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2021年9月3日 完成(1日遅刻)


 記憶遡行・定着処理最終フェーズ

 処理完了まで残り2630秒、2625……2620……




【TIMESTAMP_ERROR 鷹狗ヶ島・不明】




「終わった、ようやく終わった……」


 血塗られた犠牲者の上で、八朝(やとも)が呆然と呟く。

 鷹狗ヶ島全人口685人、これで最後である。


 漸く死に絶えた島から一切の声が無くなったのである。


「やった……やったぞ!」


 復讐は為された、家族を奪った鷹狗ヶ島そのものを殺しきった。


 本当なら更に苦痛を与える予定だったが

 柚月(ゆづき)がいる以上はこれ以上先延ばしにすることはできない。


 八朝(やとも)の渇いた笑いに答えるのは潮騒だけだった。


「はは……は……」


 だが、笑い声は永続しない。

 渇いた喉が苦痛を発し、それに応える対象がいない。


 だが、八朝(やとも)は頭を抱える事で愉快さを手放してしまった。


(どうして、憎くて仕方のない奴等を皆殺しにしたのに

 したはずなのに、どうしてなのか……どうしようもなく苦しい……)


 きっとそれは無実の人間を殺し尽くした罪悪感から来たのだろう。

 だが『何か』が違う、それがたまらなく苦しいとは……


「……」


 ふらふらと、呆然自失のまま帰り道を歩く。

 人の生活の色を失った風景は、霧のように均一で頼りない。


 自分が家に帰っているのかどうかも分からなくなるぐらいの静寂の中

 八朝(やとも)も、押し潰されるように黙り込む。


 千鳥足になりながら、正しい道を頼りなく歩いて1時間弱。


「おかえり……?」


 柚月(ゆづき)のいつになく頼りない挨拶を聞く。

 匂いからして祝うための料理を作ってくれたのか、だが……


「どうした……の……?」

「……いや、何でもない

 それよりもちゃんと殺してきた、これで達成だ」


 八朝(やとも)は精一杯のお祝いを込めて柚月(ゆづき)に返す。

 だが、表情が晴れてくれない、何かマズってしまったのか……?


「……どうした、そんな……顔で?」


 だが、最後まで言えずに唐突に柚月(ゆづき)に倒される。

 布団を掛けられ、食事の支度も手早く片付ける。


 何が何だか分からずにいると、柚月(ゆづき)も滑り込む。


「一体何が……」


 今回は逆で、柚月(ゆづき)に撫でられる。

 意味が分からないが、何故か心の底から安心できる。


「晩御飯はどうするつもり……」

「明日の朝に、回せば」

「そうか……」


 段々と、暖かさと共に眠気がやって来る。

 こうなって以来、終ぞ来なかった眠気の気配に、少々驚く。


 少しずつ、気が遠くなっていく……


『ごめんね、こんなことしか、出来なくて』


 そんなことは無い、柚月(ゆづき)がいなければ今頃は……

 あの家族の亡骸を見つめながら朽ち果てていたに違いない。


 俺を生かしてくれたのは紛れもなく柚月(ゆづき)なんだ……


『……』


 何か、変な事を……?


『ううん、なんでもない

 ……最後まで、気付けねかったんだね』


 どうした、いきなり力を強くして。

 寝にくくは無いが、でも疲れはしないのか?


