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2021年9月2日 完成(2時間以上遅刻)
記憶遡行・定着処理セクタ4
チェックサム異常値・改変されている可能性があります
【TIMESTAMP_ERROR 鷹狗ヶ島・不明】
「本日も『夜鬼』に気を付けろ
それじゃあこれで今日の学校は終わりだ」
その一言で皆帰る準備や談笑するなり残り時間を楽しむ。
八朝が下駄箱で外履きと履き替えていると
字山に背を叩かれる、いつもの事だ。
「それじゃあまた明日!」
「……ああ」
八朝がいつも通り別れの挨拶をする。
……その時点で既におかしい、この島は既に死んだはずだ。
だが、死んだはずの島でこうして日常が進行している。
「……」
八朝がいつも通りに柚月の家に帰る。
『あっ、八朝くんお帰りなさい!』
『今日はカレーライスよ』
『やったあ!』
母娘での他愛のない会話、もうあと1時間すれば父も加わる。
ごく普通の家庭の風景、八朝が求めていた世界。
……但し、この家にいるのは八朝一人だけである。
『ねえねえ、学校で何があったの?』
「特に何も、普通だったよ」
『えー! 絶対嘘だよ、二やついてるし
あー……もしかして明日の私の浴衣について思ってたでしょ?』
「なっ……!」
図星を指されて恥ずかしい思いをする。
こんな日がいつまでも続いてほしいものだと全力で思う。
明日はどんな日になるのだろうか。
誰と話をして、どんなことが起きて、どう日常が変わるのか。
全くもって楽しみで仕方がない。
『ねぇ!』
『いつまでこれを続けるつもりなの?』
柚月がリビングへと入って来る。
彼女は、いつも八朝の『一人芝居』に遭遇してしまう。
この家には何も無いのに、彼の中で過去が繰り返される。
恐ろしいのは、彼の幻覚が柚月にも見えている事。
八朝はその場にいるだけで呪詛を撒き散らしていたのである。
「あ、それと今日も夜中に仕事があるから」
『えー! またなの?』
「これも必要な事なんだ、分かってくれ」
八朝らしくもなく柚月の頭を撫でる。
無論、彼の瞳の中に柚月の表情は一切映っていない。
「晩御飯は置いといてくれ
それじゃあ、行ってくるよ」
そうして、八朝が柚月の家から出る。
暫く彼女の姿を探して見渡していると、柚月が玄関から出てくる。
「ああ、ようやくか
それじゃあ、今日は誰がターゲットなんだ?」
『……今日は』
柚月曰く、咲見の玄さん、南浦の柵野さん、はずれの■■さん。
見事に全員がバラバラの場所で頭を抱える。
『それじゃあ私は玄さんって人から』
「……いつも雑誌を売ってくれる人なのに水臭いな」
『……』
未だに発狂している八朝は気付けていない。
『■■』と柚月が赤の他人であること、無論そんな記憶すら無い。
水臭いと言っても、今から自分たちのする事とは即ち……
「それじゃあさっさと終わらせて、さっさと帰ろう」
そう言って柚月と別れる。
目の前にはいつの間にか赤黒の瘴気が立ち込める不気味な夜の帳。
あってはいけない世界の風景。
それが『日常』に浸食してこないようにするのが八朝達の仕事。
呻き声が聞こえる……あの先に日常を壊す『死者』がいる。
「……」
八朝はまるで落ちるように坂道を駆け降りる。
まずは、■■さん……続いて柵野さん。
幸いにも柵野さんは夕ご飯を買い忘れたのか外に出ている。
「あ……ぁぁ……ぁ……」
昼間とは見る影もない、まるで全体が腐り果てたような恐ろしい姿。
これが昼間にも出没すれば大変な事になる、故に……
『我より袂を分かつ汝の名は『火雷』……』
それはいつかの『世界』でも通じる『魔術』の始まり。
だが、『火雷』には『死』や『浄化』といった意味は存在しない。
寧ろ、それは『麻痺』……胸部に纏わりつく『火雷神』であれば……
「ぁ……ああああああああああああああ!!!」
さんはのたうち回る。
心臓が鉄のように硬くなり、ひんやりとした『激痛』が奥底から沸き上がる。
誰だって死を予感する程の恐怖に、悲鳴を上げ続ける。
『ありがとう、助かったわ!』
しかし八朝の耳に届いたのは、何一つ根拠のない幻聴。
自分がこの異変から救い出しているという『妄想』より生まれた深淵の声。
決して、柵野さんの意思が介在することは無い。
「どういたしまして
それじゃあまた明日」
笑顔で別れる八朝。
死にきれず永劫の死痛に泣き叫ぶ声なぞ、届きもしない。
『順調そうではないか』
途端に、ある声が響き渡る。
あの『枯れ木』がまた姿を現す、確か名前は……
「イザナミ……」
『様を付けよ、我は神であるぞ』
イマイチ彼女については信用ならない。
殺せと言いながら錆刀を渡し、■■を台無しにした。
……■■って何だっけ?
