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Case 83-2

2021年7月23日 完成(16分遅刻)


 染足に言われて、先に『緑柱』に寄ることにする。

 彼が渡したいという物は一体何なのだろうか……




【3月1日(日)・六ツ半(19:36) 『緑柱』・酒屋】




「よォ! 酒でも飲むか?」

「遠慮しておく」

「ったく、つれねーな」


 酔っ払いたちを軽くあしらって、染足の所へと行く。

 テーブルには山積みの荷物があった。


「これ……は?」

「ああ、毎日助かってますので

 これはほんの特別賞与というものです」


 風呂敷の中身は本の群れ、しかも読もうとしていた本まみれである。

 そして、何故か染足が一足先に八朝(やとも)のいつもの晩御飯を代わりに注文していた。


「……本当に助かる」

「いえいえ、助かってるのはわし達の方ですよ

 知識も豊富で経験も確か、ウチに来るなら更に上乗せしてやらなくも無いわい」

「……そうだな」


 染足の瑕疵なき期待に心が痛む。

 どうあれ残り14日でここを去らなければならない。


 彼の期待は外れる運命にある。


 暗い顔を隠していると、肩にのっしりと腕が掛かって来る。

 先程の酔っぱらいが絡み酒を仕掛けて来たらしい。


「おうおう、今日もここで晩飯なのかよ!」

「……大変言いづらいが、向こうの味はあんまり好まない」

「マジかよ、分かってねぇなー」


 それについては八朝(やとも)達以外が首肯している。

 『サト』の南町とは、美人・美食・美術の集う正真正銘の『アルセニコン』の中心である。


 だが、それを知らない八朝(やとも)が自白する。


「肉しか出ない、しかも香辛料と酸っぱさで尖った疲れる味だ」

「何でいそりゃあ、聞いたことがねぇ……本当に食ったのかよ?」

「いや、香りだけだ」


 男たちが、八朝(やとも)の妄想に呵々大笑する。

 あまりいい気分がせずにレンコンの天ぷらを齧る。


「っと……マジで食ってないのか」

「ああ、嫌な予感がしてな」


 打って変わって真剣に聞いてきた酔っ払いたち。

 良く分からずに正直な感想を貫くと、今度は穏やかな笑みをしてくる。


「おう、お前が『ウラ』とやらを見つけたら必ず戻って来いよ」

「どうしてだ?」

「どうしてもだよ

 この仕事で一番大事な物って分かるか?」


 そう言われて周囲を見渡してみる。

 全員が屈強な筋肉と古傷を晒し、巌のような雰囲気を漂わせる。


「……腕っぷしの強さだろ」

「違ぇな、それも必要だが最後に決めるのは『勘の良さ』だ

 どんなに強くても妖魔には勝てねぇ、そいつと会うか会わないかは運だけだ」


 彼等の姿から信じられないような弱音である。

 それほどまでに妖魔が圧倒的に強く、理不尽なのである。


 ふと、『若』と呼ばれる頭の息子が血相を変えて酒屋に入って来る。


「大変だ! 『雲隠れ』が来るぞ!!」


 その一言で俄かに騒ぎ始める。

 何のことか分からず、一番近くにいた男に聞くと『雲隠れ』とは天候の事である。


 即ち、天高くにしかない筈の雲が地上まで垂れ込み

 横殴りの雨と雹、縦横無尽に雷が踊り狂う正真正銘の災害であった。


 男たちが全ての窓と扉に板張りをこさえると

 まるでドラゴンの息吹のような低く圧倒的な風唸りが響き始める。


(ふうちゃん、こんな事ってあるの?)

(エリス、試しにここの標高を計ってみるといい)

(え……えっ!?)


 エリスが予想外の結果に憔悴する。

 それは八朝(やとも)の想定する3000mではなく5000m。


 『雲隠れ』とは即ち航空機が積乱雲に突っ込んだ時の天候と同じである。


(……いや、流石に5000mとは思わなかった)

(なんでなんだろ……)


 エリスの疑問を引き継いで考え込んでいると『若』が隣に座って来る。

 その表情は目に見えて不機嫌であった。


「どうした、また揶揄われたのか?」

「ああ、そうだよ!

 お前には『桔梗』は早いってな」


 『桔梗』とは南町にいる娘であり、『若』が慕っている相手である。

 彼女との恋を実現させるために彼はここからの脱却を図っていた。


 その一環で、近頃は彼とも鍛錬するようになり

 年が近い事も加えて、光の速さで打ち解けていった。


「それだけこっちにいて欲しい人材だって事だよ」

「んな事言われてもさ、ホラ

 北町のキタは『汚い』のキタ、どう足掻いても高嶺の花だよ」


 『若』が溜息をついて、背もたれに身を預ける。

 途方に暮れながらも、彼の視線は八朝(やとも)の隣へと注がれる。


「何だ?」

八朝(やとも)はさ、女の子二人侍らせてるよな

 何かそういうコツとかあったりしないの、ホント」


 その一言で端末(エリス)幽霊(ゆづき)に緊張が走る。

 まさかのエリスまで言葉にならない呟きで焦っているが、一体何のことだろうか。


「そう言われてもな……」

「顔ってのは止しておくれ、悲しくなるから」

「……」


 寧ろ『若』の方が端正な顔立ちで女子受けがいい筈である。

 それでも女気が無いのはやはり先程の『標語』が原因なのだろうか。


「そうじゃない、単に友達の時とやることは変わらない

 駄弁って駄弁って、偶に困っている事があれば手を貸す」

「でも……」

「まだ話した事すらないんだろ、何処の子なんだ?」


 八朝(やとも)が何気なく聞いた質問の答えに思わず箸を落としそうになる。

 『桔梗』とは、あの旅籠の主人の一人娘であるらしい。


 彼に気付かれないよう、エリスと文字でやり取りをする。


(そんな奴見なかったぞ……)

(うん、何かそんな感じの置物があったなって感じだけど……)


「どうしたんだい、そんな顔で」

「……いや、本当に旅籠の娘なんだよな?」

「間違いない……と言いたいけど八朝(やとも)が来る少し前から見かけないんだ」

「ああ、俺もそれらしき人物は見かけなかった」


 今度は『若』が驚く番であった。

 何やら嫌な予感がする……


「ねぇ、もしよかったら

 今日旅籠までついてきて良いか?」


続きます

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