『……最後まで、それを解いてあげられなくてごめん

 全然、住民の人殺せなくてごめんなさい、最後まで傷つけて』


 ……それこそ有り得ない。

 寧ろ柚月(ゆづき)の方がこの島から出られなくて困っていた。


 ここまで漸く頑張った。

 あと3人で……君は……きみ……は…………


『……』


 そうして八朝(やとも)は眠りについた。

 実に320日ぶりの睡眠、これで彼の発狂は解消される。


 だけど、終ぞ自分を『誰か』と勘違いし続けたのが……


『…………』


 抱きしめる力を強くする。

 自分よりも大きな人を慰めるだなんて、不思議だけど。


 明日になれば、この地獄から解放される。


 最初はそれだけだったのに

 彼以外誰も人間じゃない悍ましい光景だったのに。


『ごめんね……』


 自分ではどう足掻いても彼を救うことはできない。

 だから、この時だけでも、せめて欠片でも……


 そうして、夜は明けていった……




◆◆◆◆◆◆




 その日は静けさに加えて不気味な感触のする朝であった。

 久々に降ってきた雨が、屍山の腐敗を加速させ、臭気を強くする。


 それが潮風で運ばれ、最早逃げ場が無い。


「……」


 折角のお祝いの食事が死によって穢される。

 それでも残してはいけないと思い、必死に耐えながら味を楽しむ。


「……」


 それと共に柚月(ゆづき)から意外そうな視線を受ける。

 そういえば今日は、あの赤黒の瘴気が全く見えない……


 瘴気が邪魔していた風景が、徐々に鮮明になっていく。


(あれ……ここは家……じゃない?)


 そうだ、このだだっ広い畳の間。

 血の文様は消え失せているが、ここは南浦神社の本殿。


 それじゃあ本当の家は、それに『■■』は……


『あっ、来た……』


 いつも通り、いやそれにしては早すぎる時間帯に神託が下る。

 柚月(ゆづき)を通して本日のターゲットが言い渡される。


 だが、二人して困惑と疑念の顔となる。


 当然だ、昨日の3人で全住民を殺した筈。

 あの枯れ木(イザナミ様)が現れるなら兎も角、追加のターゲットを寄越すとは。


「……」


 固唾を飲んで見守る。

 存在しない『住民(ターゲット)』に戦々恐々としながら。


 あの家、『僕』を助けてくれた『■■』、確かその名前はシノミ……




四宮竜蔵(しのみやりゅうぞう)四宮秋名(しのみやあきな)、四宮……」




 迂闊にも箸を落としてしまう。

 気付かれてはいけない、その名前に恐ろしいほどに懐かしさを覚える事を。


 『■■』が……いや、柚月(ゆづき)がこちらに来ないように。


「そうか、なら今すぐにでも行く」

「うん、だったら……」


柚月(ゆづき)はここで待っていてくれ

 安心しろ、すぐに終わらせに行くから……」


 そう言ってそのまま外に出ようとして、裾を掴まれた。

 その眼は無言ながら、問い詰める様な強い意思を感じる。


 何故か、俺だけは絶対に行かせないという……


「……」

「心配するな、確認したらすぐに戻るから」


 八朝(やとも)は精一杯正気の振りをして説得しようとする。

 正直すぐに見破られると思っていたが、段々と裾を掴む力が弱くなっていく。


 いや、柚月(ゆづき)が胸を抑えて苦しそうにしている……


「お、おい! 大丈夫か!?」


 あの時と同じような呻き声。

 どうやら、枯れ木(ヤツ)が急かしているらしい。


「……ッ!」


 八朝(やとも)は急いで『■■』もとい四宮(しのみや)の家へと向かう。

 直観が正しければ、あの家は山狩りに遭って焼け跡しかない筈。


 もつれそうになる足に、いつまでも続きそうに思えるいつもの坂。

 あと少し、もう少しで真相が見える……あの『夢』の正体を……


「……はは」


 坂の向こう、帰るべき家はあの時のまま残り続けている。

 ……アレは『夢』でも『幻覚』でもなかった、ましてや『発狂』が始まりでもない。


 最初から枯れ木(イザナミ様)に呼ばれていたのだ。


「ふざけるな……ふざけるな!」


 八朝(やとも)は余りの理不尽に天を呪う。

 だが、四宮家が島に呼ばれる道理は存在している。


 彼女らも元とはいえ鷹狗ヶ島の住民、ならば殺害対象に違いない。

 枯れ木(イザナミ様)が言ったのは『現住民全員』ではなく『全住民』。


 あの神の悪意に、漸く手が届いた気がした。


(……)


