Case 08-2
2021年1月26日 ノベルアップ+版と同期の際に
旧Case08-1より分割
【15時06分 月の館・開放区画】
「事情は上手く話せないけど
ここには3年ぐらいお世話になったから、内部事情も詳しくてね」
三刀坂がざっと自分の入院歴を話す。
院内の動線、手続きの手際の良さ、内部の人とのちょっとした会話……どう考えても事実であった。
「それで探している人って406号室の人だよね」
「あ、ああ……」
「良かったぁ……
あたし、406号の字山君とちょっとした知り合いなの」
こんな所で繋がりが発生したことに驚く八朝。
掌藤の厄介事を引き受ける前に彼女に相談した方が早かったのではと思ってしまう。
「ちょっと待て、それじゃああの噂は……」
「うん
知ってたし、本当だって事も知ってるよ」
つまり、彼女に試されていたらしい。
「……本当は会って欲しくなかった
私の事を思い出してからでも遅くはなかったじゃないかなって……」
「それじゃあ何故……」
「……おかしいもん
あたしが出会う前から『知らない八朝君』の話ばっかりしてたから……」
それは『記憶を失う前の八朝』と三刀坂が恋人同士だった記憶を指している。
そんな彼女と字山の会話風景を想像すると、中々に不気味なものであった。
「それは出会った後もか?」
静かに首を縦に振る。
確かにこの様子なら記憶を取り戻すどころか狂気に囚われかねない。
だが……
「それでも確かめたい
嘘でも本当でも取っ掛かりさえあれば連鎖的に思い出せるはずだ……」
丁度そのタイミングで彼らを呼ぶ声があった。
どうやら彼が三刀坂の呼んだ職員であるらしい。
軽く挨拶をして、さっそく案内してもらう。
「本当にここは開放病棟扱いなのか?」
先程から見える病室のドアには鉄格子。
まるで刑務所のような外観だと苦言を呈した八朝に職員が反応する。
「いえ、分かりますよSln.117287さん。 でも本当にここは開放区画なんです」
曰く、患者でも自由に移動ができるので開放とのことである。
活気はあまりないせよ、異能力者と思わしき同じ格好をした人々が歩き回っている。
「閉鎖区画には犯罪者と治る見込みのない暴走者が収容されていますので」
「……ああなるほど、それで」
「ええ、ここには完治間近の患者しかいません。そしてあなたたちの言う406号室は明日にも完治する患者と聞いています」
「なるほど……」
今回は職員に対してではなく、自分の疑問に対してである。
確かに部長の言う通り手遅れ寸前なのだろう、治療とイコールにならないのがまだ解せないのだが話は繋がった。
『患者患者ってまるで自分の事を病院みたいに言ってるよねー』
小声でこちらに語り掛けるエリス。
これでも彼女の精いっぱいで隠蔽したつもりであったが、無駄であった。
「なんと!?
それは妖精ですね! 喋るとは珍しい……それで、貴方はどういった……」
畳みかけて質問してくる職員。
妖精とは使役することに成功した化物の事であり、彼が異能力研究機関である篠鶴機関の末端であるなら無理もない反応である。
「いや、彼女は異能力で作成された正真正銘の妖精だ」
「なるほど、そうですか……ではあなたはNom.164058さんの……」
「誰の事かは分からないが、掌藤のことであるならその通りだ」
そう聞いた職員が感慨深そうに眼を閉じる。
「なるほど、ついに彼女も会話できる妖精が作れるようになったのですね……」
「掌藤を知っているのか?」
「ええ、知っていますとも書類上で
面白い能力だったので僕のお気に入りなんですね!」
一瞬でも気を許した自分をぶん殴りたいと思った。
人を識別番号呼びにした時点でこの男も信用のならない人物であると認識すべきであった。
(ごめん、偶にそういう人もいるから)
三刀坂がハズレ職員引いちゃったね、と慰めてくれる。
「すみません、ちょっと興奮しちゃって……
はい、ここが406号室……Sln.149438さんが入院している病室になります」
「ありがとうございます」
そう言って職員を見送る。
目の前には多分記憶通りの病院と同じ、名札のついたスライド式のドアがあった。
『なんかあの人きらーい』
「同感だな」
ドアをノックすると白衣姿の初老の男性が現れた。
「はい、面会予定ですな。
じゃあ私はお茶の用意をしますので……」
と、隣の台所に向かって行く。
これ以上職員と関わらなくてよかったと思いながら、まるでアパートのような病室のメインへと向かう。
奥のベッドに座っていたのは、ここにいる異能力者達の中でも特に病院服が似合う病弱そうな青年であった。
髪はぼさぼさで少し長く、緑色の目が忙しなく動く。積まれている本に薄くほこりが積もっている。
「あっ!
風太君と……三刀坂ですよね、お久しぶり!」
「お久しぶり!!」
「あ、ああ……お久しぶり」
噂通り、自分が八朝風太であると一発で見抜いた。
彼の名前は字山光樹、八朝の待ちに待った元世界の親友らしき人である。
「あっ、そういえば僕の事も忘れているんですね……
お互い神隠し症候群は大変ですよね」
「まぁ、な……」
ようやく巡り合えた親友も自分と同じ苦悩を吐露し始める。
何となく周りが優しい、自分だけ疎外感を感じる、特に治りかけだと分かるや否や更に優しく接してくれるようになった。
見返りの無い善意が怖い、何か裏がありそうだと思う自分が嫌で仕方ない。
「何か俺たちってこの世界から『早く出ていけ』なんて思われていそうだな」
「そう、それ!」
『まー私は転生者だからわからないけど、確かに何か優しすぎるよね』
「え?
もしかして、■■さんも神隠し症候群なんですか?」
一瞬何か聞き取れなかった。
もう一度聞こうとして、字山の顔が悲しそうに俯いているのを見てしまい、質問の手を止めた。
「あっ! 長々とすみません
お茶がまだでしたね……ちょっと待ってください」
立ち上がって電気ポットの置いてある出窓に向かう。
ベッドの隣にある机に促されて、椅子に座っていると暖かいお茶が出される。
先程から彼の様子がおかしい。
それは隠れた兆候を察知したわけでなく、明らかなシカトである。
徹底的に三刀坂を居ない者扱いしている。
「そういえば風太君、何か聞きたいんですね?」
「ああ」
「何でも聞いてください」
「あの初老の職員をどこにやった?」
続きます




