Case 92-4
2021年9月18日 完成
2021年9月20日 ストーリー修正(大部分)
化物の群れを越えて漸く『七災』の下に辿り着く。
駅の反対側の出口に『七災』が静かに佇んでいた……
【4月14日(火)・放課後(18:11) 鳴下地区・駅前大通り】
「……」
異様な気配で一つの鎧が佇んでいた。
動く様子もなく、細剣を掲げてヘルム越しに目の前を睨んでいる。
衛士というよりかは騎士のような出で立ちである。
(試しにこのまま行ってみない?)
(いや、俺達には『コレ』がある)
八朝が輪を取り出す。
幻影を行かせてどうなるか確かめる、という思惑を三刀坂も理解した。
そして輪を衛士に向かって投げてみた。
「……」
衛士の視線は輪へと注がれる。
彼(?)の認識でも輪が『鳴下家を侵す不審者』に見えているのだろうか。
更に霧を仕込んで衛士の能力を探ろうとする。
(な……これは……!?)
最初にアクションが起きたのは霧の方。
……衛士に触れている筈なのに、何一つ変化していないのである。
一瞬自分の修行不足を疑ったが
霧に関しては修行する前から使い慣れているものである。
それ以外で反応しない物といえば……
「魔力が……無い……?」
「えっ!?」
八朝と同じ反応を示す三刀坂。
魔力が無いという事は龍脈に繋がっておらず、ひいては魂が無い事を意味する。
路傍の石の如き存在が、あんな鋭い眼光を放っていい筈がない。
「……」
輪が衛士の後方を通り過ぎようとする。
途端に衛士が構えを解き、細剣で輪を一薙ぎ。
「向きが変わった……!?」
輪に掛かる重力の向きが突然変更された。
そうとしか言いようのない淀みなき真上への旅路を呆然と見つめる。
だが真に恐ろしいのは衛士の『瞬間移動』の方である。
いつの間にか窓枠の前に現れた衛士が輪にもう一撃。
左、右、下の改札台、左、受付の窓……目にもとまらぬ速さで遷移する。
やがて耐久が底をついて輪が砕け散る。
「……ッ!」
八朝が罰則を食らって倒れ込む。
相変わらず意識は消えないが、体中を圧縮される苦痛に苛まれる。
「ね、ねぇ! こっち向いてる!」
「……ッ!」
八朝も苦痛の嵐の中、明確な敵意を感じ取る。
篠鶴市での『敵』は異様に『重圧』の掛け方が上手い奴ばかりである。
お陰で、八朝は疎か三刀坂でも察知できてしまう。
『■■!』
衛士が何の脈絡もなく八朝達の目の前に出現する。
灯杖による『相殺』を狙おうとして、更なる異変が撒き散らされる。
「がっ……!?」
「八朝君!?」
普通の『突き』では有り得ない程の衝撃が鳩尾に刺さる。
いつの間にか灯杖にも致命的な罅が走り、崩壊まで秒読み。
そこに二撃目と『城壁』が衝突する。
衛士が与える筈だったダメージが魔力泡となり後方へと吹き飛ばされる。
(な……!? 勢いが強すぎて……ッ)
『城壁』発動者の依代へと吸い込まれるそれが、そうならない。
代わりにいくつかの欠片が灯杖へと当たり、その崩壊を食い止めた。
「行くよ!」
戦闘不能の八朝を三刀坂が抱える。
広くなったコンコースを抜け、改札を飛び越すように走る。
陸上競技を磨いた彼女だけあって、障害物は減速要因になっていない。
「君たち待ちたま……ッ!?」
駅員が無賃乗車候補の二人を追おうとして異変に気付く。
『七災』を起こした相手なのだ、何かすれば自分まで巻き込まれる。
駅員は急いで受付の中へ潜り、窓からも離れて蹲る。
だがもう遅い、彼等を追い払おうと渾身の力で珈琲を投げつけた後であった。
「……ッ!?」
三刀坂の直ぐ傍を熱々のマグカップが飛んでいく。
中にあった珈琲の汁が八朝の額に掛かり、少し嫌な思いをする。
(そんな事よりアイツの事だ! 確か……)
『七災之参』は魔力も無しに力の方向を変えることができる。
どころか瞬間移動も可能とし、その速さを以て相手を滅多切りにするのだろう。
何故、どうやって、何もかもが霧で得ることができない。
(だったら霧に頼るな、考えろ……何が見えたんだ!?)
上に飛ばされたとき、左に飛ばされたとき。
受付窓……輪が壊された瞬間の暗闇に影が影響しなかったとき。
そして、目の前にホームへの出口と、渡り通路の為の登り階段。
①そのまま少し汚れた階段を登らせる
②ホームへ行くように急いで指示する
……いや、もう選びようがない。
八朝が最後の力を振り絞って叫ぶ。
「ホームへ行け!!」
三刀坂は疑問を挟むことなく階段を諦める。
タッチの差で三刀坂がホームへと踊り出す。
異能力の身体補正を加え、10メートル以上ある対向ホームへと跳躍。
余裕をもって着地し、再び施設内へと走ろうとする三刀坂。
「屋内に入るな! 外から逃げろ!」
「わかった!」
踵を返した瞬間、屋内側に再び衛士の影。
細剣による一撃はすんでの所で空を切る。
そしてホームの先端にある柵を飛び越えて沿線道路に着地する。
「……あれ?」
あれだけ執拗に追ってきた衛士が追ってこない。
駅のホームから恨めしそうに見える視線を送り微動だにしない。
それが、方向を変えても睨まれているように見える。
「……八方睨みの猫」
「八方睨み?」
「どの方向から見ても睨んでくる猫の絵の事だ」
鼠被害を防ぐために天敵である猫の絵を門前に貼る。
養蚕業の人間が利用し、絵師の名前から『新田猫絵』とも称される。
「あと、さっきの階段の方を見て何か気付いたことは?」
「えっと、確か突然何でもない所が茶色く汚れてた」
「騙し絵だな」
原語で『目を騙す』と称される絵画の事である。
その一つに、壁に通路の絵を描いてその先が続いているように錯覚させるものがある。
だが、新田猫絵は騙し絵でもないし、そもそも絵は独りでに動かない。
「まぁ、魔力無しに動いてた意味は終ぞ分からなかった」
八朝がよろめいた瞬間に三刀坂が支える。
咎める様な視線を送られるも、最後の問題が残っていた。
「後は柚月だけだな」
次でCase92が終了いたします




