Page102-1:4月29日(水)・壬寅~癸卯日
2021年11月5日 完成(1日以上遅刻)
『七災』討伐の裏で夥しい死者が発生したことに気付く。
それを良しとした弘治に抗おうとして、その妹の涼音まで現れた……
【4月29日(水)・昼(11:09) 磯始地区・弘治の隠れ家】
「三刀坂……?」
その声を聞いた三刀坂がこちらを向くなり表情を柔らかくする。
どうやらあの騒ぎの跡を付けてきたらしい。
『幻惑』が封じられた影響がこの状況を招いたのだ。
「こんな所にいたんだね、探したよ……」
「……」
「でも一つだけ聞きたい事があるの」
「……何だ?」
「今朝は何処にいたの?」
その質問の真の意図は、それを証明できる第三者がいるかどうか。
今の八朝の世間評からして、それぐらいしか信用されていない。
無論、それは彼女の気持ちよりも優先される事項である。
「学園だ、丸前も証言してくれるだろう」
「そう……」
それは表情からしても悲しそうな打ち切り方であった。
向き直った視線の先には、微笑みを浮かべる『兄』の姿。
「迂遠な聞き方をせずとも
あの『崩落』を我以外の誰が出来ようものか」
「………………どうして?」
「我が妹よ、あれしきで我が復讐が終わるとでも?」
それは、三刀坂に対する裏切りであった。
だが彼女は弘治が記憶の引継ぎが一度も為されていない事も知らない。
故に、彼に対するビンタの威力は苛烈なものとなった。
「最低!!!」
異能力者の身体能力補正をフルに使った平手打ちは
顔骨、一部の歯、頭蓋骨、そして頸椎にまで損傷させ、蜻蛉が砕け散った。
最後まで妹を信じたまま弘治は意識を失った。
「……」
「八朝君、他に誰がいる?」
それもまた答えありきの質問。
もし返したなら、今度は箱家がターゲットになる。
迷っている間に鹿室が口を開く。
「箱家さんも仲間ですが」
「そう、分かった」
三刀坂は左手の握りこぶしを開く。
そして、そこ目掛けてあるものを『突き刺す』仕草を取ろうとする。
『Libzd!』
それは三刀坂の異能力の本来の使い方である。
騎士槍の先端に触れた相手のみ重力加速度を変化させる。
部屋中に響き渡る程の勢いで突いたのなら言うまでもない。
「お、おい! 何してんだ!?」
「そいつもお兄ちゃんの仲間なんでしょ
だったら同罪よ、死ぬまで苦しめてやる」
八朝どころか鹿室まで絶句する。
兄の弘治と然程変わらない憎悪が三刀坂の全てを歪ませる。
そんなもの、見ていられるはずもなく……
『■■!』
八朝が『封印』の鋏を二つに分け
状態異常のある部分で三刀坂を切りつけようとする。
だが何故か躱されてしまう。
自分の中に『幻惑』と『汚染』が戻ってきた感覚が答えであった。
「何をするの!?」
「お前こそ殺そうとしたんだろ?」
「そうよ、何か悪いの!?
数百人殺したテロリストにしては軽い罰だと思うけど!!」
激情に任せた言い方だが、判例においても適う社会正義の発露である。
即ち、これは義憤だと認められる……逆に止めた八朝の方が異常。
だが、それでも止めたい理由があった。
「……あの崩落で何があったんだ、話してくれ」
「そんな時間は無いの! 逃げられたら今度こそ……!」
「止めろとは言わん、だから話を……」
「……八朝君も所詮『あっち側』なんだね」
三刀坂のランスチャージを片鋏で防御する。
それは『役立たない方』の片鋏
故に三刀坂の手加減無しの『重力増加』が直撃する。
「……ッ!!」
「八朝さん!?」
何もかもが重過ぎて口を開くことすらままならない。
何かが当たるたびに骨身まで砕け散るような苦痛が襲い掛かる。
倒れ伏すまでに常人では耐えきれない程の苦痛が何度も。
その視界の中で、三刀坂も重力倍化に苦しめられていく。
「貴方も故郷の島の人間を皆殺しにしたんだっけ
だからお兄ちゃん達の醜悪な考えにも寄り添えたんでしょ?」
「そんな『悪魔』が八朝君の身体を乗っ取ったなんて許せない!!」
それも『あの時』の全てを台無しにする一言。
漸く聞けた三刀坂の本心だが、何一つ嬉しくは無い。
それ程までに状況が悪すぎた。
「『悪魔』って……彼も人間なんですよ!?」
「うるさい! お前だって誰かの人生を食い潰しているくせに!!」
「……ッ」
「『転生者』のお前が人間を語らないでよ!!!」
「お止めなさい!」
その瞬間に過重が引き起こす耳障りな低音が消え失せた。
身体への負荷が唐突に無くなり、身体の力が抜ける。
「何をするの!?」
「頭に血が上り過ぎです、帰りましょう! そして……」
誰かに身体を持ち上げられた気配がする。
『一人で立てますか』と聞かれても今はちょっと……
「貴方も付いてきますよね?」
誰への言葉か分からなかったが、それだけで救われた気がした。
そして全員で隠れ家を後にしたのだった……
続きます




