Case 86-3
2021年8月9日 完成
誰かが俺を呼んでいるような気がする。
それを手繰り寄せるように、再び地獄のような現実へと……
【3月13日(金)・時刻不明 篠鶴地下遺跡群・深層某所】
「おや、目が覚めました?
まあでももう遅いんですけどね」
伏吟相剋で刻まれた呪詛が体中にびっしりと。
まるで『いただきます』と言わんばかりの一拍で、全てが爆散した。
「がはっ!」
『ふうちゃん!』
「『所詮』、『所詮』……『所詮』!
そういえば僕を呼ぶときに必ず付く言葉です、父ですらもそうでした!!」
まさに血を吐くような独白。
そして、今度は『死体漁り』の引き金を絞る。
閉目して龍脈を見ようとしたが、昨日よりも明かに不明瞭で使い物にならない。
ならば霧を使えば、という代替案は甘い。
エリスに使う以外は、察知した『若』が速やかに破壊するので意味が無い。
『■■!』
仕方なく銃撃の勢いを『相殺』で軽減させようとする。
灯杖の突きで弾丸の軌道が僅かに逸れ、頬に鋭い風の感触が通り過ぎる。
魔力吸引からは免れられたが、灯杖の砕けたダメージで視界が滲む。
『若』は依然と距離を取り、常に攻撃の二択を迫らせる。
「でも本は雑用中でも読めました、貴方のように……」
「だろうな、お前は人の視線を掻い潜って本を読み続けた、そうだろう?」
まるで心を読んできたかのような八朝の一言に
『若』の身体が強張る……不快さ気持ち悪さ悍ましさ。
「桃花曲脈 英任踏斗 道化之径」
八朝が■■の『相殺』を込めた蹴りを放つ。
だが、『若』の反射はそれよりも早く、八朝に■■の足払いを放つ。
「ぐ……お!?」
「馬鹿なのですか?
そうやって一つ覚えみたいにさ!」
八朝が何かを仕掛ける度に、『若』のカウンターが決まる。
この二人の実力差は殆ど無い、だが一体何が八朝を圧倒するのか。
それは相手の目を見ることの極致。
模倣までやってのける程の集中力、最早常人の域を超えている。
(それだけの執念が……ありながら……!)
だが、やはり何かがおかしい。
先程の足払いも星を踏まずに発動した、これは何なのか。
「大体口にしないと発動しない時点で終わっているんですよ!」
『若』が大きく地面を踏み込む、即ち『龍震』の一撃。
地面に縫い付けようとする一撃に対し、空中で逃れようとするが……
「!?」
両足が地面についていないのに『龍震』の麻痺をもろに食らう。
そのまま地面に落下しもんどりを打って倒れ込む。
その八朝を巨大な影が覆う。
「何を……いや、待てその影はまさか!?」
「あれ、気付いちゃったんですか?
そうです、キミの天象石を使って、この通り!」
そこで、漸く彼の強さに合点がいく。
あの影、背中に虹色の光背を背負う天象……名を御来迎。
それは山の頂に至った修験者が
雲海の中に釈迦如来を見た、という神秘体験から名づいている。
だが、既に御来迎は別の妖魔に取られている。
紫府大星曰く『神の居ぬ抜け殻』、故に尊称を外して『来迎』。
神秘を帯びない代わりに、天象を安置する器として
……柚月を■■の中に閉じ込めた元凶として。
「ああ、本当にこれを捨てるとか勿体ない
八つもあるのに■■を使わないんじゃ宝の持ち腐れ!」
『若』は八つの影全てを大地から引き剥がし
自分を覆うように手繰り寄せ、そして黒き龍となった。
『ふうちゃん……あれって……』
「ああ、もう浮くな……全力で雷を回避しろ!」
黒龍が雷をばら撒き、無防備な端末へと。
エリスも障壁魔術をもう一度張り直せば、と思っていたが生温い。
『……ッ! そんな!?』
八朝の胸ポケットに収まった後に、その惨状を知る。
雷は障壁を初めから無かったようにすり抜けて、大地を抉り飛ばす。
何とか黒龍の後ろに避難できた時には八朝に夥しい死の痣。
『ふうちゃん、大丈夫……なの?』
「ああ、大丈夫だよ
暫くの内は依代が使えないだけだ」
そんなものはやせ我慢、エリスがはじき出した答えはとても簡単で残酷。
異能力の自然回復を上回るスピードで呪詛のスリップダメージ。
即ち『回復死』に陥っている。
気絶無効があるから動けているだけで、異能力はもう……
『見るがいい、取るに足らない人間共
これは貴方が毀した明珠……火雷大神の御姿です!』
唸るように、夥しい雷が『若』に呼応する。
最早見ただけでも龍脈を穢されかねない濃密な死の気配。
流石は冥府にありてイザナミを死に縛り付けた穢神と言うべきか。
(ああ、これはもう見えても無駄だ……
だが、それはこの龍が初見であればの話何だがな)
目を閉じて静かに絶望する。
全ての龍脈を踏みつけにする黒龍
その一挙手一投足で八朝は一瞬で焼け落ちるだろう。
だが、『若』は何もわかっていなかった。
その神が一体何なのか、そして自分の置かれた状況にすら……
「……お前は、どうしてそれを使わなかったという発想ができないのか?」
『考える必要があります?
所詮貴方の中途半端な技量では為せなかっただけでしょう』
黒龍がニタリ、ニタリと言葉を零す。
ああ、あの記憶遡行通りの言葉遣いであった。
「まぁ、そうに違いない……兄弟子として恥ずかしい限りだ」
『そうでしょう、そうでしょう!』
「にしても『若』……お前って『所詮』という言葉が好きみたいだな」
その一言に、文字通りの雷が落ちてくる。
無言かつ感情的に……故に今までで一番御しやすい呪い。
『馬鹿な……』
「ああ済まない、『若』は『所詮』が嫌いだったそうだった」
『抜け抜けと!』
間髪入れず雷の大合唱。
焼けて腐る筈の八朝は、未だに健在。
雷が落ちるたびに、■■と■■を発動させて受け流す。
即ち無害な■■として軽くあしらわれている。
「嫌よ嫌よも好きのうち、とは大概だな
夢より『嫌い』が強いと、『嫌い』の方向に成長してしまう」
『おのれ!』
乗せられるがままに逆上した黒龍は口元に雷を集める。
それは水のように地面に落下し、波のように大地を蹂躙する。
即ち、火雷大神の名に反した雷水のブレス。
『ふうちゃん!』
「桃花曲脈 任柱曲斗 重々針径」
即ち■■による概念消去。
見知らぬ相手には通用しないが、自分の力であれば尚更。
一撃は海を割るようにブレスを吹き飛ばし、龍の外装を剥ぎ取る。
「……ッ! もう一度呼び戻せば!」
「いや、これで終わりだ」
反論しようとした『若』が大量の血を吐いて倒れる。
それは、先月の篠鶴市で起きた『ある流行』の果てと酷似している。
「だから俺は人間に戻りたかったんだよ……」
続きます




