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2021年11月6日 完成(2時間以上遅刻)
三刀坂を窘めた鳴下と共に帰る。
彼女のアパートで聞かされたのは『想像以上の大惨事』の顛末であった……
【4月29日(水)・昼(16:42) 磯始地区・鳴下のアパート】
「陸上部が……全員行方不明……?」
曰く、あの日の空中交差点モールにはカルト的人気のある歌手が来ていた。
三刀坂を除いた全員がそのファンで
当日の休みを手配するなどして、いつも通りに奮闘していたという。
その結末が、事実上の全員死亡……しかもそれが……
「俺は……」
「いえ、貴方は最大限に気遣えてました
もしも『俺の二の舞になる』と宣えば、私自らが貴方を殺していました」
それも一瞬頭に過った考えである。
だがその一言が『三刀坂の否定』と『殺人鬼の擁護』を含んでいたのは明白。
たった一瞬思い出しただけで、忘れていた苦痛が蘇る。
「横になってくださいまし、今日の貴方は絶対安静です」
「だが……それでは……ッ!」
上手く言葉にできず、ミチザネの事を伝えられない。
未来は駄目、過去も話せない……もうどうしようもない。
「……鹿室は?」
「彼は裏庭にいますわ
ここには居れないって何度も突っぱねまして……」
鹿室もまた『転生者』として暴言を吐かれた一人。
今までは『魔王討伐』しか頭に無かったのが、今回のでそうもいかなくなった。
何しろクラスメイトの三刀坂にあんな事を言われたのだから。
「……聞きにくい事を、訊いていいか?」
「……なんでしょう」
「鳴下にとっても『転生者』は消えて欲しいか?」
たった数時間程度で、この世の地獄を見てしまった。
特に『篠鶴市側』で立ち回っていた八朝にとってはこれが初めて。
だが、完全否定できる程に『転生』の態様が問題ないと言えない。
「……正直に言いますと、貴方たち『転生者』は
他人の身体で好き勝手に暴れ回る無法者という印象です」
「そうだな」
「私たちの側にいようとしてくれた貴方も、申し訳ないですが……」
ああやっぱり、と全てに辻褄が合う。
一度立てられた悪評には、どれだけの善行を積んでも意味を為さない。
賽の河原の如く、同族の鬼たちが蹴り潰す、その繰り返し。
八朝が積み上げたものも、今回の騒動で全て無に帰った。
何も反論することができない。
「ですが貴方は逆でしたね
いえ、正反対過ぎて更に異様なのです」
「異様……?」
「他の『転生者』には曲がりなりにも目的があります
ここで成功したい、過ちを正したい、褒められたい……」
「でも貴方にはそれが一切見えないのです」
鳴下がお粥の鍋を側に置く。
そんな彼女の目は『疑念』というよりも『願い』に近く。
「貴方はこの世界で一体何がしたいのです?」
それは彼女なりの激励だったのだろう。
だが、八朝の胸に去来した感情は『失望』である。
それは先程の言葉を全て真に受けた結果生じた一つの悲観論。
やはり『転生者』は治療されるべきだ、と。
「……ただ生きたいってのは駄目なのか?
他の人のように毎日気楽に生きるってのは」
その言葉は彼女の言った通り本心が混じる余地が無い。
『妄想のような記憶を諦める』と『それでも目標に向かえ』という両価性。
自分の要素全てが世界から拒絶されている事への憤怒と悲嘆。
血は吐けずとも魂が口から零れ落ちる程のこの世への憎悪。
なので、聡い彼女は全てを見透かした上でこう返した。
「でしたら、私が言える事は一つ
早く『本物』の貴方に身体をお返し下さいな」
「……」
「特に私たちの年頃は忙しいのですわ
受験に就職、将来の夢の為にみんな必死なのです」
「それを食い潰しているという自覚はあるのでしょう」
無慈悲だが、これは鳴下の誇るべき長所である。
皆の頑張りを理解し、自分もこうあらねばと律する鋼の精神。
鳴下の当主にはなれずとも、それと同等の高潔さを願う。
「……」
故に何も言い返すことができない。
自分の、妄想以下と詰られた全てでは何一つ歯が立たない。
680人殺したから何だというのか。
壮絶な過去があったとしても、此処には何も残っていない。
たとえ、誰かとの大切な約束をしてたとしても、頭の中にすら……
だから彼女の捨て台詞を見送るしかない。
ドアに手を掛け、この部屋から居なくなるのを待っていると……
「やはり、貴方が何をしたいのか分かりませんわ」
「……それは先程言った通りだ」
「嘘をおっしゃい!
貴方がどれだけの理不尽に耐えたか知らない筈がありませんわ!!」
そうして鳴下がこちらに戻って来る。
目は変わることなく、真っすぐにこちらを射貫いてくるようだ。
「貴方が元の世界を捨てて合わせたのは何の為ですか!?
私たちの為に全てを投げうって踏ん張ってくれたのはどういう事ですか!?」
「貴方……絶対に為すべきことがあるのでしょう?」
そう凄まれてもこれ以上何もある筈が無い。
目を逸らそうとした八朝の顔を両手で掴む。
「全て知っていると言いました
貴方が既に十数回死に至っている事も」
それは異常な方の『記憶遡行』の事である。
自分の死因が、例えば三刀坂に殺されたとき等のもの。
誰にも教えた覚えはない。
強いて言うなら『端末』に忘れじとメモしていただけで……
「何故それを……」
「私も誰からかははっきりと覚えていません
でも、貴方に近しい人から教えてもらいましたの」
鳴下にしては曖昧な返事であった。
だが『今回』で大きな違い、誰もが忘れ去っている人物と符合する。
即ち、もうこの端末にいない相棒にして
この『転生』の最初にして最大の目標である身体を取り戻すべき人物。
「エリス……なのか……!?」
「さ、さあ……それは存じ上げませんわ……」
いつの間にか押している方が逆になっている状況に気付く。
自分が、今度は鹿室のように篠鶴市民を押し退けている。
恥ずべき愚行に手を染めている。
「八朝殿、そろそろ身体は動かせますかね?」
「唐砂! 八朝さんは絶対安静で……」
「いや、十分に動くようになった」
「でしたら、爺の散歩に付き合って下さるかな」
続きます




