Case 89-2
2021年8月23日 完成(95分遅刻)
2021年8月24日 修正(文字数調整)
丸前が突然勝負を仕掛けに来る。
だが、勝ち目が無いと分かるや否や自爆特攻へとその作戦をシフトさせた……
【3月13日(■)・■(21:06) 水瀬地区・『月の館』前】
(まずい……あの顔は……!?)
丸前が自爆する寸前、柚月の顔が見える。
思いつめたような表情に、強く握りしめられ細かく振るえる杖。
それは鷹狗ヶ島で『住民』を殺すときの柚月とそっくりで
俺が率先して住民殺しをし始めたのは、そんな苦痛から遠ざける為で……
螺笳螺笳?螺?笳?
(考えろ、あと一秒!
幸いにもこんな風に考えられるほど頭が冴えている!)
懐かしき感覚の下で、問題点を洗い出していく。
まず、このまま足を振りほどけなければ自分は爆発に巻き込まれて死ぬ。
異能力者に自然回復があるとはいえ、客星程だと生き残る保障は無い。
何とかして丸前を振りほどくか
この客星を魔術的に排除するか。
無論、前者は既にタイムアウトで後者はそもそも方法が無い。
だがそれでも自分は生き残れるだろう。
それが二つ目の問題、柚月による支援であった。
(……駄目だ、絶対にさせられない
ああ、まず最初に柚月の一撃を止める!)
その方法は至って単純。
相手の攻撃を『呪詛』と見做して自らの体内に保存・隔離する。
だが、32もある筈小径どころか『形』や『柱』にも見当たらない。
『抹消』も『反射』も『失敗』も『狂化』も『汚染』も『改変』も……
いや、まだ試していないのが一つだけある。
依代の構造を別物にして、合計9回変更するまどろっこしい奥義。
それが座山挨星歩なら、正しい順番で10回足踏みすれば発動する。
この戦闘中で残るは九天無き中宮の一歩のみ。
「……ッ!」
八朝は足を上げずに龍脈を押し込む形で『龍震』を発する。
それだけで激しい風が周囲1000mに渡って一瞬吹き荒れた。
無論、それだけだった。
「……は?」
死ぬはずだった丸前は自らの五体満足に呻き
柚月は『相手が切り裂かれていない』異常事態に杖を落とす。
「全ての天球を用いる『力の降下』
その状態異常である『降霊』で攻撃を受け止め、龍震で龍脈へと流した」
「斬撃も自爆も、篠鶴市の広大な龍脈の中で散逸した」
それは本当に原義としての『反閇』そのものであったが、規模が違う。
小災を鎮める程度の筈が、それよりも遥かに大きな『客星』にも適用された。
無論、そんな理不尽が通る筈が無い。
「ふうちゃん!」
放心した丸前の手は砂のように降ろされ
八朝は柚月の元へと駆け寄り、無事を確認した。
「言っただろう、もうお前に『殺し』はさせないと」
柚月が涙を零しながら何度も頷く。
頭を撫でながら、今の魔術の弱点について考えを巡らせる。
龍脈に害無く流せるのは無色の魔術、即ち科学法則下の現象ぐらいで
『客星』ならまだしも『風水刀法』はかなり危うい方であった。
それを察知した端末が筆談で話しかける。
(ふうちゃん、この『病魔』って状態異常……)
(……できれば最後まで黙ってくれると助かる、本当に大したことは無い)
(わ、分かった……)
無論嘘であった。
病魔、という言葉と柚月の異能力、これは『ムチ』である。
四国に伝わる特徴的な音のする魔風であり、当たると病魔に侵される。
それでもあの風程度では悪疫に罹る程ではなく、精々眩暈がする程度。
自らの体内に招いてしまった八朝のみが魔風の災いを受ける事になった。
そして、沈降帯の帳が降りてきた。
『やはり生きていたか、成り損ない共』
「紫府大星……!」
八朝も柚月もパッと離れて依代を構え直す。
この世界を地獄へと放り投げた『妖魔』が悠然と歩いてくる。
『ふむ、未だ五ツ半であったか
『七殺』とやらは無駄死にであったようだ』
「え……?」
柚月の表情が強張る。
自分と瓜二つの存在である『七殺』に思う所があったらしい。
『まだ言ってないのか、性格に見合わず薄情よな
代わりに教えてやろう、我に致命傷を与える為に消滅したのだと』
それは八朝にとっても寝耳に水であった。
そんなことは一言も聞いていない。
だが思い返せば、この時間に飛ばされてから彼女を一度も見ていない。
「何を……」
『ああ、汝は知らなくて当然だろう
妾が言っているのは、そこの板切れの方だ』
言うまでもなくエリスの事であった。
端末が目の前で滞空しながら、おずおずと言葉を紡ぐ。
「エリス……?」
『ごめん、あの子にも口止めされてたの
言えば絶対にふうちゃんが拒否するって』
「それでも……」
『もう一つ言ってた、どの可能性にもこれ以外手段は無いって』
それは大きくは8回にも渡って繰り広げた『漂流』の果てに得た経験。
篠鶴市の誰も紫府大星に勝てない、それだけの大災害であると。
絶望で手の力が緩みそうになるが
妖魔が未だに残っているという不快感だけでぐっと踏みとどまった。
『結構、だが約定は明八ツ半
我が『星落とし』は残り九刻の毫にも満たずに終わる』
ゆっくりと北天の星の光が強くなっていく。
北斗星君という名の『恒星』をたった400秒で落とす大天象。
即ち、客星。
悪しき訪れにして、大地を地獄に変える星熱の災い。
『首星とやらの約定は破られた
よって、今この時よりこの地の終焉を妾が賜ろう、謹んで受けるがよい』
続きます




