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2021年10月29日 完成(1日以上遅刻)
『八朝君、話してくれてありがと』
『大丈夫、私が市新野をどうにかするから……』
【6月14日(日)・朝(10:30) 篠鶴学園・某所】
八朝は焦っていた。
前回の反省も踏まえて
一番事情が通じる三刀坂に事の次第を話した。
その結果、彼女が自らの素性と引き換えに
市新野の悪事を証明すると言い出してしまったのである。
無論、良い筈が無い。
(これは俺の想像の世界だ
それでも、協力してくれる奴の未来を損ないたくない)
この世界も前二つと同様只の自己満足でしかない。
どんな選択をしたところで、現在の世界に影響を及ぼさない。
だが自己満足というのであれば、できるなら最善を追求したい。
それが状況当時では不可能な事だろうがその先の……
「よお」
唐突に話しかけられる声が聞こえて思わず目を開ける。
沓田が朝飯のパンと缶コーヒーを投げて渡してくる。
「お前、何も食わずにご苦労なこったな」
「……いや忘れてただけだ」
彼の厚意に甘えて遅めの朝食を取ることにする。
考えてもみれば糖分も無しに頭脳労働するとは非常識である。
段々と頭の回転が早くなっていっていくような気がする。
「で、お前は何が起きたか相変わらずだんまりって訳か」
「話すようなこともない」
「そうかよ
昨日のお前の顔は一方的に暴行を受けた奴のソレに見えたがな」
「見えただけだろ」
沓田は勘が働く傾向にあったらしい。
だが、だとしてもそんなものに一体何の意味があるというのだろうか。
当たり前だが、言葉だけでは人が動くことは無い。
ましてや最終目標の『市新野の野望を砕く』に至っては顕著といえる。
この目標を通せば、彼等の希望である『学園脱出』までお釈迦となる。
まるで『七災鎮圧』に熱を入れ過ぎたつい最近のように。
「物証の無い言葉に意味など無い」
「違いねぇ
お前がいくら否定しようが、奴等がゲロった事に変わりねえ」
「話せよ」
という事で沓田は『昨日の経緯』が御所望らしい。
だが正直に話す度に、沓田の顔がどんどんと曇っていく。
「……何だよこっちは正直に話した、どこが不満だ?」
「コレの一体どこが正直だってんだ?
お前……まだ何か隠してやがるだろ」
「隠すも何もこれが全てだよ」
言いたいことは分かる。
それは『何故』の部分、避けられるはずの理不尽に甘んじた理由。
だが、それこそが受け入れ難い話に他ならない。
たとえ何らかの補正があったとしても、物証を要する動機である。
それを知っている筈なのに、この時の八朝は不機嫌で……
「……俺が反撃したら取り返しがつかなくなると言ったら?」
「……」
「殺意に呑まれて些細なことすら見落とす
市新野が猛毒を仕込んで全滅するだなんて信じられるか?」
「いや、信じる」
沓田の呆気ない返答に面を喰らう八朝。
そんな表情を察したのか更に話を続ける。
「ついさっきお前がゲロった通りだ
その気になれば奴等を八つ裂きに出来たのを耐えた、何か理由があったんだな」
「だがそれを信じるには証拠が必要だ、後は分かるよな?」
【6月14日(日)・昼(13:40) 篠鶴学園・某所】
「キミから演習の指名をしてくれるだなんてね」
市新野が無邪気に端末を構える。
これから彼と『技術の共有』という名目の戦闘演習を行う。
無論、全て沓田のお膳立てであった。
そして市新野の反応からしても本意であったらしい。
ここで達成すべき目標は一つ。
彼に腸鞭を抜かせる、それだけ。
たった一瞬だけでもいい
それだけで分析が完了され、彼が闇属性持ちだと知れ渡る。
そして、もう一つは『なるべく』と前置きされているが
むしろ八朝にとって最も重要な目標となる終了条件。
(……市新野無しでも『脱走』が上手くいく『力』を示す)
心の中でそう呟いて弓矢を構える。
恐らくは市新野の攻撃力を無効化する作戦なのだろうか。
『ふうちゃん……』
「ああ大丈夫だ、いつも通りにな」
エリスの不安にそう答えて、目の前の敵を見据える。
市新野が放った万魔変更魔術を皮切りに始まる。
『……ッ! ■■! ■■!』
『Hpnaswbjt!』
恐るべき怨霊の進行を障壁魔術が阻む。
その間に八朝が用意したのは『不明』と『汚染』。
己の依代に対して『汚染』を使えばどうなるか。
相手のステータスを自分のそれに強制変更する状態異常の対象が『自分』。
即ち、あぶれた『不明』の状態異常が自分へと雪崩れ込んだ。
『■■! ……ッ!?』
『ふうちゃん!? なにしてんの!?』
同じく『転倒』の状態異常を自爆させて頭から転ぶ。
しゃがんでいたので大したダメージではないが
それとは別に踏ん張りが軽くなっている感覚から『ある事』を察する。
(……鳴下神楽が使えない
今回は『経験』まで当時にまで戻したんだっけな)
無意識にその拘り課したせいで八朝はその真意に至れない。
それでも与えられた条件を用いて勝利を模索する。
「キミは与えられたチャンスに一体何をしているんだね?」
市新野が煽った時には『麻痺』『聖痕』『封印』まで自爆した。
だが、この自爆にはちゃんとした意味が存在する。
自己呪詛によって『所定の依代』を己に刻み込む。
『■■、■■……』
『拘束』が口にまで及んでいない仕様に助けられる。
障壁魔術が残り半分以下でも構わず『2周目』を開始する。
『転倒』『片足麻痺』『聖痕』『封印』『拘束』『相殺』……
『では終わらせてあげましょう! Vsbseqzzh!』
辺りを超低温の空気が包み込む。
温度変更魔術による大規模凍結が目前にまで迫る。
『ふうちゃん!!』
『『王冠』より袂を分かつ、『智慧』に捧ぐ名は……』
『■■!』
辺り一帯の魔力が文字通り死滅した。
旗、それが掲げる状態異常は破格の『即死』。
普段なら使えないが、ある条件をクリアすれば使用可能となる。
即ち『普段の樹』ではなく『2階上昇』の■■を使う。
それは『地上の影』を投げかける『真なる小径』。
「そ、それは……」
市新野も流石に気付いたのだろう。
八朝が自分を本気で殺そうとしていることに。
(ここで殺せば病毒を振舞う機会すら消え失せる
それに俺に力がある事も他の奴に証明もできる、でなくとも奴が抗えば)
既に詰みの状態まで追い込むことに成功した。
誰もが固唾を呑む中、市新野が選んだのは……
『Sudbs!』
続きます




