Case 09-3
2020年7月16日 Case 09より分割完了
2020年1月26日 ノベルアップ+版と同期
【4月30日|(木)・放課後|(16:06) 篠鶴地区・辰之中】
「な、なに!?」
突然起きた世界の変貌に三刀坂が慌てふためく。
対して八朝は冷静に周囲を確認する。
(地平線付近が濃くない……沈降帯ではないな
ついでに結構いたのに俺たちだけしかこの場にいない……ならばこれは)
「決闘モードか」
「え……それって辻守君が言ってた奴!?」
「ああ、そうだな
今度の敵は異能部らしい!」
八朝がふらっと右に一歩ズレる。
その空いた空間に突如水面が叩きつけられたように炸裂する。
「!?
こ……小槌?」
真っ黒な小槌が黒い煙になって消える。
恐らく襲撃者が解除したのだろう。
「来るぞ!」
再び同じ方向から殺気を感じる。
しかし、今度は三刀坂が反応することが出来た。
『Libzd!』
三刀坂が八朝の前に立ち、騎士槍を構えて突きを繰り出す。
飛来する小槌と接触する刹那に騎士槍の質量を増やし、破壊力を高める。
大きい鉄塊同士が激突する鈍い音が響き渡る。
地面に刺さった小槌に微かな亀裂が走っている。
「効いてる!」
三刀坂が小槌の飛んできた方へと走る。
「待て!
敵の罠の可能性が……!」
八朝の制止は遅きに失した。
突如湧き出した蔦に絡まれて三刀坂の動きが封じられる。
「なにこれ……切れない!」
力の起こりである手足が蔦で封じられている。
八朝は思わず自分の胸ポケットを触るが、依然と動き出す様子はない。
「やるしかねぇ……ッ! ■■!」
八朝が選択したのは状態異常の無い霧。
目くらましに放った筈の霧の端で異変が生じる。
不定形の筈の霧から何かの形が生まれている。
(鳥と獅子と野牛……それと天使?)
その組み合わせに見覚えがあった。
大アルカナの最後を飾る『世界』の寓画に書かれているモチーフであった。
だがそれに注視した余りに小槌と衝突する。
「……ッ!」
たった一撃でHPの半分以上を持っていかれる。
それに伴い能力の安全使用回数も残り4回から1回に激減する。
(クソッ……!
CONがあと1でも多ければ!)
悪態を吐く暇は無い。
次を撃たれる前に霧の中へと飛び込む。
先程と比べて霧の中は更に混沌を極めていた。
(今度はスートと太陽
『魔術師』と『太陽』と『世界』……)
その瞬間に鋭い頭痛が走る。
脳裏に蘇ったのは自分の元の世界での父の名前。
それは今この瞬間に全く必要のない記憶。
だが、同時に八朝の仮説が正しいと実証された。
「そうか……!
言われてみればあの蔦も!」
未だに藻掻く三刀坂を縛り上げるもの。
本来であれば雲の上まで届くとされる有名な『豆の木』がその本性であった。
そして八朝がモチーフが沢山生まれている方へと走り出す。
「!?」
数秒もしないうちに下手人を発見する。
彼女の能力……即ち『御伽噺』を『中断』させる現象を展開する。
『■■!』
八朝の手の中に真っ黒な霧吹きが現れる。
そして霧吹きから大量の白煙が解き放たれる。
「!!……!…………ッ………………」
人影が耐え切れなくなったのか倒れ込む。
即ち睡眠の状態異常が物語を強制停止させる。
後ろで蔦から解放された三刀坂が歓声を上げる。
「やったの!?」
「眠らせただけだ」
「あ……そういえばそだったね」
八朝ではX級にすらダメージを与えられない。
今更ながら思い出した彼の特性に三刀坂がガッカリしてしまう。
「こいつの能力は御伽噺だ
『睡眠』が一発で効いたのは、御伽噺の定番に『寝落ち』があるからだろうな」
だが三刀坂の顔が曇った。
「……本当に『御伽噺』なの?」
「ああ、それのお陰で今この通り……」
「八朝君、さっき言ってたよね?
『寝ている間に完成するもの』があるって」
その瞬間に三刀坂が彼の背後に気付く。
それは先程自分を縛り上げた『六角形』の群れ。
囲炉裏の熱に気付いた八朝だが既に遅い。
焼けた栗の群れが、仇である猿を打ち据えた。
「八朝君!!」
「……ッ!
■笆?!?」
罰則のレジストに成功した八朝だが
流石に安全能力使用回数まで回復することは出来なかった。
「どうし……の……!」
三刀坂の声が遠くなる。
記憶遡行のそれと同じようで違う激痛の果てに、ある思い出を垣間見る。
◆◆◆◆◆◆
『綺麗だね』
『そうですね』
『あの子たちにはちょっと悪いことしたかな?』
『仕方ないよ
おや、もうお眠りかい?』
■■■が昏々と眠る。
しかしこれは『想定通り』であった。
『……』
取り出したのは注射器。
それで■■■から血を抜く。
印字には『髣?ア樊?ァ髮サ蟄宣ュ碑。』
『いつもごめんね』
『だけど、これも君のためなんだ』
『愛してるよ……豸シ髻ウ』
開いた手には
106と印字された鍵があった
◆◆◆◆◆◆
「!?」
漸く頭痛が止み、視界が正常に戻る。
既に『御伽噺』の物量は三刀坂の処理できる範疇を超えていた。
「やっと気が付いたの!?」
だが次の瞬間三刀坂の顔が曇る。
確かにこの光景を目の当たりにすれば、誰だって絶望感が満ちるだろう。
それでも三刀坂は叫ぶ。
「でも……私はこんな所で死ねない!」
もう一度騎士槍で突撃を仕掛ける。
『御伽噺』の表面に、見覚えのある『形』が浮かび上がる。
(確か……あれは『丙』だっけ……)
ぼんやりと心の中で呟く。
そして、その一撃では砕けなかった筈の『御伽噺』がぼろぼろと崩れ去る。
「え……?」
二人……いや、三人して驚愕する。
(………………そうか、これは!)
骨や亀甲に罅を入れ、その形で占う太古の祭礼。
甲骨文字……或いは太占法と呼ばれている。
「三刀坂!
俺が気絶してから何分経った!?」
「9分だよ!」
「すまんが、あと1分頑張ってくれ!」
生気を取り戻した八朝の声に応えるように三刀坂も騎士槍を振るう。
彼女が起こした罅を読み、『御伽噺』を崩す。
只管これの繰り返し。
永遠とも思える時間の先に、漸く自然回復が為される10分が経過した。
残り安全使用回数は1回。
『■■!』
今度は抑え込めるよう、待針を握り締める。
やがて、三刀坂の攻撃が本体への道を開く。
「八朝君!」
弾かれたように走り
その切っ先をフード姿に突き立てようとした。
「ストップストップ! もうやめて!?」
まだ続きます




