Case 79-5
2021年7月6日 完成
柚月の一撃が佐保寺の妖魔化を粉砕した。
それは八朝の想定を超える奇跡そのものであった……
【2月21日(土)・朝(10:19) 篠鶴高校・辰之中】
「柚月……これは一体……?」
『あ、えっと……ふうちゃんの見てて出来るかなって思って』
その返答に思わず納得してしまう八朝。
彼女のDEXは八朝を超える『5』、相手の模倣なぞ造作もない。
だが、肝心の本人の表情が晴れない。
『……100年前も、できてたら良かったのに』
八朝は余りにも強い後悔の一言に何も言い返せない。
確かにこれさえあれば柚月は妖魔を一つたりとも殺す必要が無かった。
だが、逆にその程度の損失で諦めてくれるほど妖魔が優しい保証もない。
「そういえば、やけに喋るよな」
『それは……その……
一緒にいるエリスちゃんのお陰というか……』
「混ざったのか……!」
八朝が慌てて■■を解除すると
柚月は元の半透明へと戻り端末が浮かび上がる。
彼女たちの無事に安堵の溜息を漏らす。
だが、柚月の顔には少々残念そうな色が浮かんでいた。
そうしているうちに鋭い平手打ちの音が響き渡る。
「……なんで、全部さおちゃんの為に」
「私全然望んでない
確かにムカつくけど、死ねとまでは思ってない」
「なのに、どうして……
どうして私の周りを滅茶苦茶にしたの!?」
ある意味予想通りの展開であった。
確かに先程の彼女を見る限りクラスから無視されてはいたのだろう。
だがそれを苦にしない可能性、信念を以て孤立を受け入れているとしたら。
更に言うとあの講演だけ何かがおかしかった。
彼女以外寸分の狂いなく『礼儀』を送る様は、普通能高校生にしては異様である。
車寺の主張する『同調圧力』は寧ろ……
「あの……! お久しぶりです!」
「……笑う卵を覚えていたんだな」
「はい、はるちゃんが来るまでは夢だと思ってたのですが
……それよりも、2回も助けてもらって本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げて感謝される八朝。
それをされるような事をした覚えがなく、苦々しい気持ちを心裡に隠す。
「やっぱり笑う卵も危なかったんですね」
「……それは柏海から聞いている筈だ
縁の深い二人を破滅させるための、悪意によって生まれた七不思議だって」
それは篠鶴市における魂の在り様を利用した罠である。
二人の身体を入れ替える。
確かに八朝の元世界にある意識を生み出す原因としての魂なら不可能ではない。
だが、ここでの魂とは龍脈の撓みでしかない。
それを包み込む肉体は、本人の撓みの形に適合しており、それ以外は無い。
八朝のような特殊体質でない限り
魂の交換は肉体を破壊し尽くす結果以外にはならない。
『それよりここを離れた方が良くない?
演者の人大怪我してたし、犯人扱いされそうだし』
「それもそうだな」
ここに残って捜査協力しても佐保寺が『特殊なケース』として確保されかねない。
ふと、後ろを見ると未だに呆然自失のまま譫言を呟く車寺の姿があった。
「エリス、いけるか?」
『問題ないよ
それより佐保寺さんは……』
「私も……大丈夫……」
複雑な表情で車寺の護送を同意する佐保寺。
彼女らに関しては一端距離を離した方が良さそうだが、犯罪異能力者の彼女こそ捕まれば終わり。
苦渋の決断に同意してくれた佐保寺に感謝しつつ先を急いだ。
【2月21日(土)・朝(10:55) 抑川地区境界・辰之中】
辰之中は、身体強化で跳躍ができる異能力者には親切だが
非能力者が入り込むことについては何一つ想定されていなかった。
うず高く積もる瓦礫の山、途中で途切れた橋、そして化物の監視の目。
普通ならものの10分程度の行程が4倍近くまで膨れ上がる。
漸く怪しまれない地点までの移動に成功した。
「ここから道なりに行けば抑川駅がある」
「はい、ありがとうございました
……それにしても、皆さんここで戦いっていたんですね」
「まぁ、な……」
戦っていた、という一言が妙に引っ掛かってしまう。
車寺のように一人で戦えない異能力者にとって
この星月夜は処刑前夜の寒々しさに等しい。
それを彼女に言っても伝わるか、それだけは車寺の言った通りであった。
「最後に一つ、あの石もやっぱり……」
「ああ、勝手に『偽天使の石』と呼んでいる
異能力を強くするアイテムらしいが、アンタの暴走を見てようやく確信した」
「あの石は人を『妖魔』に変える力がある」
その一言に佐保寺の顔が真っ青になる。
篠鶴市民にとって妖魔とは人を食い世を乱す災害なのだと寝物語で聞いている。
伝説上の怪物に手が届くだなんて誰が信じれるのか。
「そう……ですか……やっぱり」
「どうやって手にしたかも分からない
だが、効果が分かった以上蔓延させる訳にはいかない」
そう言って佐保寺と分かれる。
彼女に辰之中の解除方法を教え、手順に沿って操作を進めるが……
「あれ……? 解除できない……?」
「どういう事だ?
ちょっと画面を見ていいか?」
了承を得てから佐保寺の端末画面を見る。
その右端に、異能力者にとっては死刑に等しいあるアイコンが表示されている。
「な……!?
非能力者がタゲられているだと!?」
「そんな……!」
『当然であろう
汝等が面白い話をしていたから閉じ込めたまでよ』
いつの間に紛れ込んだ気配に総毛立つ。
その声、圧倒的な魔力……それは度々八朝の前に立ち塞がったある敵の証明。
客星の妖魔、紫府大星。
『そして歓迎するぞ、新たなる同胞
……衆生を受け止める賤しき偽阿弥陀の『来迎』よ』
◆◇◆◇◆◇
使用者:車寺春香
誕生日:9月4日
固有名 :Gtcnu
制御番号:Nom.177482
種別 :Q.VENTO
STR:1 MGI:1 DEX:1
BRK:5 CON:1 LUK:1
依代 :植物の種
能力 :空軍殺し
後遺症 :無し
Interest RAT
Chapter 79-d 敵視 - Hostility
END
これにてCase79、偽天使の石の回を終了いたします
今まで物語の裏で粛々と広まっていった異物
その正体は、人を妖魔に変えるという正真正銘の危険物でした
その石をどうやって手にしたか?
その石で彼女が変えたかった運命とは?
それらの疑問は、最大最強の敵の前で泡のように消え去っていく……
次回は『八卦切通の向こう側』
引き続き、当物語をお楽しみくださいませ




