Case 87-3
2021年8月14日 完成(28分遅刻)&修正(誤字・加筆)
八朝の『記憶遡行』に一撃を入れられる紫府大星。
その奮闘ぶりで、七殺にも希望が見えたのかギアを入れ始める……
【3月14日(土)・昼(14:38) 月の館深層境界・定塚門】
『青竜天耀!』
七殺が薙刀の切っ先を紫府大星に向ける。
数秒もしないうちに紫府大星の周囲の壁や石、床、天井が抉れていく。
それは柚月が最も得意とする斬撃の機銃掃射……だが。
『残念だが、それは既に見切っておる』
紫府大星が左、天上、右壁と大回りで距離を詰める。
だが、一向に切っ先を紫府大星に向けようとしない。
それは挨星歩の『九宮方位』に囚われるが故の弱点。
風水刀法もまた、急激な方向転換に対応していない……のだが。
「それはどうかな?」
七殺がさも当然のように切っ先を追従させ
ここに斬撃による機銃掃射が成立した。
『……面白い
あくまで貴様は『斬撃生成』に依るつもりか』
「ふふん、だったらもう分るよね?」
間合いの中で、突然怖気を感じて足を止めた紫府大星。
そこに、擦過した筈の斬撃が
不自然に漂っている怪現象を目撃する。
即ち、丁して丙く……三つ目の十神の出現。
『風水刀法』ではなく『斬撃生成』で止めたが故の柔軟性。
それらが、微塵の理となって顕現する。
『方違・嫦娥奔月!』
紫府大星がまたも目を瞑る。
きっと下らんと吐き捨てて
先程のように衝撃波で全てを砕く目論見なのだろう。
だが彼女は、この場にいるもう一つの些細な力を見落としていた。
(!?
動け……ない……!)
周囲を観察する時間はない。
その代わりに、足に纏わりつく違和感の先を辿って右奥。
……八朝が拘束の『待針』を投げた後であった。
『おの……れ……!』
紫府大星はまたしても八朝の捕捉に失敗した。
これで二回目、何故なのか……弱いとかそういう問題ではない。
またも、消え失せたのだ。
(今は……!)
あらん限りの魔力を身に纏い、斬撃の飽和爆撃に備える。
耳障りな高音が鳴り響いた後、彼女の周囲にあった万物がずたずたになった。
「やったか!?」
八朝が希望的観測を口にする。
柚月であれば龍脈ごと粉々にできたものが、その気配がない。
舞い散る砂埃の中に、健在の紫府大星の影が浮かんでいる。
『良い、大道芸としての価値はあろう』
「……ふーん、それだけなの?」
……声が、紫府大星の真後ろから聞こえてきた。
振り向くには遅すぎる、既に七殺の構えが完了している。
袈裟を断つように斜めの一撃。
だが、一瞬だけ紫府大星の反射回避の方が早かった。
間合いの外れ、無為に切っ先が地に落ちる無様。
その斬撃が、ねじられる様に一直線に曲げられ、腹に深々と刺さる。
即ち、庚めて乙げる……太白蓬星の凶象。
『……ッ!』
身体を蝕む死の気配
そして血風の気配を振り切ってバックステップ。
有り得ない……あの柚月ですらそこに無い十神で風水刀法を構築できない。
一体何が彼女に力を貸したのか、だが既に敵は目の前に追いついている。
『そうか……貴様が!』
『方違・月下松影!』
薙刀の姿が、屏風に描かれた倶利伽羅炎のカタチを纏う。
その全てに、言うなれば『泣き別れの呪い』がびっしりと付いている。
炎と、保身のための拳がかち合った。
『調子に……乗るな!』
拳を解き、すかさずそこに反対側の拳を打ち込む。
もう一度衝撃波による斬撃粉砕を試みる。
目論見通り倶利伽羅炎が砕け散り
更に薙刀まで砕けて万々歳。
……そこに、肝心の七殺が居ればの話であるが。
『!?』
またやられた、それ程までに七殺の力は特殊だ。
何しろ過去に跳躍する形の瞬間移動、捉えられる方がおかしい。
闇属性電子魔術の『漂流』をここまで御するのにどれ程の努力が必要か。
そして依代が砕けても異能力者が倒れないトリックはもう一人。
先程、第二の小径から『乙木の気』を供給し
残り一枠で囮用の薙刀を模倣するには、奴の能力が無いと不可能。
あそこで眼から血を流している八朝が諸悪の根源。
『方違・伏吟戦格!』
叫んだのは遁甲式の中で最も凶意が強い七殺の十八番。
重ねて庚む、もう斬撃は微風如きでは砕けない。
鋼の一撃が紫府大星の心臓を捉えようとした瞬間……
そこにあったのは、妖魔の名の通り深く妖しい紫府大星の笑み。
『記録星表・超高位宇宙線天体』
それは時折迷い込んでくる下界の冒険者共が語った知識。
この星空には、星の光よりも強い『光』の跡が無数に残っているという。
その名を『ガンマ線バースト』。
秒間3個現れ、瞬く間に消えるそれもまた『客星』と言っても過言ではない。
つまりは、この通路上に3つの爆発が生まれ落ちた。
続きます




