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Case 81-2

2021年7月13日 完成


 八朝(やとも)達の前を鳴下文(なりもとあや)が立ち塞がる。

 魔力の枯れ果てた天象の下、ゴミを見るような目で対峙する……




【2月22日(土)・朝(7:00) 鳴下駅東口・辰之中】




「如何に特殊な異能力でも依代(アーム)が砕ければ終わり

 わが『旱天(てんしょう)』は依代(アーム)を支える魔力すら消し飛ばす」


「じゃが……貴様が罰則(ペイン)に耐える事を失念しておったわい」


 まるで幽霊のように力なく立ち上がる八朝(やとも)を見る。

 学園生同士の児戯で付けられた『亡霊(アンデッド)』の二つ名を実感する異常事態である。


 それでも依代(アーム)が『第三の腕』ともいうべき奇形であるなら

 腕を断ち切られるに等しい苦痛を、異能力者である彼にも等しく降りかかっている筈である。


(……彼奴の身体は確かに頑強に違いない

 それはあの『6月』で確認した……何が彼奴の膝を屈させないのじゃ?)


 単純に腕を失う苦痛を気合で耐えるしかない八朝(やとも)の精神異常に冷や汗を垂らす。

 確かにこれは厄介だ、化物(ナイト)がしてやられたように自分にとっても痛点になりかねない。


「まあ、耐えられぬぐらいに殴ればいいだけじゃよ」


 転がっていた鉄骨を手に、槍投げの要領で構える。

 柚月(ゆづき)は既に気付いているようだが、時すでに遅し。


 既に槍を持つ手には地面から引き抜いた龍脈の束、それらを弓弦のように引き延ばす。

 鳴下神楽……いや、その源流となった武術においてその投擲はこう呼ばれる。


 鏑矢ならぬ『鏑槍』


『ッ! 方違・伏吟天羅(天地癸水)!』


 鳴下文(なりもとあや)から放たれた鉄骨が、文字通り矢の如き速度で八朝(やとも)に迫る。

 その目の前に躍り出た柚月(ゆづき)が『(はかり)』の方違術で軌道を逸らす。


 遥か後ろで深々と金属板を貫く音が響いて、漸く八朝(やとも)の意識が正常に戻る。


柚月(ゆづき)!」

『ふうちゃん! 後ろに隠れてて!』

「ああ分かった!」


 恐れていた事態が起きた。


 八朝(やとも)の脅威の本質は目に見えぬ『根性』ではなく『妨害(デバフ)』。

 殊に戦闘力が皆無の彼にしてはよく耐え、気絶を防ぎながら適性距離まで移動されるとそれで終わり。


 怪雨の如き『呪詛(ギフト)』が降り注ぐだろう。


「させぬわッ!!」

『……ッ!』


 もう一度鉄骨と、それに重なった龍脈を拾おうとする。

 だが、龍脈に引き絞られる負荷は全く無く、代わりに自らの影が柳のように揺れ始める。


「ちぃ……ッ!

 抜かったわ、その天象……」

『あやちゃん……私は本物だって言ったでしょ』


 鳴下文(なりもとあや)の天象が異能力や怪現象の資源となる魔力を消し飛ばすなら

 その対となる金鼬の天象は『相手の天象を塗り替える天象』である『蝕』。


 金鼬銀狐とは、双方が妖魔にとっての致命傷なのである。

 故に彼女らは妖魔に対して不敗を誇り、現在の篠鶴市の平穏の礎となった。


 黒抜きとなった太陽を崇めるように万物の影が揺らめき始める。

 尖った影が一度物体を通過しようものなら、その形に容赦なく切断される。


「……ッ!」


 それは人影すら例外ではない。

 指の影に袖を引き裂かれた鳴下文(なりもとあや)が『脈弓』で自らの影から離れる。


 地を眺めると恐ろしく平坦な漆黒の舞踏。

 その中心に影たちの主が酷く申し訳なさそうに佇んでいる。


「お主がわしの親友だとして問おう

 今のお主の行動に、お主の意思は一欠片でもあるのか?」


 柚月(ゆづき)は冷静に閉口しようとして、眼の泳ぎを隠せないでいる。

 瞬く毎に白昼夢を見るかのように視線が一定しない、その問いは間違いなくクリティカルな指摘だった。


 ああ、彼女はまた騙されたのだ。

 あの人でなしの『妖魔』に加え、今度はそこの根性無し……またしても男に……!




 瞼裏に焼き付くのはある最後の風景。


 肺病を克服した筈の柚月(ゆづき)が喀血に苦しみ悶える。

 妖魔との戦いの最中、忌まわしい程に澄み渡った青空に心が引き裂かれそうになる。


 その妖魔は倒せたが、柚月(ゆづき)の容体は悪化の一途。

 どういう事だと彼女の『保護者』に詰め寄ると、恐ろしく冷めた一言を掛けられた。


 『お前が親友と言いながら利用した、大人しく報いを受けろ』


 柚月(ゆづき)が唯一助けた妖魔は、やはり人の心を持っていない。

 だが、今になって思い返せば彼の一言は自分の核心を突いていた。


 何故ならば、彼女を八卦切通の封印の要石に据えようと提言したのは外ならぬ彼女なのである。

 あの時の母親の妖しい笑みが忘れられない、どこまでいっても鳴下は鳴下なのだと。


 女にも男にもなれなかった自分が、またしても彼女を使い潰した。

 だからせめてもの償いで、百年先の叡智が肺病を救う『奇跡』に日々祈りを捧げていた。


 なのに、このザマである。




「……よう分かったわい

 お主を柚月(ゆづき)とは認めぬ、その他のゴミの様に去ね」


 まるで目の前の真実に駄々捏ねるように龍脈を踏みしめる。

 そんな浅ましい攻撃(せんりゃく)では柚月(ゆづき)に届かないと知りながら……


 それでも偽物なら及ばぬと自己嫌悪を催す願望を掲げながら拳を振り下ろす。


続きます

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