Case 84-3
2021年7月29日 完成(37分遅刻)
八朝達は『ウラ』を覆う殺人霧に挑む。
だが霧は余りにも濃く、行く先の道をどんどんと歪めていき……
【3月13日(金)・夜九ツ(0:01) 『ウラ』・某所】
八朝の龍脈を踏む清音だけが
熊除けの鈴のように何度も鳴り響く、何度も何度も……そしてエリスが痺れを切らした。
『おかしい……方角的には合っているのに!』
エリスが困惑と共に嫌そうな叫びを上げる。
確かに彼女が指し示す方角を元に進めているのに、一向に辿り着く気配がない。
柚月も閉じた龍脈のせいで正確な観測が出来ずに視線を彷徨わせている。
(……もし、貸本の情報が正しければ
鬼里の邸宅は『月の館』……つまり西北西の方角にある筈だ)
だが、現実ではそう簡単にはいかない。
既に日付も変わってしまったのにどこまで進んでも陸地の気配すらない。
しかもこの霧、ただ雑に覆っているわけでもなく非常に奇妙な模様を浮かべている。
それは無限に続く白の格子模様であった。
『この霧、そこかしこに金の反応もあるし
目のある格子状の模様があるとか意味わっかんない!』
機械の身体なのに、人間と同じような錯視体験を口にするエリス。
だが何気ない一言がある違和感の正体を明らかにした。
「待て、格子に見えるんだよな」
『え……そうだけど……』
「そうか、立体構造を無視して格子に見えるのか」
その指摘にエリスも気づき、八朝と同じ考えに至る。
意図的に白格子を見せ続ける必要、例えばバーゲン錯視が必須な妖魔……
「目目連……」
『え、なにそれ?』
「真偽不明だが碁打ち師の念が生んだ妖怪だ
曰く、碁盤のようなグリッドの中に無数の目があるように見えるという」
『あ……確かに目っぽくないけど黒い点が……!』
そう認識した瞬間に、錯視でなかった黒点達が一斉にこちらに視線を投げかけてくる。
目をこすっても不可解な事象が止むことは無い……遂には幻聴まで聞こえだす。
『あ、漸く気づいた感じ?
外界の人にしては早いけど、そうなんだね』
「誰だ?」
『うーんとね、名前……
双子だから付けられなかったけどお姉ちゃんからは『黙々』って呼ばれてるよ』
そういって黙々が更に事情を話し始める。
曰く彼女にとってもこの霧は邪魔で、何とかしてほしいとのことである。
「……報酬にもよるがな」
『そんなことを言ってもキミ達はさ、鬼里を探しているんでしょ?』
「……そうだ」
『だったらそれが報酬、いいよね?』
直接『鬼里』との繋がりが生じた事で了承する八朝。
だが、目の前の問題は思った以上に深刻である。
(……一度体験したのなら、蚩尤の起こした霧の筈だ
だが、エリスの指南まで狂わせるのなら別物の可能性すらある)
考える程に、該当するものが多すぎて逆に絞る事が出来ない。
先程の戦いで分析するための霧すら出せず途方に暮れる。
『あ、あとこの霧……実はあたしたちの天象だったんだけど
紫府大星って人がバラバラにしちゃって原型を留めてないの』
「バラバラとは?」
『うん、バラバラ
そうとしか言えないね!』
黙々はしたり顔の口調で分からないと豪語する。
天象を改変した犯人は分からないが、彼女については一つ言える事があった。
「話は変わるが、もしかして姉は一つ目だったりするか?」
『え……何で分かったの!? すごいすごい!!』
『ふうちゃん、どういう事?』
「目目連と来たなら一目連だろう
一つ目の竜神で、風を司る神様だ」
三重県の多度神社の別宮に祀られている神様の名前を口にする。
彼が風と天候を司るのも、この神社のある山が航海上の天気の指標として利用されていた事に因む。
『そうそう一つ目の、んで金鯱で雨風を呼び寄せるんだよ!』
「金鯱……?」
だがここに来て意味不明なモチーフが追加される。
金鯱とは名古屋城天守閣の屋根に存在する像である……無論多度とは何も関係が無い。
ただ、金鯱が過去最悪と称される伊勢湾台風を呼び寄せたという噂が……
(いや待て、台風は確か……!)
そして先程エリスが口にした『金』の反応。
間違いではなかった、越境しているが混ざっている。
そしてそれを集積する技術を持つものが丁度良くここにいた。
「柚月、この霧に含まれている金を回収することは?」
無言かつ即座に首肯してくる。
そして柚月が目を閉じて杖を握り締めて呟く。
『盤上楓棗 三秋旺神 招来』
杖の先端に光が灯り、細かな欠片を吸い始める。
三秋とは金行の季節であり、八朝の言った『金を回収』するのに打ってつけのものである。
『これ何してるの?』
「すまない、終わったら話す」
そういって黙々の私語を封じ、砕け散った金鯱を回収する為に右往左往。
そもそも空間まで捻じれていることが発覚し、エリスが徒労を認めない勢いで溜息を吐く。
そして、回収が完了されると杖の先に黄金色の金鯱像が顕現した。
『おぉー! ありがとー!
じゃあ先にお家で待ってるから!』
そう言って黙々まで霧と共に消え失せた。
代わりに現れたのは無風と、全方位に聳え立つ雲の壁。
『台風の目……』
「ああ、これも一種の『一つ目』だからな
恐らくこれが黙々の姉の本来の天象なのだろうな」
だが腑に落ちない事がある。
閃電が言った『一度会ったことのある物である』という発言。
殺人霧が黙々達の天象だとすれば、証言通りの蚩尤の力は……
「ん? 何だアレは……」
いつの間にか海の上に立派に幹をしならせた楓の樹が立っていた。
そして水に浸かるところから、楓の葉よりも赤く黒い領域がしみ出している。
「拙い!」
エリスに回復したての霧を食わせ、障壁魔術を発動させる。
障壁に深々とありとあらゆる種類の武器が突き刺さっていた……
続きます




