Case 88-1:■■を作り出す能力
2021年8月17日 完成
2021年8月18日 誤字修正
ふと青年が目を覚ました。
外は未明、だけど青年の姿勢は直立。
寝ていたわけではない、感覚的に何か目的があったからだ。
目の前には目的の物、渇望していたのにもう欲しくない。
まるで夢から醒めるように踵を返す。
『おや、どういう風の吹き回し?
キミはこれが欲しかったんじゃないのかな?』
「……ええ、ちょっと前まではですが」
『それはおかしい、彼を超えたくないのですか?
故郷も桔梗も、尊厳すら踏み躙った彼をコレで超えて……』
「ですから、もう殺したくないんですよ
あんな見すぼらしくて可哀想な人、なんだって……」
「あれだけ苦しい目に遭って、頭がぐちゃミソになって
『順番』までも粉々になるような人生だなんて真っ平御免です」
思い出すだけで吐き気がする。
謀られ、記憶が混線した挙句あの地獄を見た。
アレは最早人間ですらない、最初から既に……
『そうかい、でも戻っても無駄だと思いますよ
今の貴方は桔梗を妖魔に売り飛ばした大悪人、拠り所は既に』
「ああ、だからもう一つやるべきことができたんです」
『もう一つ……?』
その先の言動が分かったのか明かに嫌そうな顔になる。
その顔の裏でしめしめと笑う『妖魔』の顔が丸見えなのに……
だから彼女には言っておこう、本当の目的を。
「ええ、僕は彼が出来なかったことをやり遂げます
只の憎悪だけで故郷の……北も南も関係なく鏖殺にします」
「無能の彼とは違い僕には確かなイメージがある、足りないのは力だけ
でも『石』に……彼の力に頼るのだけはどうしても癪なんです、だから……」
「一箇さん、僕を妖魔にしてください!」
そう呼ばれた『妖魔』は心底愉快そうにクスクスと笑う。
つられて、人を捨てようとする『青年』も燻るように口元を歪める。
利害が一致した人妖の夜明けは
鬼灯のように爛れた赤に染め上げられていく。
【3月13日(金)・夕方(16:50) 月の館深層・定塚門】
「!?」
青年は直立不動の戒めから解かれる。
あの激流の如き空間歪曲から抜け、呆然と周囲を見渡す。
静かな洞窟の広間に、八朝の呼吸だけが響く。
『ふうちゃん!』
「あ……ああ、ここは定塚門だよな?」
『そうだけど……あれ?』
「どうした、何か異常でもあるのか?」
『うん、その……時間が……』
要領を得ないので証拠を見せてもらう。
画面には3月13日17時前、タイムリミットまで実に8時間以上もある。
完璧なタイムスケジュールで特に疑わしい所は無いのに……
(何だ……何かがおかしい?
どうして余裕があるのに息が切れている、こんなはずでは……)
何かを思い出しそうになるのに、何も思い出せない。
今までは記憶にロックが掛かる感覚が
この時ばかりは時間経過と共にボロボロと崩れる感触。
思い出さなければいけない。
大切な記憶が……■■という人が、なのに……
「あっ」
ふと、画面にはいつ撮ったか分からない壮絶な写真。
背景は歪み、土埃が全てを隠すのに、モニターの文字だけはくっきりと。
3月14日15時01分
『あ、それも変なの
意味不明なデータだから消そうとしてるけどどうにも……』
「いや、消さないでくれ」
『え……でも……』
「それは俺の大切な写真だ、頼む」
エリスは意味が分からずともおずおずと頷く。
八朝からの頼みであるから尊重して、削除処理を無に帰す。
一通りの矛盾を突いた所で、当初の目的を確認する。
月の館にて目を覚ました柚月と合流し、紫府大星と対峙する。
できれば多くの友人に関わって欲しいが、それはそれ。
無理強い出来ない以上は二人であの『星』を粉砕しなければならない。
「それとエリス、柚月が今どこにいるのか分かるか?」
『それなら任せて、もう調べてあって……あれ?』
用意の良いエリスが素っ頓狂な声を漏らす。
何事かと画面を覗かせてもらうと、信じられない場所が示されていた。
「な……!? 隔離区画だと!?
……何が安全なところに安置すると言ったかあの野郎!」
『ふうちゃん落ち着いて!
履歴からしてついさっき入ったっぽい、だから全然間に合う!』
八朝がそれを聞いて平静さを取り戻す。
8時間の呪いの危機は去った、だが疑問だけが残る。
どうして彼女は隔離病棟送りとなったのか?
「……取り敢えず疑問は棚に上げて、これからどうするかの話だが」
『うん、話し合うまでもないよね』
八朝が此彼の境の名を冠した門を睨む。
もう助からない異能力者を化物化させて投棄する処刑場。
そこから吹き込むのは
怨念が呼んだ血の気配もあって湿り気と熱を帯びた不快な風であった。
続きます




