Case 86-5
2021年8月11日 完成(107分遅刻)
嘘を塗り固めて『若』を見送った。
その『代償』がおずおずと語られてしまう……
【3月■■日(■)・時刻不明 篠鶴地下遺跡群・深層某所】
『若』の遺体は直ぐ近くの陸地に土葬した。
簡易な魔除けを行い、せめて全てが終わったら故郷に返してあげようと誓う。
それは1時間にも満たない小さな時間。
だが、たった1時間が致命傷となってしまうとは夢にも思うまい。
「……エリス、現在時刻は」
『……』
「エリス……?」
エリスは何一つ語らない。
確かにいつも通り浮遊しているから死んでいるわけじゃない。
つまりは単に黙っているだけである。
「……何も答えないなら勝手に電源付けるが?」
『……め』
掠れるような声で返される。
不具合ではなく、本当に小さな声なだけ。
取り敢えず時間が分からないことには今後の予定も立てられない。
詫びを入れて電源を付け、そして真実を知る。
3月14日(土)・13時36分
「な……!?」
有り得ない、そんな不条理があって堪るものか。
確かに篠鶴市へと戻る道は長かった気がするが、それでも四半日は超えない。
だとすると『若』との対決が半日以上掛かったこと以外考えられない。
それも、肌感覚からしておかしい。
「エリス、最初から知ってたのか?」
『……』
「お願いだから答えてくれ」
一番嫌な予感を振り切ろうとエリスに頼み込む。
今まで彼女からしか日時情報を得ていない、改竄も不可能ではない。
だが、エリスはあっさりと『罪』を認めてしまう。
『ごめん……』
「どういう……事だ……まさか!?」
あと一つ、八朝の時間感覚には決定的な断絶がある。
退魔師戦後の『眠らされた』時間である。
何もあの朝が3月13日って証明できるものでは……
「もっと早く起きるべきだった、せめて退魔師には……」
『駄目!!
そんなことしたらふうちゃんが……』
「俺が……何だって……?」
再び口ごもるエリス。
核心には近づけたが、それだけ。
今はウダウダと考えている暇はない。
「エリス、篠鶴市に戻るぞ
……多分、もう遅いだろうけど」
端末を捕まえて、通路をひたすら上へ上へ。
途中の薄暗い通路、三刀坂達の話曰くこれが隔離区画。
治療不能な異能力者を化物化させて幽閉する処刑場。
「……いくら、治せないと言われても」
その言葉は非難なのか、或いは悲嘆から来たのか。
化物の尋常ならざる鳴き声に加えて『呻き声』が聞こえてくる。
ああ、既に人語が失われるほどの『重症例』なのである。
(これに、何か既視感が……)
その気付きと共にまたも記憶遡行の頭痛が始まった。
今度こそ脈絡もない、なのに自分はこの感覚をかれこれ数ヶ月は味わっている。
◆◆◆◆◆◆
『……ねえ、今日は柚月ちゃんと一緒に学園に行ってみたんだ』
『……』
『クラスメイトの人、皆親切だったよ
体調不良って信じてくれて、あんまり詮索してくれない』
『…………』
『今でも覚えてるよ
あの時、地下でふうちゃんが私の為に妖精魔術を作ってくれた事』
『………………』
『ねぇ、待ってて
咲良ちゃんも協力してくれるの……あとちょっとだから……』
『……ぁ……う……ぇぇ……』
嗚咽が聞こえるが、返せるのは呻き声のみ。
机の上に、意識が戻るよう『祈る』意味で黒白の柱を侍らせる聖なる女性の札。
いつかの3月の某日、いくつかの日を超えて漸く八朝は……
◆◆◆◆◆◆
「……俺は、本当に4月で初対面だったのか」
『あっ……』
おかしいと思っていた。
迷宮から最初の事件の空白の時間。
思い出せそうで思い出せなかった曖昧の3ヶ月間。
それにこの『記憶遡行』が言葉通りじゃない事も知っている。
例えば弘治の過去だったり、直近なら『若』の生涯も思い出してしまった。
そもそもこれがこの肉体の能力であるなら
『千里眼』の亜種としない方が道理に合わず、人の過去を盗み見るのは当然。
そしてもう一つ奇妙なもの……幻惑の効果範囲である。
普通『状態異常』と言えば攻撃に付随するものであり、単独では発動しない。
今まではその便利さに思考を停止していたが、■■だけはそうではない。
輪の時点で発動し、周囲も設定した『幻惑』を押し付けられる。
それは、最早もう一つの異能力といっても過言ではない。
この二つが示すところは、つまり以下の通りとなる。
「……エリス、■■はお前の異能力なんだな?」
『……ちょっと違うかな
ねぇ、わたしって端末なのは知っているよね?』
「ああ、そうだが……」
『だからふうちゃんが異能力を使う度に
その理論や力が端末に跳ね返る、勿論その逆もある』
「そうか、あの3ヶ月間はお前が俺になりすまして頑張ってくれたんだな
俺が先程みたいに『意識不明』になっている間、魔術すらもお前が……」
漸くエリスが『うん』と頷いた。
曰く、迷宮から抜け出した俺はすぐさまに意識を失った。
診断内容は『回復死』……それも重症例であった。
原因は、それだけで何百もの死因を為す外傷による多臓器不全。
当たり前だ、数十メートルから落下して、溶岩に圧し掛かられた。
普通なら死んでいる所を、異能力の自然回復が辛うじて命を繋いだ。
悲嘆にくれながらも妖精魔術の解析を続け
そこに咲良からの『節制』が持ち込まれた瞬間奇跡が起きた。
八朝の異能力だけが、遠隔で発動するようになった。
即ち、■■とは『天使の輪』ではなく『エリス』そのものとなった。
それから八朝のガワを被り、学園を東奔西走。
運よく外付け依代に辿り着いたことで漸く光明を見た。
『4月にふうちゃんを起こしてあげれた
でもどうしてかな、気絶無効を持ってただなんて……』
『これじゃあ知らない内にまた『回復死』になるって……!』
エリスの血を吐くような独白。
ああ、そういえば現状も火雷大神で『回復死』に陥った。
退魔師戦後は彼女らの尽力で1日で目が覚めた。
だが次は……もしかすると『前の6月』のように永遠に……
「……取り敢えずもうすぐ地上だ
この熱気は、もう語るまでもないだろう」
赤々と、外の悲劇が出口から零れている。
水を湛えた『辰之中』では有り得ない『天象』の存在を否応なく痛感する。
既に、篠鶴市は星が落ちた後であった。
余りの絶望に膝を屈しそうになる。
だが、見えた人影の存在が辛うじて八朝を踏みとどまらせる。
十死の諸力・元十三席
『漂流』の闇属性電子魔術を抱く、七殺。
『遅かったね、このねぼすけ
でも安心して、私なら何とかできる』
◆◇◆◇◆◇
NO_DATA
Interest RAT
Chapter 86-d 応報 - The Invert Judgement
END
これにてCase86、忘れ物の回を終了いたします
『若』は天象石を呑んだ時点でもう助からない命でありました
彼は、知識だけの彼はそれが『強くなるもの』としか捉えられなかった
不殺はこれにて崩れ去った
そして因果は、更なる『生贄』を求めて荒れ狂い始める……
また、Case1とCase2の間はエリスが『samek』で成りすました記憶でありました
彼女の努力と共に、八朝最大の問題と漸く目が合ってしまう
次回は、ラストドリフト
それでは引き続きよろしくお願いいたします。




