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Case 80-3

2021年7月9日 完成


 八朝(やとも)達がいなくなり、辰之中には妖魔のみ。

 紫府大星にとっても飯綱の存在は許容できるものではなかった……




【2月21日(土)・朝(1螢ア?夐峺貍?) 抑川地区境界・辰荵倶クュ】




 『蝕』の影響から離れた辰之中に熱と氷の天象(わざわい)が渦巻いた。

 即ち、大地を焼き尽くす星熱と天空を凍て付かせる青蓮による地獄であった。


 太陽の如き北極星が煌々と輝き

 追い遣られながらも城壁の如く暗雲が聳え立つ。


『あーあ、これだから妖魔サマは……

 これだけの大盤振る舞いしといて長生きは出来ないぞ』

『ほざくな、喰らえば良かろう』

『んな事してるから『里』から追い出されたんだぞ

 もしかしてアレか? 食料(ニンゲン)が足りねぇからこっちに手を出したとか』


 空気より生まれた淡青色の透き通る短剣の群が殺到する。

 紫府大星はそれらを一本たりとも触れずに回避し、距離を詰める。


 それを見越していた飯綱の手には同じく淡く透明な片手剣が握られていた。


『文字通りの鉛刀一割ってな!』


 飯綱の斬撃を片手で受け止める紫府大星。

 あり得ざる鋼の如き妖魔の肉体が偽物の剣に打ち勝ち、硝子の如く砕かせる。


 だがそれは、紫府大星にとって最悪の展開であった。


『ぐ……!』


 砕けた剣から超低温の暴風が吹き荒ぶ。

 爆心地にあった右腕には一文字の凍傷壊死の跡が刻まれ、神経まで絶たれた手が垂れる。


 空気すら凝固する青連の天象においては

 触れられぬ筈の『空』が凝固点という物理現象において実体化し、彼に無数の干戈を与え続ける。


 そして、それらが砕けると凝固圧縮された『空』が炸裂し、超低温の爆風を伴って消え去る。

 即ち彼の脆い武器を砕けば砕く程に自らにも夥しい凍傷が引っ付いてくる。


『何故だ、何故貴様が裏切った

 篠鶴へと居を移すと言い出したのは外ならぬ貴様では無いのか?』

『ああ言ったとも、ついでに次代の妖魔を生み出すとも言った』

『100年前、貴様に何があったのだ?』

『さぁ、特に何も無かったぞ

 『蝕』に情けを掛けられ、凡人共に『蝕』を殺され、その凡人の一部が『蝕』を救った』


『お前の言う通りどうでもいい事だ』


 あくまで核心には触れさせない、という態度が透けて見える。

 天象の性質からも『妖魔』の天敵といっても過言ではない、ならば答えは一つ。


『あの『蝕』に何を期待しているというのだ?

 前回(・・)は『旱天(ニセモノ)』すら敗れ、我等の爪の先にすら及ばぬ虫けらよ』

『成長に期待、って発想は無いのか?』

『たかだか400秒如きが4000年の妖力(われわれ)に勝てるとでも?』

『そうでもないさ、人間ってのは『早い』ものだ』


 今度は頭を押さえつけるような猛烈な下降気流が吹き荒れる。

 大地に悍ましき白の霜叢が広がると、途端に鋭く隆起し始める。


 渾身の跳躍で剣山地獄の憂き目から逃げ切るも

 空中で無防備な紫府大星に向かって氷結の『綿毛の群』が切り替わった風向きに乗って殺到してくる。


『……ッ!』


 天象を破った相手に超越的な身体能力で以て狩り殺す彼女にこれを避ける術はない。

 両手をクロスさせて、肺の中が凍り付かないよう防御する。


 静かに全てを氷へと閉ざす微風が過ぎ去った後には両腕は黒く変色していた。


『まだ足がある』


 紫府大星の震脚は、不規則に大地からの奔流を引き起こす。

 それは大地が苦痛の余りに泣き叫ぶような魔力の乱流であった。


 震動は果ての雲壁にも伝わり、鉄壁の如き守りが下から崩れていく。

 それと共に空を覆い尽くさんとする北極星の真体が青蓮の冷気を吹き飛ばしていった。


『そら見た事か

 貴様も血肉を食めば、もう少し長生きできたであろうに』

『それもそうだな、100年か……長かったなぁ』


 飯綱が名残惜しそうに呟く。

 人に毒され弱くなった妖魔の成れの果てに憐れみすら覚える紫府大星。


『何か言い残すことは?』

『ああ、だったらさ……お前は地獄の一昼夜ってのは知ってるか?』

『……それが遺言か』

『待てよ、そう慌てんなって

 阿鼻・大焦熱を除いた六地獄の長さはそれぞれ天道の六天の長さと一緒』


 即ち、第一の等活であれば第一天四天王衆の一夜である50年、黒縄なら第二天の100年。

 それは地獄の罪の大きさを言い表すのに適した単位であった。


『何が言いたい?』

『第六の青蓮地獄なら第六天の一昼夜

 つまり約58万4000倍の長さで時が流れ続ける訳だ』


 段々と星から齎される炎熱が辰之中の万物を溶融・蒸発せしめていく。

 飯綱の身体も激しい熱に晒されて今にも命が尽きようとしている。


『ま、俺を殺してから知ると良いよ……浦島の嬢ちゃん』

『下らん』


 そして辰之中と共に飯綱も消滅した。

 周囲を見渡せば赤と炎と、揺らめく光球(ひょうめん)のみの単調な風景。


 地球ごと抹殺された辰之中に人の立つ大地は存在しない。


『では予定通り『来迎』を……?』


 辰之中から出た彼女が最初に直面したのは猛烈な違和感。

 妖魔天象・来迎の気配が微塵も感じられない。


 死んだのかと更に気配を探っても、本人の命は未だに健在である。


『そうか……そういうことか

 やってくれたな、あの青連の餓鬼が!!!』


 地団駄と共に風光明媚な抑川の石畳が砕けていく。

 逃げ惑う甘美な悲鳴も、今となっては不愉快な雑音でしかない。




 ここは3月15日の篠鶴市。

 つまり、妖魔天象・嗢鉢羅に囚われてから23日後の未来であった。




続きます


因みに計算するとこのお話は僅か3.4秒しか経過していない事になります()

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