Case 84-2
2021年7月28日 完成(51分遅刻)
山狩りから逃げる為に『モリ』へと逃げるも、道に迷う。
そこに妖魔が現れ、道案内すると持ち掛けて……
【3月12日(木)・五ツ半(21:44) 『モリ』・某所】
「……」
妖魔の先導で、見る見るうちに道の視界が開けていく。
どうやら本当に外へと案内してくれているが、懸念事項は二つほどある。
一つはこの妖魔が道案内と見せかけて罠に嵌めようとしている可能性。
……全ての妖魔が桔梗や紫府大星のような輩とは限らないが、それは親切であること一切証明しない。
「……」
柚月の顔にも不信感が拭いきれていない。
唯一、道案内すると信じ込んでいるのがあの妖魔ぐらいしかない。
それにあの妖魔に『行先』を話した覚えはない。
「一つ聞いていいか?」
「何だ、言ってみろ」
「俺達が何処へ行こうとしているのか分かっているのか?」
「何だそういうことか、言うまでもない……」
「『サト』の北だろうよ」
随分と八朝と同じような口調で返してくる妖魔。
自分を見るようで不快な気がするが、それ故に彼に裏心が無いことも感覚的に分かってしまう。
「そこで寝かされている彼は『緑柱』の奴だ
そいつをキタへと送り返すついでに『ウラ』へと向かうのだろう」
「!?」
それこそ、そこまで話した覚えが無かった。
不快感が嫌悪感へと変わり八朝ですら険しい表情になる。
そんな彼に静かに目を閉じて妖魔が問うてくる。
「……『飯綱』は元気か?」
「……知っているのか?」
「知っているも何も、奴は俺の相棒だったからな」
どうやら知人の関係者らしい
だが八朝の情報は妖魔中でリークされており、騙す余地はある。
「……残念だが」
「ああ、知っている
お前たちに時間を与える為に『紅蓮竜宮』を使ったのだろう」
「『紅蓮竜宮』……?」
「奴曰く、時間を停滞させる冬の領域だという
己の生命力すら使う術で、どのみち相打ち覚悟で使ったに違いない」
それでも信じることはできない。
そうしているうちに見慣れた『キタ』の風景が木々の間から覗くようになる。
「……今度戻ったら『夔神に会った』と奴に伝えろ」
そう言って彼の姿が幻のように消え去った。
まるで狐につままされたような出来事に三者三様に困惑する。
「……こころを読んだのかな?」
「いや、夔の名が正しいなら心読みの力は無い
寧ろ疫病や雷を避ける神様で、雷獣との接点が……」
そこまで言おうとして、漸く彼が飯綱を相棒呼ばわりする理由に気付く。
つまるところ氷風の飯綱に対して、雷に由来する妖魔である彼。
(……風神雷神とでも自称したのか?)
浮世絵の有名なモチーフとしての風神雷神図。
妖魔が天象と共に伝承を由来とする存在なら
有名な物に縋って力を強くしようとする目論見は分かる。
だが、今はそれを考察する時間は無い。
「……今は彼を送り届けるのが先決だ」
八朝が一方的に話を打ち切り、『緑柱』へと向かう。
なるべく気配に勘づかれないよう、建物の陰を利用してやや遠回りしながら向かう。
そして何とか『緑柱』の戸口に『若』の父親、元『緑柱』のお頭がいた。
「……すまなかった」
「いや、それはこちらの台詞だ……だが」
「もう息子をここに置くことはできない」
それはある意味予想通りの展開であった。
ここに来て『サト』の南北格差を突き付けられるのは、あまり気分がいいものでは無い。
だが、楯突けば『緑柱』が丸ごと焼き尽くされる……そんな瀬戸際。
「そうか、今まで世話になった」
「……そういう顔をするな、ほとぼりが冷めればいつでも帰ってこい……染足も心配していたぞ」
「残念だが、俺はここには戻らない」
「……念のために聞くが、やはりなのか?」
お頭の問いに首肯する八朝。
緑柱の北方向を塞ぐ殺人霧、そこが赤もとい『ウラ』であった。
「……ついてこい」
お頭に案内され、『サト』の北方境界の橋に辿り着く。
向こう1mも見通せない濃霧と、似つかわしくない潮騒の音で思わず混乱しそうな風景である。
「対策はしているだろうな?」
「ああ、問題は無い」
そう言って八朝が端末のコンパス画面を開かせる。
東西南北、お頭はこの程度の情報で何をやろうとしているか把握した。
「指南車か」
「前にこの霧は俺が一度遭遇したことがあるものだって助言してくれたやつがいてな」
「そうか、詳しくは聞かないが抜かりは無さそうだな」
そう言って暗に『息子は任せたぞ』と告げるお頭。
一応、伝手は無くは無いが、相手が了承するかどうかは分からない。
最悪、篠鶴市まで連れてくる可能性も視野に入れる必要がある。
「達者でな」
そういってお頭が『緑柱』へと戻っていく。
もう二度と戻れないように、『ウラ』を沈める霧の破片が『サト』の街並みまで霞ませていった。
続きます




