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Case 86-4

2021年8月10日 完成


 『若』との戦いの結末は呆気なく、喀血の海へと沈む。

 それは八朝(やとも)が最も嫌がった『自滅』の果てそのものであった……




【3月13日(金)・時刻不明 篠鶴地下遺跡群・深層某所】




「げほっげぼっぐぇ……」


 『若』は全身の血管が破れた事で喉が血で沈んだ。

 発音すらままならない、だが『天象石』の経験で魔力を震わせた。


『聞いてない、こんなの聞いてない!』

「当然だ、話を聞かずに使ってしまったからな」


 それはあの時の『創造神』との裏返し。

 彼も自ら身体を構築した八朝(やとも)に対してこう思ったのだろう。


 失望・諦観・脱力・悲嘆


「今更遅いが、誰でも妖魔になれるわけではない

 俺も龍脈に身体をかき混ぜられながらの行使だった」

『嘘だ、嘘だ嘘だうそだ!』

「……その有様が、何よりの証明だ」


 そもそも八朝(やとも)が『天象』を嫌がった理由。

 それは副作用が身体破壊と異能力者にしても余りにも重過ぎる事。


 偽天使の石(アルキャッザーブ)が『向こう』にも伝わってなかったのは幸運か悪夢か。

 それよりも強い天象石によって初の犠牲者が生まれてしまった。


 だが、それならば何故八朝(やとも)は死ななかったのか?


『お前、何度もこうなってたじゃないか!

 裏技があるんだろ? 早く教えてくれよ、じゃないと……』


 八朝(やとも)は静かに首を振る。

 ああ、異能力者ならば依代(アーム)からの自然回復や副作用(レフト)でどうにかなる。


 だが……


「異能力が無いお前ではもう望みは無い」

『だったらさ、天象でどうにかならないの!?

 柚月(ゆづき)ちゃんを閉じ込めたように俺の魂も影に閉じ込めて……』


 最後まで口にしようとして『若』の言葉が唐突に止まる。

 ああ、漸く気づいたらしい……天象が誰の手に渡っているのかを。


『そうだ、八朝(やとも)みたいに打開策を考えれば……』

「……そんな時間は、もう残されていない」


 『若』が瞑想に耽ろうとして、またも大量の喀血に喘ぐ。

 この一塊で全身の熱がサッと引いていく感覚を覚えたらしい。


 青白い顔をして、踵を返した八朝(やとも)の足にしがみ付く。


『やめて、やめて死にたくない

 こんな物で死にたくない、助けてくれ!』

「……すまんが、もう時間は無い」

『死にたくないんだ、わかるだろう?

 助けてよ、いつもみたいに助けてよ!』


 一言一言が八朝(やとも)の心を無造作に刺していく。

 ああ、まさに彼の言った通り『他人を利用』しようとしている。


 人の事を言ってられない、だがそれよりも……


「俺には待ってくれる人がいるんだ」


 その瞬間に『若』の戒めが嘘のように外れてしまう。

 死んだわけではない、今も魔力言語で何かを呟いているのがその証左。


 だがそれも、持って数分まで。


『何で何でなんで、僕には誰もいない

 どうして誰もいない、誰か助けてよ、どうしてこんな時だけ……』


 遠ざかる音と、触発された先程の『記憶遡行』の1シーン。


 『若』は確かに他人を煩わしいとは思っていた。

 だが環境が、両親が、彼の選択がそんな些細な想いを大悪まで育んだ。


 他人から貶されるのを跳ね返すだけの獣。

 そんな彼に興味を抱く人間なんて、最初こそはポツポツとありそうだが……


『苦しいよう、誰かいてよ……さびしいよう』


 ……やがて、壊れたおもちゃのように捨てられる。


『ふうちゃん、聞かなくていいと思う

 アレは例外だよ、見殺しにしても不殺は揺るがない……そうでしょ?』


 エリスから慰めの言葉を貰う。

 確かに煽ったとはいえ、死因は自滅に違いなかった。


 エリスの気持ちは未だに分からない。

 それでも何故か、唐突に足が止まってしまい……


「……ッ!」


 魔力言語で小さく呟いたのは二つ。

 一つは終わらせる(nahs)、もう一つは惑わせる(samek)


 だが、火雷大神の(けがれ)が渦巻くここでは『回復死』が付きまとう。


『……! ……! ……!』


 故に何度も叫ぶ、何度も壊しても枠を使い切っても。

 今度は座山挨星歩による■■(ギフト)で縫い留める。


 永遠にも思える苦痛の中で、再び『若』の元へと戻ってきた。


『……桔梗?』


 『若』は走馬灯に魘されるように、生涯で最も大切な名を呟く。

 だがそれは八朝(やとも)幻惑(samek)による偽物、最後まで偽物。


 何度も幻惑(samek)が潰れるたびに、ついに『若』の口元が綻ぶ。


「おやすみ、若」


 努めて優しく、記憶にある桔梗のイメージに寄り添うように。

 静かに、全ての苦痛を終わらせる(nahs)を振り下ろそうとする。


 ああ、たとえ『若』が抱く感情が『嘲笑』だとしても……


『……馬鹿め、桔梗は僕の名前を知ってないんだぞ?』


 そして『若』の命脈は尽きた。

 嘘のように消えた火雷大神の(けがれ)、もう音は無い。


 静かに大樹(ENIAC)の梢から葉が零れ落ちていた。

続きます

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