 だが、今は柚月(ゆづき)が殺されそうになっている。

 早く殺さないと、犠牲者の数が3人から4人に増えるだけ。


 たかが3人、だけどその3人はこの島で唯一の人間らしい人間。

 それすらも呪詛対象に選んでしまった己の浅はかさを呪う。


(…………)


 精神的に、彼等を殺す事ができない。

 足取りは鉛のように重く、決意も既に(なまくら)と化した。


 だが、脳裏に過るのは自分の頼りない相棒。

 巻き込まれただけの、それだけなのに優しくしてくれた柚月(ゆづき)


 この島で唯一『暖かい』と思ったものをむざむざと殺させて堪るものか。


 だから、弱い自分は『狂気』に縋る他なく

 折角取り戻した正気を、妄想めいた赤黒の霧(はっきょう)へと沈めていく。


「……ああ、そうだ

 何日も帰っていなかった」


 ふらふらと、家へと帰る。

 帰るべき場所へと帰るのでなく、使命である皆殺しを携えたまま。


 戸口を開くと、思ったよりも静か。

 こんな朝遅くなのに誰も起きず、余計に夢の様な違和感が増していく。


 だから、寝室へと向かう。

 そこには恩人の四宮竜蔵(しのみやりゅうぞう)とその妻の秋名(あきな)


