Case 93-4
2021年9月23日 完成
縁の物を破壊したことで駅の方で異変が起きる。
だが、それは想像を越えた変化となって現世に顕れた……
【4月15日(水)・放課後(16:39) 鳴下地区・鳴下駅】
「な……何これ……?」
駅前大通のどん詰まり、そこには風情ある駅舎がある筈だった。
今は脂よりもねちっこい『黒霧』に覆われて原型を留めていない。
表面で弾けた際の飛沫が瀝青に白煙を突き立てさせる。
「もう一度確認するが、『七災』は化物じゃないよな?」
「そのはず、だよね?」
三刀坂も同様に首を振る。
そもそも現在の『七災』に対する認識は推論のみで成り立っている。
分かりようが無い、これの正体が一体何なのか何一つ……
(……)
霧の反応は先刻通り水のみ。
それ以外に調べる方法……あるにはあるがもう消え失せた。
見慣れぬアイコンが並ぶ端末の画面を見つめる。
「どうしたの?」
「……『七災』は縁の物を使ってこの世に無い力を使うんだよな?」
「うん、八朝君が話したことが正しいなら、だけど」
「……」
少し前にマスターに『七災之漆』と疑われた事があった。
曰く、1月に現れ万人の危害を払い、3月末に忽然と消え失せたという。
もしも、自分が『七災』の一つなら。
この世に無い『前の6月』と『前の2月』の法則が持ち込めるなら。
「……ッ!!」
「ふうちゃん!?」
突如として『記憶遡行』が発動し、激しい頭痛に襲われる。
心配する二人の声が遠くなり、消え失せた記憶が浮かび上がる……筈だった。
(……何も、見えない?)
ただ視界が暗くなっていく。
ここまで来て何も無しとは流石に納得がいかない。
最後の力を振り絞って端末の画面を見ようとする。
そこに表示されていたのは……
識別名 : IER-418/■■■
翻訳 : 鳴下駅東口の衛士
適合者 : ■■■■■
深度 : 15792383
結節点 : The_Temple
STR:? MGI:? DEX:?
BRK:? CON:? LUK:?
依代 : 壁
能力 : 偽明神音
縁物 : 丑の刻参り
「これ……は……?」
八朝の目に飛び込んだのは懐かしきRAT_Visonの分析結果。
所々改変されて意味不明だが、見慣れた単語がいくつか。
そのせいで外の状況への気付きに遅れる。
「な……!?」
八朝達は急速に広がる黒霧に飲まれる。
全員纏めて『七災之参』の体内へと幽閉された。
◆◆◆◆◆◆
かーん、かーん、かーん
清く響く筈の金属音が、生命に阻まれて蹲る。
それは、その生命の主をすり減らすための穢らわしき儀式。
いや、ここでは少し趣が違う。
かーん、かーん
加えて水の音、木々のざわめき、なのに似つかわしくない轍の引く音。
都会の中に、深山の社を再現する試みなのだろうか。
余りにも暗い社の中を、関係の無い街灯が橙で鈍く照らす。
……。
既に季節は晩冬、新暦の切れ目の静かな深夜。
即ち丑年、丑月、丑日、丑刻を満たす聖なる時の中。
模された社に、目論見通り『明神』が降り立つだろう。
かん
お客様が来たようだ。
でも招かれざる者がひいふうみい、古書ではこれを敬えという。
では、ぼくもそうすることにしよう。
◆◆◆◆◆◆
「ここは……?」
八朝の意識は真っ暗闇の中で目覚める。
上下左右天地ともに黒の代り映えの無い景色、つまりは何もない。
「八朝君?」
「そこにいるのか?」
三刀坂の声が聞こえて振り向く。
だけど、何も見えない……もしや視神経を破壊されたのだろうか。
「なにも、みえない」
「そっちもか」
「あ、私も見えないんだけどこれって……」
全員がだんまりを決め込んでも結果は変わらない。
記憶が正しいなら、自分たちは『七災』の腹に収まった。
これが化物であるなら、捕食されて死が確定したのだろう。
「すまん、動けなかったばっかりに」
「ううん、こっちの判断が遅かったからだから
それよりも、食べられたのに私たち生きているんだよね」
「そうらしいな」
未だに生きている事への疑念を前向きに捉えなおそうとする。
そんな三刀坂に背中を押される形で思考する。
(……春だってのに妙に寒すぎる
そんな事より、何も見えないというのであれば……!)
八朝は霧を展開して状況を探ろうとする。
そして反応は迅速に現れた。
「そこにいるのか?」
「あっ、八朝君!」
三刀坂の姿がほんの少し白い輪郭で浮かび上がる。
同時に柚月も見つけるが、視線が上の空である。
「柚月! 柚月……?」
「ねえ、あれって……ひとだよね?」
指差した先に凄まじい勢いで構築される輪郭が見え始める。
天井、畳、破れた襖、厳かな調度品、それを収める広い空間。
夥しい文様の先に、一人の見知らぬ少年の姿があった。
次でCase93が終了いたします




