Case 08-1:自他の四肢を麻痺させる能力
2020年5月16日 完成
2020年7月16日 Case7注釈 → Case 08-1
2021年1月26日 ノベルアップ+版と同期
掌藤親衛隊との小競り合いから数日が経った。
その間何をしていたかと言えば、協力してくれた人たちに日給として2万円ずつ配りまわっていた。
勿論、八朝の今まで溜めた貯金がほぼ全て消し飛ぶほどの額なのだが、最初から承知で彼らに助けてもらったのだ、悔いはない。
そしてその結果と言えば、飯綱以外受け取り拒否であった。
何度頼み込んでも『監視目的だった』やら『別にそんなの要らない』とか『君はお金で人間関係を維持するのかい?』の一点張りで、八朝が諦めるまでに数日もかかった。
そんなこんなで、漸く後回しにしていた事に事に着手しようとする。
「どうしたのそんな顔で?」
心配そうな三刀坂の顔が見える。
ようやくここが教室だった事を思い出す。
「まぁ、時間が出来たんでな
俺の記憶に関係する人物に会いに行こうと思ってな……」
エリスに地図を起動してもらい、『月の館』を示してもらう。
だが三刀坂はあんまり納得してくれなかったらしく、不審な表情を浮かべる。
「本当にキミのこと知っている人なの?」
「あくまで噂なんだがな」
掌藤の話によると、その患者は『月の館』でも古参の者らしい。
そして入院当初から事あるごとに『八朝』という人物名を口にしていたらしい。
そしてそれは八朝がこの町にやって来る前から繰り返していたらしい。
「……」
そこまで説明して、ふと彼女の表情が微妙におかしい事に気付く。
何かを思い出すような……だが苦い記憶なのだろうか顔を顰めてしまっている。
「知り合いか?」
「えっ!?
ううん、知らない人だけど……」
微妙に歯切れの悪い終わり方に疑問を持つが、それよりも三刀坂の問題提起の方が早かった。
「ねぇ、本当に知ってるの?
あそこの人って平気で嘘を吐く程に異能力が悪化した人たちが入っているんだよ?」
三刀坂の指摘も正しかった。
『月の館』に収容されるのは異能力暴走を引き起こした重症者か、犯罪異能力者。
信用に値しない人たちである。
「それでも『アルキオネの大魚』よりかはマシだろう」
誰も見た事が無い願いを叶える『大魚』と、嘘を言う可能性を否定できない入院患者。
実体があるかどうかで考えたら後者の方がまだ地に足がついている。
「キミ……『大魚』追ってたんだね
だから鱗とか使わずに集めてたんだ……」
三刀坂が呆れて溜息を吐く。
この『鱗』というアイテムは本来異能力を強化するアイテムだが、『大魚』と会うにはこれを大量に集める必要がある。
それはいつ来るか分からない化物の襲撃を考慮すると、一般的には自殺行為に等しい愚行と断じられる。
「そんな事をしなくても『神隠し症候群』が治ったら思い出すでしょ?」
三刀坂の指摘に、八朝が考え込む。
『神隠し症候群』
それは異能力者のみに発生し、発症者の常識を奪い去るので『常識健忘症』とも俗称される。
そして患者の100%が『異世界転生者』と自称し、別人になりきる症状を発生させる。
八朝も臨床的には『神隠し症候群』である。
だが、だからこそ引っかかる点がある。
この世界への転生と『神隠し症候群』は切っても切れない関係にある。
そして転生者は『身に覚えのない現地の人との記憶の証』から逃げられない。
「でも気持ちは分かるよ
私だって同じ立場なら『大魚』にも縋っちゃうし」
「……そうだな」
「打ち明けてくれてありがと
お礼代わりなんだけど、『大魚』の手伝いするよ」
「それは有り難い」
思わぬところで協力関係を得ることが出来た。
だが、それ以上に『あの思考』は八朝から暗澹とした世界から引き離してくれない。
この病気が完治した場合を考えようとして、思わずその思考を破却する。
『身に覚えのない現地の人との記憶の証』がこの世界で正しいのなら、俺の意識こそが病変部位に違いない。
もしかすると、転生者は消されるべき存在なのか……
「早く治ると良いよね、神隠し症候群」
『……』
思考している八朝をエリスが静かに見守る。
今存在するこの『八朝』の記憶の証である彼女が、どこか悲し気な視線を注いでいる事に終ぞ気付くことは出来なかった。
【15時00分 水瀬地区・某所】
「何でついて来たんだ?」
「いやー……キミって騙されそうだから……」
三刀坂がそう言っておどけて見せる。
恐らくは最後に見せた八朝の暗い表情が心配になってついて来たのだろう。
「邪魔しないからお願い!」
三刀坂が目をぎゅっと瞑り、手を合わして懇願する。
別に一人増えたぐらいなら大丈夫だろうと思い、了承する。
『ふうちゃん
こんなのであんなおっそろしい施設に入れるの?』
目の前に重量感を伴って佇む大きな建物。
周囲は明らかに電流が流れていそうな有刺鉄線を掲げる暗色の高壁。門に使われている鉄格子からは怨念が漂っていそうな始末である。
これが月の館。
使い物にならない異能力者達が収容される最終処分場。
「俺も信じられんが、そうらしい」
『にしても部長さんちょっとおかしかったよね……早くいかないと手遅れになるとかさ』
次々と放り込まれる疑問符に頭を抱えたくなる八朝。
確かに今日の部長の様子は少しおかしかったのかもしれない、神隠し症候群が治療されると手遅れになるとか……
あと、もう一つの忠告も受けていたがそちらについては全く信用していない。
あまりにも陰謀論が過ぎる内容であったからだ。
『そういえば、神隠し症候群から治った人ってあんまり見かけないよね』
「なんだろうな。
確かに全然話題に上がってこないのは妙だな」
それは嘘であった。
八朝は既にこの病気の末路を感覚的に悟っていた。
「あー……別に普通の生活に戻っているみたいだよ」
だから話題にすら上がらないのだろうと、三刀坂が暗に告げる。
確かに一々病気の時代の苦労話を日常的に話そうとは思わない。
『もしかして記憶が戻ったんだし、それでもーいーじゃんとか?』
「ま、そんなものだろうな」
案外神隠し症候群に罹っている間の記憶が曖昧かもしれない。
八朝もあの転生の間で漂っていた時の事をほぼ思い出せない様に、些事な事だったのかもしれない。
「神隠しされて別人になる時間なんて80年のうちの1%にも満たないしな」
『うーん……私から言ってても難だけどそーいう問題なのかな?』
言っている間に守衛の人から呼ばれたであろう施設職員がやってきて案内してもらう事になった。
二人して顔(?)を見合わせる、目の前の重苦しそうな施設が案外ザルのように思えて驚きが隠せない様子であった。
「ちょっと待て、何故三刀坂も……」
入ろうとしたんだ、と言いかけた所で彼女が手でヒラヒラさせているモノに気付く。
改めて見せてもらったそれに目立つ字で『月の館 入館許可証』と印字されていた。
「あたしも、元々ここに入院してたんだ」
ご無沙汰しています、斑々暖炉でございます
ノベルアップ+版と同期する際にこの部分が6000字を超過したため
ここと次話で分割いたしました(2021年1月26日)
2020年7月16日
Case 07の大幅な構成変更により注釈の必要が無いと判断し
Case 08-1に置換致しました