『今日お主を訪ねたのは他でもない……』
『お主、神罰を怠っておるよな?』
先程の柵野さんへの処置、確かに傍目では死に等しい。
だが、あの程度の呪いでは死ぬことは無い、真に殺すには……
「ちゃんと殺してるよ」
『なら何故錆刀を使わぬ、それでは彼奴は死なぬぞ』
「……」
八朝はだんまりを決め込むことにする。
そもそも殺し方は自由なのだから、今更口出しされる謂れはない。
『ほう……ならばわしにも考えがある』
そうして枯れ木の末端に心臓が現れる。
それを枝葉で握りつぶすと、途端に柚月の苦悶が聞こえだす。
「お、おい! 何やってる!? ……ああもう!」
八朝は意を決して錆刀を抜き、柵野さんに突き立てる。
彼女はふっと力が抜け、大層穏やかな顔で朽ち果てていく。
八朝は心因性のショックで『晩御飯』を吐き戻した。
『そのように我が罰に励むがよい』
そうして枯れ木が忽然と姿を消した。
◆◆◆◆◆◆
本殿で帰りを待っていると
血塗れの柚月が姿を現した。
「ただいま……って!?
お風呂は沸かしているから先に入ってけ」
そう言って彼女に入浴を促し、今日降り積もった穢れを払わせる。
着替えも何度か用意するうちに慣れて、効率的に持ってこれるようになった。
そうしてすっかりきれいになった柚月が戻ってきた。
彼女は広すぎる本殿内の片隅に正座する。
「どうしたんだ、そんな顔で
今日も何か嫌な事でもあったのか?」
「……」
この時の柚月は何も語ってくれない。
だがその顔が、何となく助けを求める顔のような気がしてなんだか放っておけない。
なので、柚月を横倒しにし
彼女の頭を八朝の膝の上、つまり膝枕である。
「……!?」
「家に伝わる方法だ、嫌な事があったら大体これで何とかなる」
八朝は柚月の頭を撫で始める。
顔がうつ伏せなので表情は分からないが、少しは癒されてくれると有難い。
「もう残りも少ない
そうしたら柚月をイザナミから解放してやるから……」
彼女が突然襲われる『苦悶』、それもまたイザナミ様の神罰であった。
それを除去するには『全住民を殺す』、それ以外に方法が無い。
だが、その罪悪感にどれだけ耐えられるのか。
本当に憎かったのは繧エ繝滄?驛の一派ぐらいだったのに
いつの間にか全く会った事も無い人間を手に掛けている。
そういえばあの時、柵野さんは……
『やめて! 私は関係ない!
寧ろ貴方にできるだけ優しくしてきたのに……!』
「……ッ!?」
一瞬、手に込める力が強くなるところであった。
そんなことをして柚月の苦痛を更に増やす心積もりは無い。
少なくとも今この時は、身を預けている時ぐらいは安寧であってほしい。
だが、細かな震えを見逃すはずはない。
「それじゃあ布団を用意するから
……今日も隣が良いのか、まあしょうがないな」
毎日のように来る『この要求』にもすっかり慣れた。
昔に比べて……いや、成長に反比例して甘えん坊になった気がする。
それでも気にしてやらないのが家族としての役割なのだろうか。
「それじゃあ、おやすみ」
八朝は柚月が目を閉じるまであやし続ける。
そうして、寝静まった頃合いを見て、八朝は再び外に出た。
◆◆◆◆◆◆
今日の学校は何故か恐ろしく静かであった。
話し声は無く、淡々とカリキュラムが消化され、無言で皆帰っていく。
「八朝さん!」
また今日も字山から話しかけられる。
この時だけは、彼の純粋な一声が救いとなった。
「偶には一緒に帰るか?」
「いいですね! 左海ちゃんが喜ぶね!」
そう言って快諾してくれた字山。
そんな彼の剥き出しの善意が、ずきりと胸に刺さる。
『明日のターゲットは■■、字山、左海……』
柚月のいつにも増して暗い報告に
八朝も驚愕の末、放心してしまう。
嘘では無い、そう……今日は俺の親友を……
「あ、だったら泊っていきませんか?」
「そう……だな……」
「それですよ、最近八朝さん暗いですからね
別のお部屋なんですけど左海ちゃんもいますので」
そうして字山の家に着いた八朝は
まるで最後の晩餐と言わんばかりに三人でゲームをして楽しみ
そして、就寝前にトイレに行くと言って二人から離れた。
「ぁぁ……あああ……ああああああああ」
まるで駄々をこねる子供のように泣きじゃくる八朝。
だが、どこからともなく聞こえだす柚月の苦悶に、急かされるように。
「……ッ!」
食いしばった歯で唇裏からしとどに血を零し
二人の寝ている寝室へと向かう。
何となく予感していた、あの二人は最後まで一緒にいるつもりなのだと。
だから、扉の向こうに予感した通りの状況があってそこは驚きもしない。
その代わり、二人はすっかりと朽ち果てた肉体となっていた。
「ぁぁ……」
「……ぁ……」
そんな、悍ましき終末の風景。
今更、全て自分が為したのだと、幻覚の果てより襲い掛かる。
そうして錆刀で一突き、それだけで事切れる。
せめて安らかに、なんて言葉で飾る余地は全くない。
腐り果てて、歪みに歪みきった顔から
そんなものを見出す狂気を八朝は持ち合わせていない。
「……ッ!」
最早慟哭すらも禁止した。
そうすれば彼等を他と同じように吐瀉物で穢す、それだけはできない。
まるで自分の身体が内側からねじ潰されるような苦痛に只管耐える。
無論そんなもので弔いにもならない、贖罪のつもりだとすれば余りにも傲慢。
ツケは支払われたのだ。
『我より袂を分かて……八の雷神よ』
彼等に覚えたての『魔術』を掛ける。
只の自己満足で、生き返りもしない、単に重荷を降ろすように。
そんな無駄な事の果てに、やるべきことを思い出す。
「そうだ、柚月じゃ殺せない……だから……!」
ふらふらと、最後の思い出から滑落していく八朝。
そして、■■をきちんと殺してから自分の家である本殿へと戻っていった。
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