Case 87-2
2021年8月14日 完成(2時間以上遅刻)
七殺と共に妖魔退治の作戦を立てる。
その話の終了と共に、篠鶴市を炎に沈めた『妖魔』が姿を現す……
【3月14日(土)・昼(14:30) 月の館深層境界・定塚門】
それは言うなれば人語を理解する嵐雲のようであった。
遠くからでもヤバいと分かる威容に、自然が歪む程の圧。
どれを取っても、ちっぽけな人間ではまるで届きもしない。
たとえ、今から雪崩に沈む斜面だとしても
篠鶴市で最後の二人と化した彼等に諦める選択肢は無い。
『ほう、外の様子を聞いてもコレか
……いやお前、天象をどこにやした?』
紫府大星が心底嫌そうに『ある事実』を確認する。
八朝が無言でそうだと伝えると『愚か者め』と呟かれる。
「そうでもない、あの天象が邪魔で使えなかった力もある」
『使えたところで何だというのだ?
無いものは袖が振れぬと言うぞ』
紫府大星が腕をくいっと上げる。
それだけで彼女の後方にあった全ての通路が眩い光と共に溶融する。
『貴様を死なせなかったのは偏に天象持ちが故だ
……その頭でも気付いておろう、ここ以外は全て焼け落ちたと』
それはエリスの報告から知っていた。
確かに地下には灼熱も極寒も通らない。
原生生物はそうして幾度もあった大量絶滅から逃れてきた。
それでも限度はある……例えば太陽が落ちてきた場合。
地球すら蒸発せしめる灼熱を、彼女は呼び寄せることができる。
それが妖魔天象・客星。
天狗星ではなく北極星に星を食わせる大災害。
ここが残っているのは、只の彼女の気分次第でしかない。
(……確かに龍脈が殆どバラバラで使い物にならない)
もうじき、八朝達を支える龍脈も枯れ果て
紫府大星の後ろから夥しく伸ばされる破滅の光に飲みこまれる。
だが、まだ微かでも龍脈は残っている。
踏むべき星はあり、通すべき小径もある
ましてや七殺が生き残っていること自体が僥倖。
「ならば今すぐにでも焼けばいいだろう
窮鼠猫を噛むともいう、思い上がるのも大概にしろよ、妖魔」
その瞬間に紫府大星の姿が消える。
いや、既に八朝を文字通り一撃粉砕できる場所にまで立っていた。
この紫府大星の特徴は何も星落としだけではない。
膂力・敏捷・持久……それらを最大限にまで底上げした破滅的な近距離戦。
それは、脈弓の後退を予め仕込んでいた八朝にすら追いつく始末。
「……ッ!」
『思い上がりは、貴様で……』
その瞬間に紫府大星が足を止め、鼻先にさっと赤線が入る。
よく見れば一足で十分の筈の八朝は何度も地を蹴っている。
最小限の動きで斬撃の巣を避けて遥か向こうへ。
「方違・白虎出刀
秒で殺せると油断した妖魔をバラバラにしてあげたのに」
『話にならんな』
紫府大星が拳を打ち鳴らすだけで巣は只の破片に成り下がった。
きらきらと、見えにくいもう一つの先に二人目の命知らずの姿。
『■■!』
一足で彼女の懐に紫府大星が顕れる。
その代償に、先程踏んでいた大地が弾け飛ぶ。
それが、己の大雷神に焼かれる八朝の最後の風景。
◆◆◆◆◆◆
冲蓬輔心 → 論外、必ず死ぬ
天柱(斜め右前)を踏む → 届かない
天英(斜め左前)を踏む → 同じく届かない、七殺が砕ける
天禽(前に一歩)を踏む → 届きはしたが、今度は自分が死ぬ
天心(後ろに一歩)を踏む → ある『形』を目的とした準備
輔冲内蓬(6~9) → 構築不能
天英星 → 相殺となるが、この場合では意味無し
天任星 → 構築不能
天柱星 → 拘束となり、足が絡めとられて失敗
天禽星 → 衰弱を纏うのみで意味無し
天心星 → 鈍足となるも、何故か逆の状態異常が発生
そのまま駆けて、龍震でリセット → 直後にカウンターを受けて双方犬死
リセットせずに懐まで脈弓 → 妖魔の不意を打つことに成功
太陰神のある左半歩 → 蚰蜒は居らず、太陰神は月に非ず、犬死
障壁魔術展開 → 一瞬で砕かれ、そのまま七殺死亡
大雷神解除 → 瞬間的に視界がクリアになる
目を瞑らない → 如何なる攻撃も紫府大星に届かず、DEADEND
目を瞑る → 龍眼を発動するも、修行不足で脈がぼやける
薙ぎ払い → 速度が足りない
振り上げ → 見えない脈に絡まれ攻撃力が不足する
突き → 脈には触れなかったが、バフも付かずに余波で死亡
投擲 → 灯杖と共に七殺が砕けた
龍眼を使う → 龍脈に混じって大雷神の火花が乱舞する
雷だけ避ける → 先程と何ら変わっていない
脈だけ避ける → 灯杖と大雷神が混じるも、遅い
この時点で目を瞑る → 更に激しく映像が乱れる
脈だけを避ける → 灯杖に追加の状態異常が発生
更に桃花曲脈 → 2つの小径の形が保てなくなる
弓矢 → 意味無し、死ぬ
光輪 → 意味無い、風穴が空く
大雷神で落ち着く → もう遅い、余波で肉片
花火筒で止める → 駄目だ、これでも足りない……!
『いや、太陰は駄目でも理には適っている筈だ』
光輪から崩れた所で一撃 →
◆◆◆◆◆◆
『……!?』
紫府大星は突如現れた光に恐れを為す。
その正体は、八朝による拳の一撃なのだが、何かが違う。
そう、例えば自分の知らない弱点を無理矢理作られたような。
まるであの退魔師達が得意とする悍ましい『魔術』の臭いが立ち込める。
『おの……れぇ!!』
紫府大星が間一髪で八朝の突進を躱す。
だが、一瞬でも触れたところが赤々と爛れ始める……何が起きたのか。
それはかつて否定した連想ゲーム。
星を食べる魔としての天狗星を、三竦みで殺す蛙の気配。
八朝が放った、第9の小径の呪いである。
「ふうちゃん!」
七殺も信じられないものを見たような感覚に襲われる。
あれだけ離れていた八朝が、紫府大星に匹敵する速度で駆け抜ける。
どころか、致命傷クラスの呪いを押し付ける寸前まで捌き切った。
思っていた以上の成長具合を知ったのか、その顔が少しだけ綻んだ。
いや、まだ安心はできなかった。
「……ッ!」
八朝は脳髄を内側から焼き潰されるような苦痛に襲われる。
あの一瞬で八朝は紫府大星に30回も殺されてしまった。
その微かなフィードバックでも、常人をショック死させるには十分な量である。
(だが、これで……!)
次はこの力で攻勢に出る。
ここで紫府大星を殺さなければ、過去に戻る事すらままならない。
一瞬だけ目が合った相棒の表情は、お互いを心裡で困惑させる。
……何かがすれ違ったまま、彼等は紫府大星に連携を仕掛けた。
続きます




