Case 81-1:妖魔天象・旱天
2021年7月12日 完成
人間に戻す術を求めて『八卦切通』に向かう。
それを封じていた鳴下文の様子が少しおかしくなっており……
【2月22日(土)・朝(6:49) 鳴下地区・鳴下駅東口】
「妖魔はゴミらしく浮世から掃いて捨てて呉れようかの」
鳴下文は見た事もないような気配を漂わせている。
それは、妖魔の存在を許さない鳴下家の態度としてはごく自然なものである。
まさかそれが自分たちに向けられる日が来るとは思わなかったのだろう。
だが、それ以上に奇妙な態度が次の瞬間に放たれた『哮』によって露わとなった。
「!? ■■!!」
『Hpnaswbjt!!』
エリスに魔力を渡し、障壁魔術を展開させる。
波面は六重の障壁を一枚ずつ捲り上げ、それでも破壊力を衰えさせない。
その渾沌の向こう側で、鳴下文が矢を番えて解き放つ。
「……ッ!」
その狙いはまさかの柚月。
かつての親友に向かって100%の殺意が込められた一射が飛び込んできた。
反射的に矢を杖で切り裂いたが、衝撃面が真っ白に罅割れていた。
「お前……柚月の親友じゃなかったのか!?」
「寝言を抜かすでない!!!
わしの友は確かに100年前に死んだ!!!」
「死ぬ前に八卦切通の封印に使っただろ?」
「ああ、その通りだここにいるわけがない
であるなら、答えは一つしかあるまいよ」
「貴様の幻術で我が友を弄んでいる、それしかあるまいよ!!!」
再び鳴弦の一撃が響き渡った。
退魔の清音に加え、彼女が習得した御三家・辻守家の祓魔秘術。
それは空を繋ぎとめる為の根源的な魔力すら裂き
漆黒にして崩壊の口を開け、敵を飲み干さんとする。
『駄目……色が見えない……ッ!』
大自然のもう一つの側面である五行、それを見通す目を以てしても視認不能。
もしも、魔力理論に文系的な発想を許すなら、その属性は『虚無』。
全ての理を否認する、世界の壁の如き力が再び障壁を食い散らかし始める。
(……王冠の上にある三の否定
それが人の身に届く筈が無い、何か『裏』がある筈だ)
五行を修めぬ頭で、鳴下文が放った力を解きほぐそうとする。
その鍵もやはり彼女が為した『御三家の力を修める』という離れ業であった。
その身に『封印』、そして他家の『祓魔』と『見鬼』。
一見して何ら関係性も見出せないものたちを繋ぐ鳴下の『神楽』。
「我が『哮』が一つだけだと思うたか?」
突如、今度は縦方向の虚無の波が重なって来る。
3秒で1枚のペースが6倍の速さで割り砕き始める。
だが、確かに彼女の姿を見た。
『哮』を放つ前に9回の地団駄、即ち北斗九星を拝する反閇法。
(……そういえば彼女が『銀狐』と称されたのは『哮』ではない
確かに『射日』を捧げる鳴下と比べれば格段に速く強いが……)
その一思考で、漸く彼女の『模倣』の真意を悟る。
或いは『申楽』と称される神楽に保存する理由は一つしかない。
『祓魔』、『見鬼』に通じる神を自らに降ろす……謂わば降霊。
それをカバラ式で言い直すなら、顕現の影を作る形成の大樹を用いる力。
八朝が■■と■■を見出した瞑想と同じ。
ならば顕現での虚無に重なる形成の小径は一つ。
深淵を通る中庸の柱の第一。
『……■■!』
八朝が残る一枠で弓矢を呼び出し、弦を引き絞る。
奇しくも鳴下神楽が得意とする『鳴弦』同士の対決となった。
そして、弓矢から放たれたのは耳を劈く鋭角の騒音。
聖を俗へと返す一撃は、目論見通りに虚無の十字口を虫食うように穿っていった。
「やったか……!? ぐあっ……!」
突如、全身を打ち砕くような激痛が襲い掛かる。
揺れる視界の中で、手の中にあった筈の弦は消え失せ
代わりに容赦なき太陽光が降り注ぐ。
それは衝撃による破壊ではなく、魔力を消されたことによる霧散。
異能力者にとっても致命的な『妖魔殺し』の天象。
幸いにも柚月は影響を受けていないが
浮遊魔術を維持できなかったエリスが力なく地面に1回跳ねた。
「褒めてやる、わしの『哮』を砕いたのはお主が初めてじゃ
じゃが……それを為す『魔力』を枯らしてしまえばどうとでもなる」
「貴様が必死に頭を回したお陰で時間は稼げた」
妖魔天象・旱天。
即ち、妖魔すらも『神』として招聘する彼女の決意の表れ。
エリスの回収時、しゃがんだ事で奇しくも彼女を見上げる形となる。
異能力者も非能力者も全てを塵芥と吐き捨てる上位種としての威圧。
まさに、太陽が睥睨するかのような絶望的な差。
「さぁ、今度こそ殺すかの」
続きます




