Case 89-1:対象を確実に焼却する能力
2021年8月22日 完成(100分遅刻)
やっとの思いで地上に出る。
だが、そこに立ち塞がっていたのは妖魔ではなかった……
【3月13日(金)・夜(20:55) 水瀬地区・『月の館』前】
「なんだ……これは……」
目の前の風景、妖魔へと通じる空の下。
その途は黒山の人だかりによって塞がれていた。
「何故連れてきた」
「俺達に死ねというのかこの外道!」
「やっぱり篠鶴機関はアテにならなかった!」
「天ヶ井柚月を殺せ!」
「殺せ!」
人の気持ちを知らないで……とはお互いに言える事。
それを痛感してしまった八朝に反論する術がなく。
更には見知った顔まである始末。
「八朝君、分かって頂戴
みんな強いわけじゃない、だから助かる道があるのなら」
「部長……」
これが箱家のようなロクデナシならまだマシだ。
今まで仲間と思っていた人間からの否は、胸を引き裂かれる思いである。
最後の抵抗に柚月を庇って、ふと何かに気付く。
これだけ好き勝手に言い募りながら、誰一人暴力に訴えてこない。
暴動が起きそうな剣呑な雰囲気下で、暴力だけがだんまりを守っている。
(何だ……何かがおかしい……?
禁止でもされているのか?)
その逡巡から一息、ようやく均衡が崩れ落ちた。
「何だァこれだけ集まってお行儀がいいなァ雑魚共が!」
「……丸前」
人だかりを文字通り割って剣を肩に背負った丸前が現れる。
初速度変更の高音と共に、八朝の懐まで飛び込み
血だけを跳ね飛ばす妖刀の大上段を振り下ろす。
「……ッ!」
八朝が灯杖を振り上げて妖刀を跳ね飛ばす。
ならばと、体勢が崩れる力を回して蹴りに伝え、八朝の2撃目に合わせる。
「……ッ!」
「ガラ空きだクソ野郎!」
丸前の愚直な体当たりを体幹の捻りで受け流す。
……反対側に避ければ妖刀の餌食となっていた。
「目を瞑っている暇があるのかァ!?」
その一言は単なる虚勢であった。
体勢を立て直し、刀での連撃を全て八朝に躱される。
それはまるで風属性の『神託』を相手にしているかのようであった。
「逃げてんじゃねぇ! この腰抜けがァ!」
意を決して初速度変更での突進突きを敢行する。
大きな物体が目の前を飛び越して疾駆してくる様は、恰も交通事故の如く。
故に、八朝の座山挨星歩は、その災いを指し示していた。
『桃花曲脈 輔冲踏斗 土雷招来』
灯杖を地面に突き立てて、その反作用で大ジャンプをする。
目論見が外れた丸前は、有り得ぬ土雷の迸りに目を丸くする。
「ぐあっ……!」
丸前の片足が麻痺に侵され、頭から姿勢が墜落する。
最早、丸前すらも恐れるに足らず。
すっ転ばされた丸前に先程拾った拳銃の銃口を突き付ける。
「お前……何処で強くなった?
言え、さっさと言いやがれ!」
「……交わした言葉は少ないが、お前らしくもない」
「うるせえ! 俺を誰だと思ってやがる!」
「只の、犯罪異能力者だ」
「ふざけるな!
妖魔の口車に乗った雑魚共と一緒にするな!!」
なるほど、その一言で全てを察してしまった。
彼等が攻撃できない理由とは偽天使の石に他ならない。
異能力者を妖魔に変えるアイテムとは
要は気軽にパワーアップできる代物であるが……
『墓標』がそうだったように、これにも秘匿効用があった。
「……確かに違うらしいな、だから何だというのだ?」
丸前が不敵に笑い続ける。
そして彼の真意を知った人だかり達が一人ずつ狂乱に飲まれていく。
口々に『助けて』と叫ぶ、嫌な予感がする……
同じく離れようとした八朝の足に丸前が追いすがる。
「……! お前、まさか……!」
「漸く気づいたかこのウスノロが!
妖魔の『裁き』とやらを、利用させてもらう!」
段々と丸前の姿が発光し、熱を放っていく。
この発光パターンは先程での戦いで見た客星の輝き。
だが、その行為の果てに死ぬのは八朝のみだった。
「正気か!? そんなことをしても柚月は……」
「正気に決まっているだろうが
俺はハナからお前を殺すことしか考えてねぇ!」
丸前は戦意喪失した柚月に一瞥すら呉れずに
視線・悪意・妄執の全てを八朝ただ一人に注いでいた。
続きます




