Case 95-3
2021年10月3日 完成(2時間以上遅刻)
一方そのころ、八朝は最初にして唯一の縁物を見つける。
そして、鳴下家から『ある連絡』を待ち続けていた……
【4月19日(土)・朝(9:00) 篠鶴高校・昇降口】
「わぁ……綺麗な土瓶……」
三刀坂が金色に輝く土瓶を手にうっとりとする。
……『千夜一夜物語』が伝わってない篠鶴市では当たり前の反応なのだろうか。
「その土瓶を拭くなよ、面倒なことが起きる」
「わかってますよーだ」
三刀坂が土瓶を地面に置き、破壊の準備を整える。
だが間もなく、その行動の一切が無に帰す事になる。
「……ッ!」
三刀坂の固有名が全く発音できない。
この学校から一切の魔力が消え失せたからである。
無事に鳴下家の『鎮圧』が発動した証拠である。
「ん……何この音?」
「ああ、化物の断末魔だろう」
「え……あ、そういえば!」
化物は純粋な魔力生物であり、鳴下神楽の消去対象となる。
『鎮圧』された校内では化物も原形を保つことはできない。
つまりは、沓田に嘘をついて煽ったのである。
「それにしても、まだ連絡が来ないの?」
「……少々気付くのが遅れてしまってな、すまない」
今の八朝達は鳴下家からの『完了』報告待ちである。
彼等が『被害者』を救い出すまで『七災』を起こしてはならない。
今回の『七災』が辰之中と同じ仕組みにあるなら
彼等を祈りの地に戻して化物の餌食にする訳にはいかない。
そこに端末からの着信音が届く。
「来た! それで!?」
「……8人全員救助完了、よし壊せ!」
三刀坂が土瓶を上から下に叩きつける。
土瓶の砕け散った跡から粘性の高い黒霧が湧き出してくる。
ここまでは予想範囲内。
この『七災之肆』の隠し方には特徴があった。
まず、昨夜の縁物による集会……これは『付喪神絵巻』の一幕と酷似する。
自らを『付喪神』として知識ある者を騙す、これが第一段階。
何故そうするのかは、謂わば本物の縁物を隠すための『森』なのである。
即ち、金色の土瓶に気付かせないようにする為の工作に他ならない。
因みに、これらは被害者が全員『卵』を持っている共通点から見つける他なく
この時点で『七災之肆』は3重のブラインドを設けているのである。
「よし、逃げるぞ!」
急いで昇降口から離れると、黒霧も堰を切ったように飛び出してくる。
だが無限に広がる訳でもなく、あくまでも昇降口のみ闇の中に溶かすのみ。
「……本当に、あの土瓶だけで良かったんだ」
「気を抜くのはまだ早いぞ」
「そうだね、こっからが本番!」
三刀坂達が黒霧に対峙する。
黒霧を破壊するにあたって前回のように外部からの衝撃でも良いが
それについては八朝の我儘で後回しとなっている。
(……今度は、どんなものを見せられるのか)
前回の『七災之参』では、邪教の社の風景。
だが柚月も口を揃えて、南浦神社だったと証言している。
つまり、別人の記憶の筈なのに八朝の記憶として再現されている。
千里眼は取り戻したが、こちらの方が記憶遡行の手間が省ける。
無論、三刀坂も了承してくれた。
「前回と同じように『助っ人』からの救援は無い
おまけに校内では柚月は戦えない、この意味は分かるな?」
「うん、分かってる……八朝君こそポカはしないようにね」
八朝が三刀坂からの返しに小さく頷く。
そして二人は黒霧の中へと入っていった。
◆◆◆◆◆◆
それは遥かなる旅の途中。
濛々とした山林が、我等の歩みを悩ませる。
それでも諦めるわけにはいかない。
我々はあらゆる里に居場所が無くても、必ず約束の地がある。
霧が前を塞いでも、光が我等を導く。
驟雨が足を凍えさせても、熱意が楽園への足を止めない。
我等は等しく用済みの人もどき。
縄で繋いで命運を共にする煤払いの一団。
だけど……
『そういや、アイツらどうなったんだ?』
『どうせ3個超えた山の向こうで死んでらぁ』
『食料も勿体ないしな』
『でも一人だけ変なやつがいたよな、それでみんな一丸になって……』
『無駄無駄、どうせ最初だけだろ』
我等はまだ見ぬ楽園を目指す人もどき。
捨てられた全てが幸せに暮らせると夢を叫ぶならず者。
だけど、流石に崩れにはどうしようもない。
誰しも同じ夢を抱いているわけじゃないし
それに今踏んでいる土ですら、我等の味方で有り続ける筈が無く。
我等は崩れに沈む肉片と化したのだ。
親友の橈骨が、部下の心の臓が、愛する者の苦悶の顔が。
私の目の前で石や砂と共に乱雑に転がってしまっている。
『うわっ……』
その上を通りがかった高僧が嫌悪感を我等に吐き捨てる。
天上楽土を標榜するお前らがそれでは楽園なんて見つかりようが無い。
何の為に修行しているんだい。
『南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏』
今更慈悲を起こしても遅い。
所詮お前らだってあの村で惰眠を貪る彼等とそう変わりがない。
『弥陀……ひ、ひぃぃぃ!』
我等は我等が許される涅槃を目指す人でなし。
もう命は無くとも、憧憬だけが肉片を動かし続ける。
今は生臭坊主の身体が、我等の渇きを満たす。
お前も我等の列に加わるといい、その素養は十分にある。
そして一緒に目指そう。
肉片の如き魍魎でも、人として認められる理想の里へ……
続きます




