Case 83-4
2021年7月26日 完成(2時間以上遅刻)
旅籠に不信感を募らせる八朝。
だがその糸口は終ぞ無く、無常にも時が過ぎようとしていた……
【3月12日(木)・七ツ半(5:28) 『白』・某所】
『これで、終わり』
柚月の宣告で今日の鍛錬が終了する。
畦道のど真ん中で青年二人がひっくり返る。
抜けるような青空に、今日の地獄のメニューが浮かぶようである。
「これで強くなった試しが無いや」
「……まあ、元々は俺用のメニューだしな」
あの旅籠の一件から、『若』も鍛錬についていくようになった。
というのもあるが、朝早くから外に出た八朝達の後をつけ
それが退魔師としての鍛錬だと聞くと食い入るように参加するようになった。
(……あと、2日か)
飯綱から通告されたタイムリミットまで残りわずか。
『ウラ』が赤……つまり水瀬地区なのは掴んでいる。
だが、現在の赤には殺人霧と噂される濃霧が覆っている。
この殺人霧の勘所が分からずに二の足を踏んでいた。
「ああ、それと今日は買い出しでしたっけ」
「……まぁ、そうらしいな」
そして、もう一つ変わったのは『若』が旅籠の手伝いをするようになった事である。
理由は言うまでもない、久々に会った桔梗に直接誘われたのである。
「今日もお肉食べないのですか?」
「……そういう教えなんでな、何なら『若』も食べてはいけない」
「勘弁してくださいよ」
「そうか……」
残念そうな顔の裏でそこはかとない絶望が横たわる。
エリスと柚月と顔が合う、これも『気付くのが遅かった害』に他ならない。
「それよりも親父さんには一言言ってきたか?」
八朝の返しに相変わらずのだんまりを決め込む『若』。
どうやら何も話していないらしい、それは仲間内での噂とも一致している。
普通なら引き抜きに嫌な顔をする筈が、みんなして悲しそうな顔をする。
それもまた、先の確信に至った根拠の一つである。
『えと、じつはふうちゃんはもう十分』
「そうなのか?」
『うん、あんまりつかれなくなったでしょ?』
柚月から意外な評を聞く。
それは前の『気遣い』とも違った真に充分であるという表情。
確かに、今の所すっかり立ち上がった八朝に対して『若』はまだへばっている。
「えぇー……不公平じゃないか!」
「言ったであろう、これは俺用に調節された鍛錬だって
だが、もう必要が無いのなら『若』にも技を教えていいだろうか?」
『うん、わかちゃんも簡単なのなら』
その一言で気力を取り戻した『若』が勢いよく跳ね起きる。
びっくりする八朝を尻目に距離を詰めてくる。
「ホ、ホントですか!? だったら今からでも……!」
『だめ、きょうはつかれすぎ
あしたから教えてあげる』
柚月は『若』の本調子を一蹴するように否定する。
彼女の目をもってすれば足が震えなくとも龍脈の淀みでその人の疲労度が把握できる。
これに否と唱えようものなら、大怪我の可能性すらある。
『若』も三度目の悲劇を繰り返すまいと溜息を吐く。
「約束ですからね」
【3月12日(木)・宵五ツ(20:01) 旅籠・裏口】
「やっぱりか……」
旅籠の裏、主人の目をかいくぐって見た畑には大量の麻。
彼はジャガイモ農家、当然刺子や紡績のノウハウがある筈もなく、ならば用途は一つしかない。
麻薬、特に大麻の製造。
それは3月の始めの事件で匂っていた麝香の強い香りという特徴とも一致する。
『ふうちゃん……怖い……』
「ああ、だが彼女の悪事はここで止めなければならない」
八朝がそう言って、畑の周囲を注意深く検分する。
やはり怪しいと思っていた小屋の中に地下へと続く階段を発見する。
(……向こうなら『立ち入り禁止区域』にあたる所だな)
この黄は篠鶴市と表裏一体。
それはこの黄という名前からしてもそうである。
アルセニコン、或いはヒ素の元素番号は33……篠鶴と最初の二音が一致している。
だけではない、例えばルビジウムの37、カルシウムの20。
意図的にここと篠鶴市を照応させているなら、地下遺跡群の痕跡があるのは当然。
「……行くぞ」
八朝の号令を返すものはいない。
それは、ひっそりと後ろからついてきている『彼』も同様である。
……。
…………。
………………。
「……血の臭いが濃い」
『うん』
エリスすら余裕をなくしている。
殺伐とした通路から猛烈な悪臭が届いている。
これを紛らわすための香り地獄だったのだろう。
そして厳重に施錠されているドアに行き当たる。
柚月の異能力で鍵を切断してもらい、中へと進む。
そこは地獄であった。
「……ッ!?」
『そん……な……』
冷気が迎えて、部屋にずらりと並んでいたのは
一般的な屠畜場によくあるハンガーされた開いた肉の群れ。
ああ、それがまさか人間だとは思うまい。
「……やはり食べなくて良かった、それでも!」
八朝は傍らの木枠で血を流すほどに力一杯拳を打ち付ける。
生気を失くした顔の中にいつの間にか居なくなっていた『緑柱』の受付、仲間の一人の顔があった。
間違いなく、キタの人間を選んで食肉にしていたのである。
「あ……ぁ……」
「なっ!? 『若』、いつの間に!?」
漸く『若』の存在に気付いた八朝の顔が凍り付く。
彼が指差す先に、しとやかな黒髪を垂らす一人の食肉が吊るされていた。
恐らくは……彼女が本当の……桔梗
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
悲鳴が途切れると今度は嘔吐。
彼は漸く悟ったのだ、自分が一体何を食していたのか……
厚いハーブの香りに隠された悍ましい真実に……
『あーあ、気付いちまったか』
続いて現れたのは同じく黒髪の少女、桔梗。
いや、違う……彼女は人間ですらない。
「妖魔か?」
『ああ、そうさ
逆にずっと気付いてたんじゃねーのかってヒヤヒヤしたけどさ』
『ここ、臭いが籠るよな?』
次でCase83が終了いたします




