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Case 83-3

2021年7月24日 完成


 『若』が急に旅籠までついていきたいと申し出る。

 取り敢えず、『雲隠れ』が通り過ぎるのを待つことにする……




【3月2日(月)・九ツ半(1:06) 『サト』・道中】




 『雲隠れ』が通り過ぎた頃には日付も変わっていた。

 流石にこの時刻では南町からの喧騒も灯りも慎ましいものになっていた。


「……本当についてくるとはな」

「当然です、やっぱり彼女が何も言わず居なくなるなんておかしい……」


 八朝(やとも)は、別の重大な問題を心の中で留めながら相手の話を聞く。

 曰く、『桔梗』は孝行娘との評判があり、こんな大事になる前に父に相談するはずだという。


 確かにその評判と反した状況である。


「……だが旅籠の人は一言も口にしなかった

 あまつさえ、家族がいるかと聞いても天涯孤独と答えたぐらいだ」

「そん……な……」


 『若』が憔悴した表情で押し黙る。

 このままではボロが出そうなのでもう一度釘を刺すことにする。


「いいか、『若』は泊りに来ただけだ

 旅籠の人から根掘り葉彫りは駄目だ、分かってるか?」

「……」


(エリス、最終手段も視野に入れてくれ)

(うん……)


 町の光はあるのに人気は全く無い。

 これは南町の『囮店棚』と呼ばれる風習によるものである。


 即ち南町の商人は店舗と住居の2つの家を所有し

 店舗の集積する『囮店棚』地帯で敢えて灯りをつけたままにして妖魔を誘い込む。


 そうやって自らの身を守ってきたのだという。


(確かに妖魔っぽい気配はする、だが……)


 八朝(やとも)は日頃の鍛錬の成果により、細やかな視線に気付く事が出来た。

 自分たちを注目し続ける『ある妖魔』の気配がつかず離れずなのである。


(エリス、柚月(ゆづき)……気付いているな?)


 二人とも首肯する。

 だが攻めてくる様子が無いのでこのまま泳がせておくことにする。


 そして、漸く旅籠に辿り着いた。




【3月2日(月)・九ツ半(1:44) 『サト』・旅籠】




「ああ! よくご無事で!!

 ……っと、そのお方は一体?」

「仕事特にが立て込んでな、彼も宿泊させることにするが」


 短い静寂があった。

 いや、とても小さな声で旅籠の人が公民の教科書にも載っている差別用語を口にした。


「勿論料金はありますか?」

「ああ、これでいいか?」


 旅籠の人が用心深く金子を数えていたが

 十分足りていたらしく、破顔して歓迎の意を示した。


「お疲れさまでした、ではご案内いたします」


 旅籠の人が部屋まで誘導する間

 『若』はぶつぶつと何かを言っているだけで周りを見ようともしない。


 代わりに八朝(やとも)が周囲をそれとなく探る。


(……特に何も変わりない、な)


「お連れさん、真っ青な顔で大丈夫ですか?」

「ああ、慣れない仕事だったらしくて終わった後もこの通りだ」

「……災難だったですね」


 すると、『若』が何かに気付いたのか顔を上げる。

 そして、八朝(やとも)の肩を揺さぶり始める。


「おい、一体何を……?」

「あっちだ! あっちにいたんだ!」

「何が……っておい!」


 『若』が廊下の奥まで走り始める。

 旅籠の人に彼の面倒を見ると言って安心させて彼の後を追う。


 廊下を一回曲がった先に、『若』ともう一人の『影』があった。


「……ッ!?」

「あっ、八朝(やとも)さん!

 紹介しますね、彼女が『桔梗』さんです」


 『桔梗』と紹介された少女は恭しく一礼する。

 だが、事前に聞いていた印象と異なり自身に満ち溢れた表情をする人間であった。


「なーに紹介するって、初めて会ったばかりじゃん」

「ああ、ごめんごめん! でも……」

「まぁ、顔は良いみたいだし、またウチに来てくれよな」


 『若』が上手く煽てられ、舞い上がっている。

 そこに旅籠の人まで追いついて来た。


「おお、『桔梗』じゃないか……どこをほっつき歩いていたんだ?」

「ごめんごめん、薬草取ってたらいつの間にかね」


 『桔梗』がカラカラと音のする風呂敷を掲げる。

 それは薬草というよりかは、ガラスシリンダーがぶつかり合う音のような……


「ああ、八朝(やとも)さんには初めてでしたね」

「……そうだな

 八朝風太(やともふうた)だ、今代の『退魔師』をやらせてもらっている」

「へぇ、『退魔師』さんなのかい!

 いいじゃん、周りに何か飛んでるし、強そうで助かるよ!」


 どうやら『桔梗』はおだて上手に類する性格をしていた。

 だが、彼女から漂うある気配が八朝(やとも)の思考を搔き乱す。


 握られた手が離れて、漸く一息ついたような心地がした。


「まぁ、何か困ったことがあったら言ってくれ」

「そうかい、まあ今日は夜遅いし休むと良いぞ」

「そうか、ではそうさせてもらおう」


 そう言って『桔梗』と旅籠の人と別れる。

 上機嫌の『若』と共に部屋に戻り、少し話をしてから就寝した。




 ……。


 …………。


 ………………。




(エリス、起きてるか?)

(……うん、でも)


 エリスがジトっとした視線を投げかけてくる。

 普段なら押入れに隠れている柚月(ゆづき)が抱きついている。


 だが、悲しいかな……半透明の彼女に八朝(やとも)を留め置く術がない。


(……誤解するな、話は『桔梗』についてだ)

(ふーん……まあそういうことにしてあげる)


 このままでは脅しの材料をみすみす渡してしまう事になる。

 だが、それにしてはエリスが冷静さを欠いている様子には気付くことはできなかった。


(あの『桔梗』……甘い匂いがしていた)

(ふうちゃん? 二度目は無いよ?)

(違う、そういう意味ではない

 あの甘い匂いは『毒物』だ、幻覚を引き起こすものだった)


 それはいつかの『記憶遡行』で得た書物の記憶からのものである。

 即ち大麻の麝香のような重く甘い匂い、普段ならスカンク並みの臭気となる筈がそれが無い。


(あれ……ホントだ!?)

(ああ、だから甘い匂いになるよう調節しやがった……相手はその道のプロだ)


 幸せそうな顔で眠っている『若』の姿が見える。

 今の所、彼を無事に帰すには自分達が『桔梗』を疑っている事を悟られないようしなければならない。


(それと、『若』くんからは高嶺の花って聞いたのに、面倒見が良さそうじゃん)


 八朝(やとも)は何も返さず思考を巡らす。

 スパイスとジャコウに隠された旅籠の秘密、それにしてもこの旅籠は変だった。


 何しろこんな夜更けにも関わらず何かの音がいつも聞こえてくるのである。


続きます

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