Case 84-4
2021年7月30日 完成(98分遅刻)
霧の中から現れたのは血を流す一本の楓の樹。
だがそれは、この霧を仕掛けた妖魔による罠であった……
【3月13日(金)・夜九ツ(0:38) 『ウラ』・某所】
『え……ゆーちゃん……?』
障壁に深々と刺さる長柄武器の数々。
それらは数秒もせずに砕け散り、ダイアモンドダストのような欠片を舞わせる。
そんなことが可能な人間は一人しかいない。
「……そうか、この霧を仕掛けたのが紫府大星なら全ての辻褄が合う」
『え、あの『ウラ』の主がどうしたのさ』
異変に気付いた黙々が再び火中へと戻ってくるが
どうやら彼女は紫府大星が現在何をしているか分かっていない。
「まず、紫府大星があの鳴下家を突破できるとは思えない
他二家の秘術を修め、一度柚月に勝った現当主に太刀打ちできる筈が無い」
そう言っている間に干戈を飛ばしてきた影が霧の中に消える。
慌ててはいけない、目を閉じて光の情報を断ち、その奥にある魔力の流れを見る。
6時の方向から鋭い気の流れ、拙いが龍震の一踏みで流れを阻む。
更に大鋏の腹で流れの実体を叩き落すが、今度はそれよりも大きな撓みがこちらに猛烈に近づく。
『ふうちゃん!』
「……ッ!」
大鋏と杖の鍔迫り合いとなる。
目を開けると、表情を失ってある意味『神憑り』となった柚月がそこにいた。
『なんで……なんで!?』
「簡単だ、今まで俺がやっていた事を真似されたんだ」
『やっていた事って……照応……!?』
小柄な体には似つかわしくない怪力によって徐々に圧され気味となる。
だが、流れの具現化である『龍脈』を大切にする鳴下神楽は、それを利用する手段がごまんとある。
例えば柚月が最も得意とする風水刀法・方違。
それは凶の気を逸らすことで自らに災難が降りかからないようにする技。
これが鳴下神楽の術技の一つから派生したのなら八朝にも使えぬ道理はない。
「辛儀去水 三冬天輔」
即ち亥子丑、それに対応する貪狼と巨門と左輔。
そこから丙を擁する文曲へ向けて右足で踏み込みながら大鋏を手放す。
即ち、鳴下神楽・初伝 挨星歩
単に斜め前へと躍り出るだけの一連の動きで
何故か柚月の一撃から逃げ切ることに成功する。
『……ッ!』
柚月が何かに気付いたのか、一気に八朝から離れる。
何しろこの『挨星歩』と龍脈が見える龍眼が組み合わされば途端に攻守万能の絶技に化ける。
唯一の弱点である間合いの外から殺そうと杖を構え直す。
「ああ、照応だ
篠鶴市と元素番号で紐付け、地下遺跡群を利用して侵入した……そして」
柚月が杖を振り回す。
もしも八朝に十神の色が見えていたなら、それは純銀の呪いとして見えただろう。
即ち伏吟相剋……柚月が最も得意とする呪いの斬撃。
八朝はそれを見越して端末を握りこみ、わざと不完全な状態で障壁魔術を使わせる。
『……!?』
金属同士で引っ掻く轟音、障壁が投げかける漆黒の影、それらが場を一瞬だけ支配した。
そして八朝達は、万物を引き裂く伏吟相剋の一撃から無傷で生還した。
『辛む』の名の通り、切り裂けるのは物理的に見える物までなのである。
「この楓の樹は柚月を嵌める為に仕掛けられた
金気に乗じてこの霧も集めさせ、天盤の『楓』を蚩尤の亡骸である『楓人』に置き換えた」
『そん……な……』
だが苦難はこれだけではない。
自分よりも遥かに強い柚月を死なずに元に戻す……これ以外の選択肢が無い。
既に身体は霧からかけ離れ、新たな妖魔に生まれ変わりつつある。
(……いや、それでも助ける!)
3撃目、漆黒の障壁魔術が破られた刹那
思考途中の八朝の隙をついて杖を振り下ろそうとする。
それが、何故か一向に到来しない。
『…………ッ!』
「柚月……?」
疑問よりも早く間合いを開ける為に斜め後ろに一歩。
目の前に大地を抉る一撃が真一文字に刻まれる。
そこからも柚月らしからぬ精彩を欠いた連撃。
(……まだ、抵抗できている!)
柚月の間合いから『脈弓』で逃れ
意を決して二重の■■を唱え、待針を握りしめる。
その状態異常である『消去』に全てを賭ける。
狙うは彼女を操る蚩尤の亡骸たる楓人。
だが、それが少しでも柚月の龍脈を傷つけたなら、それこそ死を免れられない。
「……ッ!」
『鏑杖』の構えを取るも、命を奪う可能性に怯えて躊躇する。
そんな隙すら命取りだというのに、またしても奇跡的に絶命を免れる。
同じく必死で抵抗する柚月は、泣き笑いの表情を浮かべている。
(これは……どこかで……?)
八朝の脳裏に過ったのは、恐らく前世最後の記憶である『報せ』の場面。
柚月と思わしき謎の少女から、今のような見た事のない表情をされたという印象。
その後自分は『報せ』の内容に絶望したのか死を選ぶ。
何故こんな時に、記憶遡行でもない既知の記憶の掘り返し。
意味のない回想を振り払おうと、手に力を込めた瞬間……
『ふうちゃん……なにか……いってよ
なにも……いわないと……分かんない……よ』
それは聞き取れなかった謎の少女の一言と完全に一致した。
謎の少女と柚月の姿が重なった瞬間、ある秩序だった一連の記憶が開放される。
即ち柚月は『イザナミの祟り』たる『全住民再抹殺』の監視役として島に呼ばれ
式占術をベースにした不思議な力を振るうも、生き返った住民を殺すことは終ぞできなかった。
手助けと称してしつこく出しゃばり続け、尻拭いとして自分が住民の命を奪い続けた。
そんな彼女の親切を煙たがり時に甘え、そんな無礼を働き続けた最後に本当の天罰が下る。
(思い出せない……
いや、そっちじゃない! 確か俺は彼女の……)
一度だけ、柚月の龍脈を見た事がある。
それは死穢により体調を崩したある日、その姿と今目を閉じて見る柚月の龍脈に決定的な違いがある。
即ち、銀白色の龍脈に混じる細い糸の如き楓色の脈。
間違いない……まだ繋がっていないコレを消せば何とかなる。
「柚月! 今助ける!!」
『消去』の指定を楓人に再定義する。
そして、鳴下文が実演した構えを必死で真似て、針を投げ飛ばす。
一瞬、柚月の笑みが見えた後、針が深々と突き刺さり後ろにそのまま倒れる。
『ゆーちゃん!』
エリスが柚月の元へと駆け寄る。
全身全霊を使った八朝はその場から動けず、脈弓すらも切れて水面に沈む。
だが、無駄に藻掻かなかった影響で仰向けのまま沈まずに漂い続ける。
「ふーちゃん!」
すっかり正気を取り戻した柚月が手を差し伸べてくるのが見える。
その手を握り返し、再び水面の上に起こされた。
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