 すやすやと、健やかな寝息を立てている。


「……」


 錆刀を手に取り、竜蔵の鳩尾を狙って突き立てようとする。

 僅か50cm足らず、だがそんな距離が永遠のように感じてしまう。


 1cmずつ、切先を降ろす度に、記憶を思い出していく。




 あの突然家族の光を奪い去った土砂崩れの夜。

 自分だけが生き残り、それ以外が良くて肉塊、悪くて苦悶の声。


 『たすけ、て』


 妹の、既に胴体を失った家族の最悪の遺言を聞く。

 これで自分以外の家族が全員死亡した。


 『……』


 そんな現実があってたまるのか。

 これは夢だ、夢に違いない、だからこんな地獄から……


 その願いが、八朝(やとも)の原罪を作り出した。


 彼は飢えで倒れながら、土砂崩れ前の『幻覚(にちじょう)』に囚われた。

 本当はもう骨しかない家族と、永遠の家族ごっこを続けようとした。


 だが……




 『お、おい! 無事か!?』




 その声は全くもって見知らぬだれか。

 恐らくは、あの土砂崩れ以降にこの島にやってきた部外者。


 彼によって幻覚は中断され、元の受け入れたくない現実へと引き戻される。


 余りの憎悪に記憶を家へと置き去りにしたが

 この四宮竜蔵(しのみやりゅうぞう)、彼が与えたのは予想以上のものだった。


 彼の家では自分が部外者の筈なのに、3人とも暖かく迎えてくれた。

 衣食住、全てが足りて恩を返すという礼節まで身に着けることができた。


 そんな彼等に……最悪の仇で返そうとしている……




「ぁぁ……ぁ……」




 それ以降はほぼ覚えていない。


 分かるのは3人分の温かみのある返り血の感触。

 それに気づいて、漸く自分は為すべき事を終えたのだと笑った。


「ははは……はは……は」


 それは絶望へと変わるものでなく、単に脱力していくもの。

 段々と自分が剥離していく、本当のおわりの風景。


 夢へと逃げた自分を責める事もなく

 無事の筈の柚月(ゆづき)を心配する一欠片すら消え失せた。


 ただ、窓から見える空と海がこちらを呼んでいた。


「『僕』も今行くよ」


 八朝(やとも)の足取りは自然と家裏の崖へ。

 眼下に広がる波が砕け散る磯の風景、そこから無数の声が聞こえる。


 680人殺し、最後は恩人まで惨殺した人擬き。


 だから、罪悪感のあまりに崖へと落ちていった。

 ただ死ぬために、彼等と同じように醜く屍を晒すために。


 だが……


『ぅぁ……ぁ……ぁぁ……』


 何故か、意識が終わらない。

 全身を砕かれる激痛が消えず、逃れようと呻き声を上げる。


 それが、彼への神罰なのである。

 同害報復、彼が全住民への永遠の苦痛を望んだのなら、罰も同じく。


 彼は死にながら永遠に死の苦しみを味わう。

 そう、彼が錆刀で解放した『住民(かれら)』のように。


 だが、もう錆刀は折れ、誰も殺せない。

 これこそが『永遠の苦痛』、彼が与えたかったもの。




 その様子を枯れ木(イザナミ様)がいつまでも嘲笑っていた。




【int countTransmigrate=1 鷹狗ヶ島・四宮家】




 これは罰に違いなかった。


 今更鷹狗ヶ島の夢を見るだなんて

 それ程までに私は、あの時の事を悔やんでいた。


 あの夜、無理にでも『彼』を乗せていたら。

 父の見え透いた嘘を糾弾していたなら。


 ……『彼』に恐怖を抱いていなかったら




 『……未明、鷹狗ヶ島が消滅し』


 家族の全員が顔を見合わせる。

 誰もが、その犯人の姿を思い出してしまったからだ。


 それから、この夢が始まった。

 あの時よりちょっと大人びた『彼』と失われた日常を続ける夢。


 覚めるたびに思う。

 『彼』だけはあの島にいてはならなかった。


 最初は慣れなくて苦労しても

 賢い『彼』なら、よく耐えてよく働く『彼』なら……


 そんな『彼』の未来を奪ったのは外ならぬ私たちの臆病で……




『……』


 だから、今日の夢はとても静かで

 誰もが眠っている間に、血塗れの『彼』が現れて……


『…………』


 私を殺してくれた。

 あの奇妙な夢、必ず『彼』が夜に出ていく日常の続き。


 その全てが苦痛という罰と共に終わってくれた。


『………………』


 だけど、夢は終わらずちょっと先へ。

 自分は苦痛から切り離され、中空を漂う視点となる。


 そこで、『彼』が家裏の崖下で苦悶のまま潰れていた。

 ああ、当たり前だ……そんなのに耐えられる筈が無い。


『貴様らはアレに仇で返されたのだ

 全住民を永遠に苦しめるという願い、しかと受け取ったぞ』


 しかも、生きたままなのが余計に悲しい。

 どこからか聞こえる嘲笑すら耳に入らず、私は悲しんだ。


『……あ』


 そんな彼に近づいていく一人の少女。

 少女は『彼』の遺骸を抱き、涙を流していた。


 多分、彼女が『彼』を最後まで支えたのだ。

 そんな彼女への感謝と、思ってはいけない筈の『嫉妬』。


 自分だったら……これより前に……

 だけど、それこそが浅はかな考えで、彼女の足元にも及ばない。


「……ぁ」


 何しろ、彼女が『彼』を終わらせたのだから。

 錆びた刀で心臓を貫き、『彼』は穏やかに息を引き取った。


 ……もし、次があったなら。

 何かの巡り合わせで、もう一度『彼』に出会ったなら。


 今度は恐れずに向かい合いたい。

 それで『彼』の悍ましき未来を回避できたら……


 祈るように、消えるように、私の時が終わっていく。

 最後まで『彼』を抱く彼女の慟哭が止むことは無かった……




『昨日未明、■■区の一家全員が変死体で発見されました

 犠牲者は■■■■社の正社員四宮竜蔵(しのみやりゅうぞう)とその妻秋名(あきな)、娘の……』




◆◇◆◇◆◇




 Complete




Interest RAT

  Chapter 0   再構築 - Re-Construction




END

これにて間章を終了いたします


端的に言えば、これが主人公の思い出した過去の全てであります。

まだ不明な点がいくつか残っていますが、果たしてどうなる事か。


次回は第4章のEルート

無論、この間章の内容がガッツリ関わってきます


投稿が遅れた事、更に1週間程休みを取る事

本当に申し訳ありません


必ず舞い戻ってやりますので

見かけたら是非ともよろしくお願いいたします

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