表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
444/582

Case 82-3

2021年7月19日 完成&誤字修正


 路銀を稼ぐために『緑柱』と呼ばれる施設に辿り着く。

 『アルキオネの鱗』を見返りとする秘策は果たして通じるのだろうか……




【2月22日(土)・四つ半(11:36) 『緑柱』・酒場】




 『緑柱』に入ると、男たちの喧騒があった。

 至る所で武勇伝に儲け話、その傍には活力の源である酒類が置かれている。


 普段なら余所者が入るのに敏感なこの場で八朝(やとも)が無視された。


「何でい、どっちが本物の錫だってか……しょうもな」

「だが上手くいけば山の石が入って来る、そしたら俺らは山に行かなくて済む」

「そいつは良いな、であの若造がかよ」

「頼りないしの」


「俺だったら右だな、あんなに綺麗な黒光り見た事ねぇ」

「馬鹿言え左だろ、右なんぞ火に入れたら金屎塗れで使いモンにならねぇよ」

「んだとコラァ!」


 どうやら商談が持ち掛けられているらしい。

 タイミングとしては最悪であるが、無視して受付に進む。


「いらっしゃい……って見ない顔だなお前」


 その瞬間にあれ程喧しかった言い合いがピタリと止まる。

 不審がる目、カモを見る目、様々な視線が此方に注がれている。


「依頼か? だったらまずはこっちに……」

「いや、ここで雇ってもらいたくて来た」


 すると全員が敵意へとすり替わった。

 無理もない、これ程の人数で奪い合う仕事(パイ)は絶対的に少ない。


 これら全員の敵意から打ち勝つ以外に他ならない。


「……そうかい

 お前、件の『退魔師』らしいな」

「そうだ」

「だったら大人しく妖魔でも殺しとけよ

 素寒貧でも旅籠があるんだろ、いい身分だな!」


 男たちの嘲る声が木霊する。

 野次も含まれている辺り、相当憎まれているらしい。


「安心しろ、俺には目利きの才もある

 お前らの代わりに山で鉱石を採ってやろう」

「言わせておけば……!」


 受付が俊敏にカウンターから身を乗り出し

 その勢いのまま八朝(やとも)に蹴りを入れ、後ろにのけ反らせる。


「……ッ!」


 力を入れた瞬間に重い殴打を顔面に食らう。

 三半規管まで揺さぶられて、思わず真後ろに倒される。


 受付の余りにも鮮やかな連撃に歓声が沸き上がる。


「……いきなりとは、やってくれるな?」

「ほう、立てるのかよ……だったら死ぬまで殴ってやるよ!」


 それからは受付のサンドバッグと化していた。

 殴られては倒され、起き上がっては倒され、遂には首まで掴まれる。


 だがその度に、歓声がどよめきへと変化していく。


「……ッ!」

「知ってるか? 当代の退魔師が死んでも直ぐに『次』が流れ着く

 お前が死んだところで悲しむ奴なんてのはいない、大人しく往生しとけや!」


 受付が短刀(ナイフ)を抜くと、それを腹に向けて突き立てる。

 だが、服を裂き貫く寸前に甲高い音で刺突を拒絶され、ナイフを持つ手が大きく上に吹き飛ばされる。


『ふうちゃん! 流石にもう我慢できな……』

「んだテメェ! 死に晒せや!」


 浮き上がった端末(エリス)に向かってもう一本の短刀(ナイフ)で切り裂こうとする。

 エリスがそれに気づいたのは全てが終わった後であった。


 ……そう、男の手が地面から沸き上がった(・・・・・・・・・・)ような手(・・・・)に掴み上げられたその時である。


「な……!?」

「即席だが上手くいった

 鳴下神楽 脈弓亜種・『万力手』」

「このクソが!」


 もう一方の短刀で今度は雑に八朝(やとも)を切り裂こうとする。


 この時に鳴下文(なりもとあや)ならどうしていたか。

 そう、『龍鱗』……即ち龍脈で編んだ即席手甲で刃を阻んでいた。


 だが、今の八朝(やとも)に龍脈を自在に動かすような技術(たんれん)はない。

 せいぜい、その場にある龍脈を使って阻むぐらい。


(……ならば、阻むまでだ!)


 八朝(やとも)は静かに足裏に力を込める。


 龍脈を揺らすことで瞬間的に『硬度(ていこう)』を出現させて短刀(ナイフ)を振り下ろす勢いを殺す。

 それは柚月(ゆづき)視点の『記憶遡行』で得た薙刀を早く振る方法の逆である。


 後は、掴んでいない腕を短刀(ナイフ)の軌道に滑り込ませ、(ステータス)に祈りを捧げる。


「んなぁ……ッ!」


 男は弾かれた衝撃に短刀(ナイフ)を離してしまい、後方でどよめきと共に突き刺さる。

 そして、八朝(やとも)はもう一方の短刀(ナイフ)を奪うと、男を後ろに突き飛ばす。


 そのまま自分の腕を短刀(ナイフ)で斬り付ける。

 息を呑む様な静寂の中、腕からはしとどに血を垂らし続ける。


「ちゃんと斬り付けろ」


 捨て台詞を吐いた後、そこら辺の机にあった包帯を引っ手繰って自分の腕に巻き

 浮遊する端末(エリス)幽霊(ゆづき)と共に件の『錫石を売り込む商談』へと突き進む。


「どれどれ……」


 そう言ってみたが知識は無いのでどっちが本物か見分けはつかない。

 だからと言って、見分けられないという訳ではない。


 徐に、タロットカードの束を真上に投げ飛ばす。

 困惑している当事者を他所に、目を閉じて龍脈を視認する。


 (taw)が無いためぼやけているが、舞い落ちるタロットカードの軌道を読むだけならこれで事足りる。

 それで全てのカードを空中でキャッチして何度かシャッフルし、一番上を右の石に一番下を左の石として引く。


(……『剣の5』の正位置に、『月』の逆位置)


 即ち『略奪()』と『解明()

 錫石の性質を考慮しても、この答え以外の選択肢は無い。


「右は駄目だ、金屎しか出てこない……左にすべきだ」


 目を開けると狐目の商人と、この『緑柱』の主というには迫力の欠けた優男がいた。

 優男は未だに目移りしている……確かにこれでは頼りが無い。




「そいつの言う通りにしな」




 その声が響いた瞬間に、今度は緊張としての静寂が広がる。

 奥座敷から姿を現した大男は、優男の肩を叩き八朝(やとも)の前に来る。


「……目利きは本物のようだな、染足殿」

「ふうむ、本当は御子息を試すつもりでしたが

 成程、飛び入りの彼は稀有な技を持っておるの」

「という事だ、話は聞いたな新入り」


 こうして最終手段(アルキオネの鱗)を出す幕もなく

 トントン拍子で稼ぎ手段を手に入れることに成功したのだった。


続きます

※金屎とは「スラグ」の事で、錫石の場合タングステンを含む鉄重石部分が原因となります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