイヤーを取っ払い
代わりに赤色で分かりやすくした等高線を表示させる。
「……これは?」
「『異能力学集成』が明かした、篠鶴の元の地形よ
注目すべきは水瀬神社とここで峰を形成している所ね」
「これの何が関係あるっすか?」
「じゃあ、これも見てくれるかしら」
更に緑色の等高線で表示されたのは成人の人口分布。
それは見事に古地図の等高線と一致していた。
「……」
「水瀬神社と榑宮南部で最小
偶然にしては余りにも出来過ぎていると思うわ」
「それで調べてみたの、この水瀬神社をね」
隊長が次々にスライドを出していく。
その度にホワイトボードに何かを書き込み、線で繋げていく。
スライドが終わり、部屋に灯りが灯される。
「……祭神が……伊邪那美大神……!?」
「ええ、どころか貴方の証言にあった『イザナミ教』と一致するわ
その年で最も嫌われた『人間』を榑宮の井に落として捧げる」
「待て、俺の方は『子供』だったぞ」
「ええ、だから変質したのよ」
曰く、良港に恵まれた篠鶴は独自の権力体制が確立された。
即ち榑宮を守る『鳴下家』が治め、この祭祀も彼等主導で行われた。
……権力者になるまでに、有力者を排除してきた手段で以て。
「それが一体何故野伏に繋がるんだ?」
「彼等には秘策があるの
時が凍り付くのを代償にして百年間あらゆる干渉を拒絶する結界術」
「百年結界が」
その言葉は『前の二月』にて聞いた言葉である。
曰く、柚月の肺病を治す為に彼女を未来に託すための術。
「時が凍る!? 冗談じゃねぇ!
そんなもん権力者サマ以外が納得できるわけないだろ!」
「いや、可能だ
もしもだが隊長、百年結界を発動する代償は……」
「お察しの通り、人間よ」
これで話が繋がった。
鳴下家による秘策とは、歴代の『生贄』を使った大結界壁。
再び用意したスクリーンにも旧抑川の流路に沿って結界の場所が示される。
邪魔者排除と来たるべき戦の為の資源を兼ねるとは恐れ入る。
しかも、『第四射』については先述の通り。
機関側の攻め手がもう無いのである。
「……確かに、機関側の最終戦力があんな使われ方の今なら千日手だ」
「お分かりいただけたかしら
と言っても、これ以上の話題は無いんですけど」
先にも言った通り『手帳天狗』の手掛かりは途絶えた。
それに激戦区になる状況もこれで正式に終了と相成る。
無策の状態で『祈りの地』に赴いても収穫ゼロどころか屍を担う羽目となる。
「俺の端末が使いたいならいつでも呼んでくれ」
「そうするわ
それで、貴方はこの後は?」
「あー……少し考え事がしたくてな」
青年の申し出が許可されると、彼はそのまま去っていく。
その様子を隊長と二人で眺め、足音が去った途端に話を切り出される。
「……貴方から見て、彼はどうかしら?」
「最初は俺っぽくないと思っていたが
段々と折り合いと嘘が上手くなってきたと思う」
「それじゃあ、任せてもいいかしら」
言うまでも無かった。
アイリス社は『社則違反』を何よりも嫌う。
無論、無許可で社外に出る事すらも場合によっては殺される。
彼が件の『重要人物』だとは隊長も知っている。
故に八朝も後を付けるように控室から出ていった。
続きます




